護衛、二日目、以降
翌日もまた、リサは妙な居心地の悪さを感じて窓の外を見やった。
しかしながら、今日の居心地の悪さは、昨日のそれとは違う。
「あ、じゃあ今日は俺が護衛につくから。よろしく、お嬢さん」
朝早くに挨拶に訪れた大柄な青年は、にっこり笑って去ったきり、全く気配を感じさせなかった。本来の護衛とはこういうものなのだろうが、昨日の子犬系騎士の影響でどうも落ち着かない。昨日がこれだったらよかったのに、と少し思った。
今日は授業のない日だった。いつもなら街へ出て買い物をしたり、食事をしたりするのだが、外に出ないと自分で言ってしまったことをリサは律儀にも覚えていたので、この際家でごろごろしようと決めた。
しかし、数時間もたつと、リサは何をするわけでもない退屈な休日に飽き飽きしてしまった。
ちらり、と好奇心にかられて扉を開けても、そこには朝きちんと挨拶に来たはずの青年騎士の姿はない。
リサは眉をしかめた。
「ほんとに仕事してるんでしょうね……」
「おっとそれは聞き捨てならない。こうして俺の大事な一日をお嬢さんに捧げてるって言うのに」
「ひっ!?」
小声でぼそりとつぶやいたはずのリサの言葉に、楽しげな声音が返ってくる。慌てて扉の横を見れば、にっこり笑った例の騎士が立っていた。
「いいい、いつからそこに」
「ん?ずっといたよ?近くにいなくちゃ護衛にならないでしょうが」
気配が全く感じられなかった。リサは少しだけ彼を睨んで、そして目をそらした。幼い頃から怖い思いをしてきた自分は、人の気配に敏感なはずなのに。まさか。
「ゆうれ……いたい!」
「んなわけあるかい」
リサのボケに騎士はびしり、とデコピンをかます。ひりひりするおでこを押さえ今度こそリサが騎士を睨みつけると、彼はやっぱり楽しそうに笑った。
「あんた、よく人のこと睨んでるね、お嬢さん」
「悪かったですね」
「いんや?いいんじゃない?勇ましくて好きよ、俺」
いつの頃からかリサは、周囲の見知らぬ人間を疑ってかかる癖が付いていた。自分が少し小柄なこともあって、誰かを見るときは無意識に睨みつけてしまう。それであまり人からは好印象を持ってもらえなかった。それをこの騎士は好きだという。なんだか妙な気がして、リサはきょとん、としてしまった。
「普通、あんまりいい印象は受けないんじゃないですか?」
「そうかねえ。お嬢さんが女の子じゃなければ騎士団にスカウトしたいくらいのいい瞳だと思うけど」
「変わってますね」
「お嬢さんに言われたくないな」
なぜだか彼とのやりとりが楽しくて、リサは笑った。彼はずっと愉快そうに笑んでいる。ふたりでひとしきり笑うと、リサは遠慮がちに「家に入りませんか?」と切り出した。すると騎士は「実は寒かったんだよね」と了承したのだった。
騎士の名はジェドといった。騎士団に入って10年目になるらしい。それなのにこんな小娘の護衛なんてつまらない仕事をさせられて、優秀そうなのにかわいそうだな、とリサはこっそり思った。
その後、彼らは一緒に昼食をとったり、カードゲームをしたりして怠惰に過ごした。リサにとって怠惰で退屈な休日も、なぜかひとりそこに増えただけで面白く感じられる。そこで彼女はようやく自分がここ最近まともに笑っていなかったことに気づいた。しかし、ジェドのやさしくおおらかな人柄や笑顔がそうさせるのか、今日は良く笑った。
夜になってジェドがそろそろ帰るか、と立ち上がったとき、リサは素直に感謝の言葉を述べた。
「今日は楽しかったです、ありがとう」
「俺も楽しかったよ。仕事なのにな」
「今日は外に出なかったもの。明日からもあなたが護衛に?」
「いや、明日はエリックが来る。交代であんたの護衛につくことになるからな」
それを聞いて、リサの表情が少し曇る。昨日のことを思い出したのだ。それに気づいたのか、ジェドは苦笑いを浮かべた。
「そういう顔しなさんな。俺からもヤツには言っとくし、明日は昨日よりまともになってるはずだから。初めての任務で空廻ったんだろ。大目に見てやってくれよ」
「ちゃんと言っておいて下さいね……」
おう、と返事をしてジェドは帰っていった。それを見送って、リサは楽しい一日を思い出しながら夕食を食べ、ベッドへと入った。
心地よい疲れが、彼女の体を眠りへと導いた。
翌日、リサのもとに挨拶にやってきた子犬系青年騎士は、みるからにしゅんとした表情で、少し涙目になりながら、「おはようございます」と告げた。リサがそれにぎょっとしていると、彼は勢い良く頭を下げた。
「先日は、ご迷惑をおかけしていたようで……本当にすみません。本日からは気をつけます。もっと精進しますので……どうぞよろしくお願い致します」
うなだれた尻尾まで見えるようだ。その様子がなんだか面白くて、リサはふと微笑む。
「こちらこそ、よろしくお願いします……エリックさん」
彼がぱっ、と上げた顔はキラキラ輝いてうれしそうだった。リサも笑う。うん、やっぱりいい友人になれるかもしれない。
その日から、リサは彼ら騎士と過ごす毎日がなんだか楽しみになっていったのである。




