狩り
しばらく木の周りを走り回っていたゴローが、息を弾ませて、ドタドタと足音をさせながら穴の入口に戻ってきた。
「おかえり」
「獲れた?」
モンが聞くと、ゴローは首を振った。
「全然獲れませんでした。南の方の動物ってすばしっこいみたいで」
≪南北関係ねえだろ≫
「俺も一緒に行ってやるよ」
仕方がないので、ジェイもゴローについていってあげることにした。ジェイは一人旅をしていたこともあり、狩りもできる。少し手伝ってやろうと思ったのだ。
荒れ地をドタドタと嬉しそうに駆けまわるゴローの先に、小さな動物がいるのが見えた。
「ほら、ゴロー!あそこに兎熊がいるじゃないか」
「はい!」
ゴローは素直に返事をするとドタドタと走って行き、前脚を使ってラプスラを獲ろうとした。
「あちゃー」
その様子を見ていて、ジェイが思わず呆れ声を出してしまった。
「ダメだって、そんな大雑把な獲り方しちゃ」
ジェイは駆け寄ると、すでに逃げた獲物を見送るゴローに声をかけた。
「ええ、やっぱり狩りは難しいですね」
「難しいって、お前。ラプスラの巣があっちにあるのがわかるだろうが」
獲物が逃げて行った方に、地面が少し盛り上がっているところがある。そこに巣穴があるのがわかる。勿論それが巣穴だと思って見なければ気づかないような小さな穴であるし、草が生えていて見えにくいが、たった今ラプスラが逃げ込んだのを見ていれば一目瞭然だ。
「あ、あれ巣なんですか」
「お前・・・」
しかしゴローはそれがラプスラの巣だとは知らなかったらしい。
「それじゃあラプスラは獲れないさ。どれ、俺が獲ってやるよ」
ジェイはキョロキョロと辺りを見渡すと、近くの木に近づき手ごろな枝を拾った。それからそれを持って巣穴に向かった。
巣穴には出入り口が2か所あるが、ジェイはまずその一つを少し崩した。それからもうひとつの出入り口の方へ回ると、ジッとその穴の中を見つめた。そしてそっと枝を差し入れた。
いつになく真剣な表情をしているジェイを、ゴローは足音をしのばせ邪魔をしないように静かに見守っていた。
巣穴にさし入れている枝を小刻みに揺らしていたかと思うと、いきなりブス!っと差し込んだ。どうやら向こう側に突き刺してしまったようだ。
その枝はビチビチと生きているように揺れ動いている。
「ゴロー、こっち側、押さえてて」
「はい」
その枝をゴローに押さえてもらい、ジェイは反対側の出入り口へと走って行った。それから、その穴に腕を差し入れて、
「ふん!」
と引き抜くと、なんと10キロもありそうな、特大の兎熊を抱えていた。
「おー、大物!」
ジェイは手際よく、ラプスラの手足を縛ると、ゴローの前に置いた。
「うわあ、すごいですね」
「まあな、ラプスラは巣穴に居る時は獲りやすいんだよ」
その独特な長い耳を持って、ジェイは照れくさそうにのどかな空に目をやった。
「お、鳥も獲ってやろうか」
どうやら褒められて気を良くしたジェイは狩りの手腕を披露したくなったようだ。早速荷物から縄を取り出すと、それを空に向かって放った。
「くっつく、縄!」
ヒューっと音を立てて、ジェイの放った縄は鳥の羽に絡まった。鳥はビチビチともがきながら落ちてきた。
「ほら、鳥」
「ジェイ、天才ですね!」
その言葉を待っていたのだ。これを言って欲しくて頼まれてもいないのに鳥まで獲ったのだから。
「まあっ、ジェイったら、こんなに鳥を獲るのが上手だなんて」
地下の穴からモンも出てきて褒めてくれた。もう、ジェイは鼻高々だ。だいたい、今まで生きてきたなかで、褒められたことなんてない。いつだって、出来そこないの魔法使いだったのだから。大陸に来てからも、魔法が使えないために人の目から逃げるようにしていたのだ。褒められるはずがない。
それがどうだ。
ラプスラと鳥を獲っただけで、こんなに褒められたのだから、嬉しくないはずがない。
「ねえ、これってドラゴンと戦う時に、使えるんじゃない?」
「ドラゴン?」
せっかく褒めてもらっていたのに、話題はすぐにドラゴンのことになってしまい、ジェイは表情を曇らせた
「そうよ、こないだだって、シャツを絡めてドラゴンを仕留めたんでしょ?今は縄を絡めて鳥を落としたけど、ドラゴンと戦う時に、いつでもシャツがあるわけじゃないじゃない。だから、」
「なるほど!モン、さすがですね~。これからドラゴンと戦うジェイのために、そんなことまで考えていたなんて!」
「そうか・・・」
二人のやり取りを聞いていて、ジェイは顎に手を当てて考えた。
確かに、これからドラゴンと戦うのは自分だ。その時、どうやって戦うかなんて考えたこともなかった。
炎を吐く火力満点のドラゴンに、魔力ほぼ丸腰のジェイが戦うのはかなりのハンデになってしまうが、もしも、飛ぶのを封じることでドラゴンを丸腰にできるのならば、ほとんど魔法の使えないジェイにでもなんとか出来るかもしれない。
ジェイにできる魔法は、この「くっつく」魔法しかないのだ。
こうなりゃ先手必勝だ。
呑気に獲物を食べているゴローと、朗らかに笑いあうモンの姿を横目に見ながら、ジェイはこれから先のことを少しばかり本気で考えることとなった。
戦うのは自分だ。
だけど、こうしてモンがヒントをくれたように、たった1人きりというわけではない。
頑張るぞ。
きっと、頑張るぞ。
「生でくちゃくちゃ食べないでー!」
「んまい!うーん、美味しいですっ」
「だーかーらー、血が見えるから、口を開けてこっちを見ないでってば」
たぶん、頑張る。
まだまだ緊張感のない3人ではあるが、ドラゴンとの決戦は少しずつ近づいているのだった。




