護衛、一日目
いつもと変わらない我が家のはずなのに、なぜだかどうも落ち着かない。
とはいえ、その理由は明白だった。
「あの」
「はい」
「家に上がったり、とか」
「いえ!僕はあなたに仕える騎士ですから!」
凛とした態度で、しかしやはりどこか柔らかい表情で微笑まれ、リサはうーん、とうなった。
『魔女』に振り回される娘の運命を、どこか楽しんでいるような節すらあった国王夫妻から驚きの一言をいただいたその翌日。本当に騎士はリサの元へとやってきた。『魔女』の娘を狙う者から、彼女を守る役目を仰せつかったようである。
リサの住むアパートの1階、彼女の部屋へとつながる階段の下に、現在進行形で立っているのは、昨日彼女を助けてくれた子犬系な青年騎士だった。
女性の部屋へと入ることは騎士として言語道断、とばかりに、彼はそこから動こうとはしなかった。冬ももう間近のこの時期、寒空の下は辛くないだろうか。そう思ってリサが声をかけても、笑顔で拒否されては彼女もどうすることも出来ずにいた。何より、国民の憧れ、王国騎士団の制服を身にまとったそれなりに見目麗しい青年が似つかわしくない学生御用達の安アパートにいることが、目立って仕方ない。本当なら、部屋の中にでも隠しておきたいのだけれど。
かくなる上は、この人がわたしとかかわりないということにしよう。
リサはそう決意すると、「じゃあ」と騎士に会釈して、部屋の中へと戻った。午後からは授業だ。準備をしなくてはならない。
ところが、である。
「ちょっとリサ!どういうことなの!?」
隣人リッカが興味津々、といった風ににやにやとリサに笑いかける。リサは心底不機嫌な顔をして、リッカ―ではなく、その後ろに見える騎士をにらみつけた。
離れたところで、青年の目が涙目になったのが見える。
「どうもこうも知らない。わたしには関係ないもの」
「だってあの騎士様、『僕はリサ様の騎士ですから!』って言ってたわよ?」
余計なことを、と舌打ちをする。リサの迫力ある表情に気圧されたのか、かわいそうなほど青年騎士は震え上がった。こんな小娘一人にびくついていていいのか、と不安にならないこともないが、今問題にするべきはそこではなかった。
学院へと続く道。午後からの授業のためにリサがそこを歩き出すと、当然のように騎士もついてきた。多少離れてはいたが、傍から見れば彼がリサの後をついて回っている(おそらく護衛ということだろう)ということは丸分かりだった。が、この町の人間は、リサの事情なんて知らない。花形職業の騎士が、何の変哲もない町娘をつけ回している図は、たいそう怪しく、不可思議なものに違いなかった。
「最近物騒だからじゃない?わたしがこの前町の自衛団に相談したから、調査に来てくれてるんだよ」
「まあ」
とっさに言ったリサの言葉に、多少首をひねりながらもリッカは納得したようだった。
「確かに、あんたも最近変なのに声かけられてたものね」
そうそう、とリサはうなずく。それだけで騎士団が動くとは到底思えないが、わざわざまぜっかえす必要もないだろう。自分と王の関係を知られるのはまずい。せっかく出来た友人だ。
しかし、これはなんとかしないと、とリサは渋い顔でこっそりため息をついた。
授業を終えて帰宅の途につこうとすると、影でこそこそしている青年を発見した。授業中は一体どうしていたのだろう。まさかずっとこそこそ隠れているのがもろばれしているようなこの感じで護衛をしていたわけじゃあるまい。リサはなんだか頭痛を覚えた。
それでも一切彼とは係わり合いになるものか、と見て見ぬふりをする。
そうしてやっと家に帰ったときには、精神的に疲れきっていた。
「あの」
「はい!」
数時間ぶりに声をかけると、青年はまた元気よく返事した。
「お疲れ様です」
「とんでもありません」
優しく笑う青年は、きっといいひとなんだろうな、とリサは思った。自分が当事者どまんなかでなければ、多分友達として仲良くなるくらいは出来たはずである。しかしいかんせん職務熱心なんだか若さゆえの情熱なんだか、少し仕事に熱中しすぎだ。少しは自分側の立場も考慮に入れてくれてもいいのに。
「あの、わたしもう今日は家出ませんから。だから帰ってくださっていいですよ」
「そういうわけには」
「いやもうほんと帰ってくださいお願いします」
リサの懇願が通じたのか、困ったように眉を下げ、ややあってから青年騎士は「かしこまりました」と静かに言った。
「明日はわたし授業がないので外に出ませんから護衛は結構ですよ」
「明日は僕ではなく、ジェドさんがいらっしゃいますので」
二人の言葉が重なる。「え?」とリサが聞き返した、その隙ににこやかに青年は繰り返した。
「明日は僕ではなくジェドさんがいらっしゃいますので、安心してくださいね!では!」
さわやかに敬礼をし、にこやかに去って行く彼。
「ちょ、護衛はいらないって……話を聞けっ!」
リサの叫びだけがむなしく夕闇の町に響いた。




