悪いドラゴンじゃない
村人たちはドラゴンに鍬やピッチフォークを向けたままだ。そんな中でジェイはその妙な圧力に耐えながら、誤解を解かなければならない。ただでさえ、ドラゴンは悪者と思われているのに、上手く言うことができるだろうか。
「なんと、このドラゴンは・・・えーと?」
「ジェイの命令を聞くってのはどうですか」
ゴローが後ろから小声で耳打ちをしてくる。ジェイはそれを聞きいれた。
「俺の命令を聞くんだ。俺の言葉がわかるんだ」
「ほお~」
村人から少し疑いを含んだようなざわついた声が聞こえた。
「やってみようか。ええー、コホン。ゴロー、お座り」
ジェイがゴローに向かって命令すると、ゴローは行儀よく座った。
「おおー」
村人たちがざわめいた。
「次は・・・何ができる?」ジェイがゴローに聞いた。
「ハイタッチとかどうですか?」ゴローが小声で言った。
≪俺が届かねえってば≫
「じゃあ、伏せ!」
ゴローはハイタッチが来ると思っていたので、思いっきり伸び上がり、それから伏せをした。
「うわあ」
村人がどよめいている。無駄に伸びあがって大きさをアピールしてしまったので、驚いたのだろう。
「ハイタッチって言ったじゃないですか!」
ゴローの声が少し大きくなっている。
「仕方ないだろ、ハイタッチなんてできるかよ。サイズ考えろよ」
「じゃあ、できないって言ってくださいよ」
「わかったわかった」
という、ジェイとゴローのやり取りを見ていた村人たちは、すっかりジェイを信用した。手に持っている農耕器具を下ろしてくれた。
「お次は、数を数えます」
「何のですか」
ジェイの発案がいまいち分からず困るゴロー。それに構わずジェイは芸を繰り出そうとした。
≪やっぱ、数はやめた≫
「よし、ちんちん」
「どういう数ですかっ」
数とちんちんがどういう芸なのか、わからずにゴローは困った。
「おい、どうした、ちんちん!」
「何言ってるかわかりません」
ゴローが小声で反論してきた。
「なにって、ちんちん。知らないの?」
「どういう意味ですか。私今、赤面していませんか」
≪そんな黒い顔して、赤面とか言われても≫
「地面にお尻を付けたまま、両手を上げるんだよ」
とジェイは、犬に芸を仕込むように、やってみせた。
村人たちが笑って見ている。
「そんな、犬みたいなことできませんよ。私ドラゴンですよ?」
「そんなことわかってるよ。誰がお前見て、犬だなんて思うかよ」
「そういうことを言ってるんじゃありません」
村人たちは二人のやり取りを見ていて、大笑いを始めた。
「あんたたち面白いなあ」
「村の酒場に来てくれよ」
なんと誘われてしまった。
しかしそれは、旅芸人や辻音楽師のように路銀を稼ぎながら芸を見せる、新手の二人組だと思われている節もある。というか、きっとそうだろう。
「私たちは見世物じゃありません」
ゴローが小声で呟いた。
「あ、ああー。ね?良いドラゴンでしょ?わかってもらえて良かった。じゃ、俺たちは先を急ぐんで」
と言って、ジェイはそこを去ろうとした。とりあえず、ゴローが悪いドラゴンではないことは伝わったようだ。そうとなれば、早くこの場を去りたい。
「賢者様、これからどちらへ?」
村人たちは先ほどとは打って変わって友好的だ。
「ドラゴン退治に行かれるのですよね?」
「そうだそうだ、ドラゴン退治だ」
「賢者様、ばんざーい!」
≪なぜここでも、万歳≫
ジェイは困りながらも、とりあえず愛想笑いをして、そしてそこを去ろうとした。
「じゃ」
と言って歩き出そうとしたところで、村人に止められた。
「賢者様、そちらではありません。ドラゴンがいるのはここより南の地。あちらです!」
≪わかってるよ≫
北に向かって行こうとしたのに、ご親切にも村人たちは南の方角を教えてくれた。こうなっては、そちらに向かわなければなるまい。ここで、ドラゴンから逃げて北へ行くなどと言ったら、今度こそ彼らのピッチフォークでぶっ刺されるだろう。
「ああありがとう。じゃあ」
そう言うと、ジェイはゴローを従えて、徒歩で南へ向かって歩き出した。
村人たちは親切そうな顔をして、彼らが見えなくなるまでずっとずっと手を振って見送ってくれた。
「結局南へ向かうんですね」
トボトボと歩きながらゴローが呟いた。
「仕方ねえだろ。とりあえず、アイツらが見えなくなるまではこのまま歩くしかねえだろ」
「そうですねえ。でも」
「でも、ってなんだよ」
「また誰かに見つかったら、あの漫才やるんですか?」
ゴローがため息交じりに聞いてきた。
「漫才じゃねえだろうが」
「そうですかね」
それから二人はむっつりと黙り込んで、ひたすらに歩き続けたのだった。
しばらく歩くと農地はなくなり、また荒れ地となった。しかし、行く手にはもう次の村の農地が広がり始めていた。このままもう少し歩けば、すぐにでも次の村が見えてくるだろう。ということは、またどこかの村人にドラゴンが見つかってしまう。
先ほどの村人のように、物分かりが良いとは限らない。見つけた途端にゴローを捕まえて殺してしまうかもしれない。
ジェイはだんだん心配になった。
ジェイのことを“賢者様”だとわかり、ジェイの言い分を信じてくれればいいのだが、ジェイは自分が賢者であるという自信はなかった。だいたい魔法だってほとんど使えないのだ。賢者だと思われても困る。
「なあ、そろそろ戻るか?」
惰性で歩きながらボソっと口にする。
「そうですね」
しかし、二人とも向きを変えようとはせずそのまままっすぐ歩いていた。
「なあ」「あの」
二人で話しかけて、お互いの言葉を待った。そこで立ち止まる。そして、ジェイが口を開いた。
「どうする?」
「どうしましょうねえ」
どこへ行っても、ゴローがいる限りは大騒ぎになるだろう。そして必ず攻撃されるはずだ。二人ともそれがわかっていた。だから、これからどうしようか、迷っていたのだ。
回れ右をしてどこかの村や町のそばを通るたびに、見つかるに決まっている。
二人が途方に暮れていると、声が聞こえた。
「おーい、戻っておいでー」
モンの声だ。
どこから聞こえるのだろうか。二人がキョロキョロしていると、なんと地面から頭を出して、手を振っているモンの姿が見えた。




