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それが自然


 ジェイとゴローは、モンが手を振っている姿を見つけると、そこまで走って行った。

「うわー、こんなところにこんな穴開けちゃって」

 ジェイが呆れた声を出した。

「仕方ないでしょ?良い場所がなかったんだもの。でも、会えて良かった」

 モンの言い方が可愛くて、しかもまた会えて、ジェイは嬉しくてニコニコしてしまった。

「なんでここにいんの?」

 ジェイが聞いた。素朴な疑問だ。

「なんでって。迎えに来たの」

「なんで?」

「え、だって、困ってない?」

≪困っているとも!≫

 モンは「しーらない」と言って二人を地下道から放り出したのに、二人が困っていないか心配して探しに来てくれたのだ。


「実は、困っていたんです」

 ゴローが素直に白状すると、モンは嬉しそうな顔をした。

「じゃ、ほら。おいでよ。この中なら誰にも見つからないから」

 そう言って、そこに掘った穴に手招きしてくれた。ジェイとゴローはお言葉に甘えて、洞窟の入り口に入った。まだ入り口なので、いつでも出ようと思えば出られるところではあるが、とりあえず、知らない人間に見つかる心配はなくなった。


「で?南に向かうことにした?」

 モンが聞いてきた。当然二人が南の方へと歩いているのを見ていたのだからそう思うだろう。

「や、そういうわけじゃねえよ」

 ジェイが渋い顔をして答えた。

「じゃあどこへ行こうとしてたの?あっちは南よ?」

 モンの質問にジェイは困った。


「俺はさ、ずっと中央の町にいたんだよ。それが、誰かに会うたんびに、南へ追いやられる。じわじわと行きたくもないのに、南にしか行けないように追い詰められてるような」

「それが自然なんじゃないの?」モンが言った。

「でも、行きたくねえんだよ」

 ジェイはため息をつきながら答えた。するとモンは小首を傾げて考えながら言った。

「気持ちはわかるわ。ドラゴンなんて、誰だって怖いもの。でも、ジェイはきっと南に行かなけりゃならないんだと思うわ」

「なんでさ」

「なんでだろ」

≪そんな無責任な≫

 モンはポリポリとおでこを掻きながら、言葉を探した。いや、もしかするとジェイ自身にその答えを探させているのかもしれない。ジェイもそんな気がした。自分は南に行かなければならないのだと、心の奥の方ではわかっているのだ。だけど、ドラゴンなんて聞くのも嫌なのに、どうして自分だけが行かなければならないのか、納得ができないだけなのだ。


「ジェイは、北に何しに行くつもりなの?」モンが聞いた。

「そりゃ、言ったろ?普通の人間として暮らしたいって。それだけだよ。何かしたいとか、特別なものになりたいとかそういうんじゃないんだ。普通で良いんだ、普通で」

「じゃあ、普通ってナニ?どんなのが普通?」モンが更に聞いた。

「そりゃ、魔法なんて使わないでさ、自分の家に住んで、昼間は働いて、あと普通に食えりゃ文句はないさ」


「でもそれって、無理じゃない?あなたは賢者様だもん」

「だから、違うって!」

「違わない!」

 ジェイが怒って反論しようとしているのを、モンは口を挟ませなかった。

「あのね、ジェイ。あなたの額には賢者の印があるのよ。だから、どんなに頑張っても、あなたはあなた。賢者なの」

「そんなっ」

「聞いて。あのね、誰だって自分の役割ってものがあるのよ。お父さんにはお父さんの、お母さんにはお母さんの。子どもには子どもの。老人には老人の役割があるの。それを、自分の役割を嫌がって、他のものになろうとしたってできないの。自分の役割をきちんと受け入れて、それをこなすことが、それが普通の人なのよ」


 ジェイは反論しようと口を開いたが、モンは続けて言った。

「あなたの額には賢者の印があるの、それを受け入れなければ、あなたはあなたではないわ。その印は体の器官なのでしょ?それを正しく使うことが、あなたの役割なの。あなたが普通でいられるのは、その印をちゃんと受け入れることなのよ」

「俺の役割って何だよ!ムヴュがあったって、俺には何の力もないのに」

「それはわかるわ。だけど北に行って、その印を隠して生きることは、自然なことではないわ。あなたの言う“普通”とは違うのよ」


「じゃあ、俺はドラゴンと戦うのが普通なのか?そんなことできるわけないだろ!俺には何もできないんだっ。魔法を使うことも、ドラゴンと戦うような力も、何もないのに、どうやって普通になれって言うんだよ。ドラゴンにやられて死ぬのが普通のことなのかよ」

 ジェイの額が光りを発していた。彼の心が苦しんでいるのだ。

「そうよね、そんなの理不尽よね」モンが悲しそうに言った。

 そう、理不尽だ。それをモンはわかってくれている。そして、ジェイ自身もわかっていた。こんなに理不尽なことがあるだろうかと。


 魔法らしい魔法も使えないのに、ムヴュがあるだけで賢者と言われて、ドラゴンと戦わなければならないなんて。

 だけど、それをしなければならないことは、本当はジェイにはわかっているのだ。

 モンは、理不尽なことだと分かってくれた。それは、初めてのことだった。

「理不尽だよ」ジェイが言った。

「理不尽ですね」ゴローが言った。

「理不尽よね」モンが言った。「だけど、あたしもついていくわ」

「私も一緒に行きます」ゴローも言った。

≪ゴローも?≫

 まさかゴローも行くのだろうか。金色のドラゴンには見つかりたくないと言っていたゴローが、ドラゴンと戦うために、ジェイについて来ると言ったのだ。

「行きましょう」

 モンが静かに言うと、ジェイはやっと頷いた。それしか道はないのだ。

 そうして、また地下に潜り、南へ向けて歩き出した。




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