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憎いドラゴンと町の人



 ドラゴンが墜落した場所の土煙が収まってくると、ジェイはドラゴンに駆け寄った。

 まだ少し動いている。

「生きてる。気を付けろ」

 ジェイがそう言うと、男たちはこちらに来るのをためらった。

 ジェイは短剣を出し、そしてドラゴンの顔のそばに寄った。自分の顔を近づけてみる。ドラゴンは虫の息とはいえ、まだ生きていた。落ちた衝撃が強くて脳震盪を起こしているのかもしれないが、生きていることに変わりはない。これは殺してしまわなければならないのだ。


 しかしジェイにはやることがあった。

「おい、お前」

 ジェイはドラゴンに呼びかけた。すると急に、ドラゴンが窮屈そうに身体をよじったので、ジェイは思わず飛びのいてしまった。

≪うわ、怖えぇ!≫


 しかしドラゴンの身動きが取れないのを見るとまた近づき、話しかけた。

「おい。お前は人間の王か?」

 ドラゴンは反応しない。ジェイの言葉など聞こえないようだ。

「お前は人間の言葉がわかるか?俺の言うことわかるか?」

 ドラゴンはもぞもぞと動こうとするだけだ。仕方なく、片目の辺りのシャツを一枚取りのけてやった。

「俺の言葉わかるか?わかったら大人しくしてくれ」

 そう言っても、ドラゴンは動くのを止めなかった。

「大人しくするなら、こいつを取ってやる」

 ジェイは根気よく話しかけた。もし言葉がわかるなら、話してみたい。言葉がわかるなら和解できるかもしれない。言葉がわかるなら、人間にもどれるかもしれないのだ。ゴローのために、ジェイはなけなしの勇気を振り絞ってドラゴンに語り続けた。

 しかしドラゴンは暴れようとするのをやめなかった。片方だけ見えるようにシャツを取りのけた目で、辺りをキョロキョロと、いやギロリと見回し、ジェイを睨みつけた。

 その目には、理性のようなものは感じられなかった。

≪やはり、もうただの獣になってしまったのか≫

 ジェイにはそれが、獰猛なドラゴンであることがわかった。


 そうとなれば、殺してしまわなければなるまい。生かしておけば、また町々を襲うだろう。もともとドラゴン退治の賢者様だ。こうなることはわかっていた。

≪でも、嫌だなあ≫

 ジェイは食べるために動物を仕留めることはできたが、こんなに大きなものを殺したことはない。

 捕まえただけで、もういっぱいいっぱいだ。


 短剣を構えて躊躇していると、男たちが近づいて来て、話しかけた。

「賢者様、もしよろしければ、ドラゴンにとどめを刺すのをお許しいただけませんか。この町には、ドラゴンに親や子どもや大切な人を殺された者がたくさんいるのです。このドラゴンに復讐をしたいと思っているのです。お願いです、どうか」

「あっ、そりゃ。うん、どうぞ」

 ジェイはホッとしながら立ち上がると、そのドラゴンを町の人たちに引き渡した。


 周りを見ると、町中からドラゴンを見に来た人たちで囲まれていた。その中には武器を手にしている子どもの姿もあった。

「賢者様がこのドラゴンを私たちにくださった。さあ、ドラゴンに恨みのある者は前に出なさい」

 立派な服装をしている、その土地の領主と思われる男がそう言うと、武器を持った人たちが、まさに老若男女を問わず前に出た。そして持っている武器を構える。

 そこへ兵隊(きっと隊長)が出て

「良いか、なるべく深い傷ができるようにグッと剣を刺しなさい。力を込めて刺し、それから捩じるようにして引き抜くように。恨みはこれで終わりにすることだ」

 そう言いながらドラゴンの周りに集まった人たちを見て回った。それから立ち上がり

「3,2,1やれ!」

 と号令をかけると、人々はドラゴンの体中にそれぞれの武器を刺した。


 ドラゴンは町中の人間に体中を刺されて、苦しみ悶え、そして息絶えた。

≪食べなくても死なないのに、刺されれば死ぬんだな≫

 ジェイはその光景を何とも言えない気持ちで眺めていた。あれは、ドラゴンは、昔は人間だったなんてとても信じられなかった。長い長い時を生きてドラゴンになり、そして今やっと死を迎えたのだろう。


 ゴローはどうなるのだろうか。

 人間に戻れなかったら、こうして誰かに殺されるのを待つだけなのだろうか。ジェイとゴローは同じ目的を持っているとはいえ、ジェイが死んでしまったらゴローはどうなるのだろう。あまりにもドラゴンという生き物が自分とは違い過ぎて、ただゴローの先のことを憂えることしかできなかった。


「賢者様」

 ジェイが少し感傷に浸っていると、先ほどの洗濯のおばさんが立っていた。

「あ、おばさん・・・洗濯物、ごめん」

 そういえば、洗濯物を勝手に使ってしまった。

「良いんですよ、賢者様のお役に立てたんですから。こちらこそ、ドラゴンを退治してくだすってありがとうございました」


≪そうだ、食べ物≫

 今こそ、食べ物のことを切り出すのにちょうどいいと思ったとき、おばさんは大きな包みをジェイに渡してくれた。

「この町からのささやかなお礼です。良かったら持ってってくださいな」

「これは」

 ジェイの手に乗せられた包みからは、ホカホカと湯気が上がり食欲をそそる良い匂いがしていた。

「本当は領主さまからお渡ししたかったのだけど、賢者様は先を急がれると思って、わたしが代表ってことで」

「あ、ありがとう」

 見ると、町の人たちは向こうに整列してこちらを見ていた。そして拍手をしてくれた。

 ジェイが初めて賢者として活躍したのを、町の人たちは感謝をこめて拍手してくれたのだった。


 ジェイは何度も何度も礼をしながら、そこを去った。

 いつものように逃げるのではなく、賢者として次の土地を目指して、その町を後にしたのだった。





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