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おばさんに貰ったもの



 十分に休息をとり、次の日になるとまた3人は歩きはじめた。

 地下道を通り南へ向かうのだ。南にはドラゴンがいる。ドラゴンは南に住んでいると誰もが知っているのだ。そしてその、南の方にある町ではことあるごとにドラゴンが現れ、家を焼き、人間は攫われ殺されていると聞く。

 しかし詳しいことは誰も知らない。

 ドラゴンはどこから来たのか。ドラゴンは何頭いるのかを知っているのは、多分この地下道を歩いている3人だけだ。

 だけど、大陸に住む人たちはドラゴンを倒すのは“賢者”だということを信じていた。賢者ならば魔法を使えるから、きっとドラゴンを退治してくれるという噂は大陸中にささやかれていたのだ。


「まったく迷惑な話だよ。誰だよ、賢者がドラゴンを退治するって言ったヤツ」

 歩きながらジェイがさも迷惑そうに話していた。

「仕方ないじゃない。誰も魔法が使えないんだから。それに、賢者様って希少価値高いから」

 モンが慰めるように言った。

「希少価値っていうか、俺の他に見たことねえよ?」

「そういえば、最近聞かないですね。戦争があった頃には賢者様の噂は聞いたことがありますから、きっと幾人かはいたのでしょうけど」

「へえ。ゴローは見たことないのか?」

「ないですねえ」

「もしかすると本当に、今はジェイしかいないのかもしれないわね」

 モンはケタケタと笑いながら言ったが、ジェイは渋い顔をしていた。確かに、自分の生まれ育った島からわざわざ大陸に渡って行く人間はいない。よっぽど何かの事情がなければ大陸になど行かないだろう。そもそも、ジェイだって、それを知っていたから、誰も魔法の使えない大陸に来たのだから。

「ドラゴン退治が嫌で、みんな帰っちゃったのかもな」

 このジェイの推理が一番信ぴょう性がある。だいたい自分の住む大陸のことなのに、なぜ余所からきた人に退治してもらおうと考えているのか。そんな危険なことをさせられるのだったら、大陸にいる意味はない。自分の生まれた島に帰るだろう。ジェイだって、できることなら帰りたいと少し思っているのだから。

「そうですね」「そうね」

 二人も同意してくれていた。


 しかし、大陸の人たちがただ“賢者様”にドラゴン退治を任せているだけではないということも分かっていた。

 本当に彼らは、どうしようもなかったのだろう。

 ドラゴンになど、太刀打ちできないのはわかりきっていることだ。なにせ相手は空を飛んでいるのだし、飛び道具として炎を吐くし、それで上空から攻撃されれば、こちらは迎え撃とうにも為す術はない。

 だからもし賢者様がドラゴンを退治してくれるのならば、心から感謝をするだろう。


 洗濯のおばさんに渡された包みには、食べ物だけではなく、高価なお礼も包まれていた。きっとその土地の領主が選んだものなのだろう。少ない時間で、先を急ぐ賢者のためにこれだけのものを準備したというのは、それだけ心の底から感謝をしていたからこそだ。

 高価な装飾品類や貴石の付いた小刀、王都金貨と呼ばれるそれ一枚だけで城が買えるほどの徽章も箱に収められていた。それだけで一生暮らしていけそうなほどの財産をその小さな包みに込められていたというのは、感謝の気持ちがそれだけ大きいということであろう。


 だからジェイは、自分だけしか賢者がいないことには少々不満というよりは不安もありはしたものの、それでもドラゴン退治は自分がしなければならないことだと、十分に納得できたのだった。

 それだけ大変な、価値のある仕事だ。命を懸けて為すべきことを、やっと受け入れられたのには、ゴローの存在が大きかった。

 ただの普通の人間になりたい。その同志のために。ジェイは南へ向かうのだった。


― ギュルルルルっ ギュ~ ―


「もう、ジェイったら本当に食いしん坊ね」

 モンが笑った。

「いや、今のは俺じゃないよ」

「すみません、私です」

 ゴローが恥ずかしそうに答えた。

「え、ゴローが?」

 モンが意外そうな声を出した。

「昨日、パンをいただいたら、寝た子を起こしちゃったみたいで、お腹の虫も起きてしまいました」

「かれこれ50年も食べてなかったんだろ?そりゃ、腹が減って当然だ」

 ジェイが何やらうんうんと頷きながら言った。

「なに、そんな賢そうな言い方して」モンが笑っている。

「賢者だからな」

 ジェイがそう言うと、モンもゴローも大笑いだった。


「じゃあ、一度地上に出ましょうか。動物獲ったりするのでしょ?」

「はい、できれば」

「大丈夫か?」

 ゴローが地上に出れば、すぐに人間に見つかってしまうはずだ。それでは獲物を狩ることはできないだろう。食事なんてもっと無理だ。

「あー、どうでしょう」

「俺が獲ってやろうか?鳥なら落とせるぜ?」

「鳥ですか。小さいんですよね」

「ゴローなら100羽くらい食べちゃいそうね」

 モンが気軽な声で言った。確かにそうだ。ゴローは一体何を狩るつもりだったのだろう。

「いくらなんでもそんなに大食いではないですが」


 そんなことを話しながら、とりあえずモンは地上への道を作ってくれた。

 地上に出ると、そこは木々がまばらに生えている土地で、畑でも町でもなかった。モンはゴローが見つかりにくいような土地に出られるように道を作ってくれていたのだ。これならば、誰にも見つからずに狩りができそうだ。

「わあ、モン。ありがとうございます。じゃ、ちょっと行ってきます」

 そう言って、ゴローは嬉しそうに穴から出て行った。そして、木々の根元を覗き込むようにして動物を探して歩きまわり、ちょっと飛んだり跳ねたりしながら、嬉しそうに駆けまわっていた。

「あれ、狩りか?」

「そうなんじゃない?」

 モンとジェイはそんなゴローのようすを目を細めて見守っていた。




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