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生まれたときからストーカー、筆頭


『魔女』は、その仲間だった王子と騎士に、友情の証として彼女が着ていた制服の金色のボタンをひとつずつ渡したのだそうである。

 しかし、彼女も17年後、そのボタンがこんな使われ方をするとは思ってもみなかっただろう。


「ちょっと、いい加減にしてください!今月はこれでもう3回目じゃないですか!」

 ぷりぷりと怒る『魔女』の娘に、カイザーは微笑を隠しきれなかった。怒ったときの仕草は、母親であるナツコとまるで同じだ。自分は『魔女』にはまるで似ていないと言い張るリサだが、しっかりナツコには似てきている。


「まあそう怒るな。余が騎士団を送ったからこそお前は助かったのだ、お礼くらいもらっても罰はあたらんだろう?」

 ん?と首をかしげると、リサはふい、とそっぽを向いた。

 それを見てはらはらしているのは周りにいる女官たちである。何せこの国の最高権力者、アレディア王国第65代国王カイザーにこんな態度を取るのは、世界広しといえどこの娘だけなのだから。いつ不敬罪で首をはねられてもおかしくない、その態度にやきもきする周囲に気づいているのかいないのか、リサはぼそりと照れたように「ありがとうございました」という。

 こんなところが可愛くて仕方ないと、カイザーはにやけた。


 18年前。自分の両親や兄弟が原因不明の病に倒れた。どうしようもなくて、もう死にたいと絶望していたときにあらわれたのは伝説の『魔女』。ともに戦い、かけがえのない友情を育み、それはいつしか恋情にまで成長したが、彼女は自分ではない男を選んだ。そのことを恨んではいないし、むしろ本当にいい友人たちだと思っている。そしてその大切な友人たちの娘がすぐそばの王都で暮らしていて、そして時に身の安全を脅かされているのならば、助けるのも当然だとカイザーは思う。

 しかしリサはそう思っていないらしい。王城に呼び寄せる合図として使いの者にナツコからもらった金色のボタンを渡すたび、それを握り締めてリサはカイザーの執務室へやってくる。そして「もう!気軽に呼び出さないでください!」と怒りながらも律儀に彼の招待に応じるのである。


「わたしは一般庶民なんです。お城にわけもなく来るなんてどう考えてもおかしいでしょう」

 困ったようにそう告げるリサに、カイザーは悲しげな表情を浮かべた。

「そう言うな。お前と話している時間はこんなにも楽しいのだから」

 実際、権謀術数のうずまく城で王として気を張り続けるのはとても辛いことだった。この素直で気の強い娘と軽口をたたいている時間は、それこそ18年前に戻ったようでカイザーの癒しとなっている。

「そもそもお前、一般庶民だというわりには国王に向かってそのような口をきくではないか」

「仕方ないじゃないですか。生まれたときから月に1度は会っていたおじさんがまさか国王だなんて思わなかったんです」

 ことあるごとに城へ呼び寄せたり、お忍びでナツコとダニエルのもとに行ってたからな、とカイザーは苦笑する。そして彼女が王都に越してきてからはこの調子だ。国王というより確かに親戚のような気がしてもおかしくない。


 それにしても。

「おじさんはないだろうリサ。余はまだ34だぞ」

 悲しげに呟いたカイザーに、リサは「おじさん」と言い募った。34歳、男盛り。色気のあるその容姿は国中の娘の憧れらしい。リサの友人たちも口々に彼をたたえていた。リサにはまったくわからなかったのだが。そこで彼女はふと思い出した。わからないといえばもうひとつ。じと、とカイザーを睨んで低い声で言う。

「そういえば、また新しく側室を迎えたそうじゃないですか」

「ああ、ウェリウス伯の娘か」

「……節操なし」

 ぼそりと呟かれた彼女の言葉にカイザーは苦笑いを浮かべる。確かに正室1人に加え側室6人をも持てば、純情な乙女であるリサにそういわれても仕方ないかもしれない。

「言ってくれるな。お前ももうそろそろ18だったな、学院を卒業したらどうするのだ。余に嫁ぐか?爵位こそないが、『魔女』の娘なら迎え入れても誰も文句は言うまい?」

 愉快そうに瞳をきらめかせるカイザーに、リサは「拒否します」とにべもない。すばやい却下に、もはやカイザーは大声で笑った。


「なんだか、楽しそうな悪巧みですわね?」

 エリザベス王妃が部屋に入ってきたのは、その時だった。アレディア王カイザーの正妃。美しい女官を何人も連れてはいたが、その中で彼女の美しさは群を抜いている、とリサは思う。


「エリザベス。悪巧みとはなんだ」

 王妃の言葉に、カイザーは彼女に近寄り、エリザベスの頬に軽く口付けをする。エリザベスはそれをくすぐったそうに、しかし嬉しそうに受け入れてから、「だって」とリサの方を向いて微笑んだ。

「わたくしの可愛いリサをあなたの妾妃程度にするなんて、もったいなくてよ。確かに後宮にこの子がいてくれたらわたくしのこころは慰められますけど、リサにはもっと素敵な人生を歩んでほしいわ」

 王妃の言葉に、カイザーは苦笑しリサも曖昧に笑った。7人の女性が暮らす後宮に、あまりいい噂は聞かない。それを取り仕切るエリザベスがもっとも身にしみて感じるのだろう。朗らかに、冗談めかしていうその言葉こそ本音なのだろうとリサは思った。

 ずっと昔、エリザベスのことすら恐れ疑ってかかった自分を恥じる。今では彼女が王妃にふさわしい、たおやかで本当に心の美しい人だと知ってはいるけれど。


「心配なさらず、殿下。わたしは普通に町娘として平凡に暮らしたいのです。学院を卒業したら、どこかの家の家庭教師にでもなって静かに暮らしますから」

「しかし、周囲はそう思ってはいないだろう」

 リサの言葉に対し、急に固く真剣みを帯びた口調で国王に返され、苦々しげに彼を見る。王も、そしていつも笑顔を絶やさない王妃でさえも険しい表情でリサを見ていた。

 そう、彼女自身が一番よく知っている。『魔女』の娘である自分が、これから先どう見られるかということを。

「今日お前を呼んだのは、単に世間話がしたかったわけではないのだ。リサ」

 リサは、居住まいを正した。


「最近、お前の身、そして命を狙うものが急増しているな」

 王はなにやら書類をぱらぱらめくって言った。生まれたときからストーカー被害にあっているリサだが、その筆頭はこの国王なのではないかとよく思う。それでも彼には、口では何かといいながらも親愛の情を抱いているから、嫌な気はしない。しかし、そのほかの輩は別である。

「お前と婚姻関係を結び、『魔女』の縁者となって権力を手にしようとする者。『魔女』の『奇跡の力』を手に入れることで力を得ようとする者。おまえ自身が『奇跡の力』を目覚めさせることを恐れる者。そして18年前の邪教集団の残党。考え付く限りでも、お前を狙うものは多種多様だ」

 「よりどりみどりだな」と冗談めかして言うカイザーに、リサはため息をついた。どうせよりどりみどりなら、恋人候補がよかった。ある意味恋人候補のヤツらもいるが、権力欲に溺れた者など願い下げである。


 国王の言葉を引き取ったのはエリザベスだった。

「あなたの恋人と言う立場を狙うならまだいいの。リサは賢いから、心配していないわ。けれど、命を狙う者への対処は、あなたには無理だわ。だからね、考えたの」


 王がなにやら合図すると、執務室の扉が開き、騎士団の制服をまとった二人の青年が入ってきた。見たことある、と思ってリサが彼らをじっと見てみると、それもそのはず、リサを先ほど助けてくれた二人だった。

 彼らはリサを見つめたあと、静かに、その場に跪いた。

「え?えっ!?」

 まるでおとぎ話のプロポーズのようなその光景にリサが動揺すると、国王夫妻は楽しそうに笑った。

「今日から、彼らはあなたの騎士よ」


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