シャツ100着
おばさんとジェイは空を見上げてドラゴンの姿を見た途端に飛び上がった。
「ぎや!」
おばさんの変な悲鳴が漏れる。
≪まじで~?≫
ジェイは何も言えなかった。こんなところでドラゴンに会ってしまうだなんて、心の準備どころか、空腹だし、とても戦えない。
げんなりしていると、町の方からも大声が上がっているのが聞こえた。ドラゴンが来たとなればどこだって大騒ぎなのだ。警報が鳴り、人々は臨戦態勢に入る。
空を見ればドラゴンは川沿いにさかのぼり、家々を焼いてやろうと上空から町を見据えていた。大きな翼を広げ、滑空しながら町へ近づいてくる。
もう南に近づいていてドラゴンに慣れているためか、町の人たちは警報を鳴らすのも、ドラゴン撃退への備えも素早かった。
町からざわついた気配は感じるものの、悲鳴を上げてパニックになっている様子ではなく、女子どもは避難しているのだろう。そして、男たちが武器を携えて固まって空を仰いでいるのが見られた。
物々しい気配を感じとりながら、洗濯のおばさんは困っていた。
「けけけ、賢者様!わたし!」
≪俺も取り乱したい≫
「洗濯物は良いから、逃げろ」
「はいっ!あ、でも」
おばさんはそこから逃げようと町の方へ駆け出し、そして立ち止まった。上空のドラゴンはどこへ向かうだろうか。まっすぐ町へ行くだろうか。それだったら、町へ行ったら逆に危険だ。
だからと言って、林の中も安全ではない。
ジェイとおばさんがどこへ身を隠そうかとキョロキョロしていると、なんとドラゴンはこの洗濯をしている川岸の方へと向きを変えた。
なぜなら、この昼間であってもジェイの額の発する光りは目立つのだ。空から見れば、まるでそこが目印のように光って誘っているのだ。
「こっち来るぞ!町へ逃げろ!」
ジェイはおばさんにそう叫ぶと、空を仰いだ。
金色のドラゴンが陽の光りを纏い輝いている。まるでジェイの額の印と呼応し合っているかのようだ。
≪呼んでねえけどな≫
町の方からは、兵隊の恰好をした男が10人ほど走り出てきた。飛び道具のような武器を持っている。
それに引き替え、ジェイの持っている武器といえば、腰に差した短剣と下級クラスの小さな魔法だけだ。
≪だけど、俺が戦うんだよなあ≫
そこに賢者がいれば、戦うのは賢者の役目だ。武装している男たちはきっと町を守るために出てきただけであって、賢者がいるのならば、ドラゴンを賢者に任せるだろう。
≪やべえ、どうしよう≫
「ジェイ!」
林の中から声が聞こえた。ゴローの声だ。ジェイはハッとして林に目をやった。
今、ゴローが出てきたら大変なことになる。金色のドラゴンに攻撃されてしまううえに、ゴローは筋肉痛だ。戦うことができるかどうかわからない。それに、武装している町の男たちにゴローが攻撃されてしまうだろう。
「来るな、ゴロー!」
ジェイが叫んだ。
なんとかしないと、ゴローが出てきてしまう。そうだ、戦うしかない。自分にできることをするしかないのだ。
≪脚はダメだ。翼を狙いたいが、くっ付けられるか≫
あまり力の強い物は、ジェイの魔法ではくっ付けられない。両方の翼が離れていると翼同士がくっつかないかもしれない。
≪一か八かだ≫
「くっつく、翼!」
ジェイが叫んだ。両腕を金色のドラゴンの方へ向けて、魔法は発せられた。
「くっ、お・も・い~!」
魔法は発せられたが、ジェイの思った通り、ドラゴンの翼をくっ付けて封じ込めるには、ドラゴンの翼の力は強すぎた。ジェイは両腕の力も込めたのに、翼の力にジェイの魔法が跳ね返されたのだ。
「だ、ダメだ」
≪どうしよう≫
町の人間が見ていることなど頭にはない。ただジェイはゴローを守りたいだけだった。
ジェイは辺りを見回す。町の男たちの持っている飛び道具が目に入った。あんな小さな物で、ドラゴンの動きが封じられるのだろうか。それとも致命傷を浴びせることができるほど強力な武器なのだろうか。いや、きっとあの人数で攻撃するから、力の強いドラゴンに太刀打ちできるのだろう。
しかし、ジェイには小さな魔法しかない。他には何もできないのだ。
そうこうしているうちにドラゴンはかなり林に近づいてきた。もうドラゴンの炎の射程距離に入ろうとしている。ドラゴンの口から火花が散っているのが見える。
逃げるか。
ここからモンのいる穴まで、ほんの数十歩だ。逃げられなくはない。
≪だけど・・・≫
ジェイは川岸を見た。おばさんの残して行った洗濯物が水に濡れている。それを見た瞬間に、ジェイはひらめいた。
「くっつく、シャツ100着!」
ジェイは意を決して魔術詠唱を発した。
刹那、洗濯物のシャツが全て舞い上がった。水しぶきを降らせながら、洗濯物が飛んでいく。そして、それらがベシャベシャと音を立てながら、ドラゴンの身体全体にまとわりついた。
― ベシャベシャベシャベシャベシャベシャ ―
水に濡れたシャツがドラゴンを覆う。濡れた布というのは思いのほか強いものだ。ドラゴンの翼は動かせなくなった。顔も身体も足も、翼もシャツまみれになり、白い塊と化したドラゴンは落下を始めた。
「危ないぞ!下がれ!」
ジェイが叫ぶと、口を開けてその様子を見ていた男たちは急に目が覚めたように動き出した。
「逃げろ!」
「あっちだ」
男たちは落ちてくるドラゴンから目が離せずに、しかし敏速にその落下地点から避難した。
くぐもった悲鳴のようなドラゴンの声が聞こえる。白い塊は必死にもがいているのだろう。その姿はどんどん大きくなり、そして地響きと土煙を立てて地面に墜落した。
― ドオーンンンンン ―
もうもうとした煙が収まるまで、地面は揺れ続けるほどだった。
「やった」
ジェイが呟いた。
すると、男たちは両腕をあげ野太い声で
「やったぞー!」
と叫んだのだった。
ジェイの魔法で、ドラゴンが落ちたのだ。腰が抜けそうなのを、グッと我慢して、ジェイは誇らしい顔をしていた。




