第十九話 閑話――ある日の緋炎宮――
「えっ、グラン様に代わる新しい領主さまですか?」
執政官のフェリオラ様が、私を緋炎宮の執務室へと呼び出され……そこで伝えられたのは、ちょっとにわかには信じられない内容でした。
――この惑星は王太子であるグラン公が治めている星であり、その名前もずばりグラン星。
入植してからまだ300年足らずと、まだまだこれからの星だけど王太子が直々に治めてる星ってことで、ライエルの星系の中での注目度や発言力はそれなりに強いものがあるのです。
そんなグラン星は大きく、エカルラート、ヴェルミオン、グルナの三つの種族からなっていて、私たちはエカルラート族。二大大陸の一つをしめる人類種で、グラン中では最大の勢力です。
次いで同じ人類種だけど、遺伝子操作とナノバイオ、それを用いたデバイスによる出生時の翼付与を良しとしない自然主義者の国、ヴェルミオン族。(そんな理由から関係は良くないです)
最後に、海を生息域とする水棲種であるグルナ族。(この種族とはほとんど国交がなく謎が多い種族なのです)
以上、大きくこの三種族に分けることが出来ます。
もちろん、この星固有の生物も多種多様に存在しますけど文明も持つに至る知的生命体はおらず、入植した人類種が支配しているのがこの星の現状と言えます――。
グラン公……グラン様はそんなエカルラート領、ひいては惑星グランを入植当時からずっと統治してこられたお方。そんなお方に代わってこの地を治める方が現れるなんて……。
確か、雄体となることを選ばれたもののまだ伴侶となる雌体の方もおらず、したがってお世継ぎもおらず……統治権を譲る方など居ないはずなのですが……。
そもそもこの地を治めるには王玉が必要なはずで、グラン様はこの地の象徴、スカーレットの持ち主。弟君はまだオーブをお持ちではないと聞きますし、姉君におかれてはすでに他の星系を統治されておられると聞き及んでいます。
まあよくよく聞けば、星自体は引き続きグラン様が治めるとのことなので、新たな領主となられる方はエカルラート領のみの統治者となられるようなのですが。
とはいうものの、他の種族を抑え……この星の要であるアクシオンの管理を任されている我らエカルラートの統治者になるということは実質、この星の代表となるのと同じことです。
だからほんとに驚きなのです。
そんな驚く私にフェリオラ様が、どこか面白そうな表情を浮かべながら更に告げます。
「そうです。グラン様に代わる新しい領主様です。アリエージュ、あなたも彼の方を見ればきっと驚くと思いますよ? 新たな私たちの主となられる……あの姫を見られたならば……ね」
「は、はぁ……?」
フェリオラ様の言葉をどう捉えたらいいかわからず、つい曖昧な返事をしてしまう私。
それにしても、今、「姫」とおっしゃられたような?
微妙に疑問が浮かんだものの、続いて新たな主を迎えるための準備のため、その主の情報をお見せいただくこととなり……その疑問を片隅に追いやったのだけど――結果、私はその疑問の解を得ると共に、そのお姿とありように……驚きを抑えることなどとても出来なかったのです――。
グラン様は基本、緋炎宮にいらっしゃることはほとんどなく、執政官のフェリオラ様がエカルラートの政務を執り行なっています。
そして当のグラン様はと言えば、とある銀河団の近傍に存在する局部銀河群内の銀河系、更にその中の恒星系の監視の任にあたっておられると聞き及んでいます。
私の驚きの元は、そんな任地から亜空間通信網を使って送られてきた3Dフォログラムを見せられたことによります。
当地はかの昔、私たちの祖先が繁栄していたものの……幾度かにわたる惑星規模の災害により文明レベルは退化し……それでも再び宇宙へと歩み出そうとし始めているとか。……さすが人類種、逆境に強いです。
あ、いけない、脱線してしまいました。
それにしても驚きました。
まさか、まさか、スカーレットを……緋色の王玉をその体内に移植し、あまつさえ生き抜いて……エカルラートの民と同じ光翼まで持ち、そしてなによりその圧倒的な……いえ、超絶的なと言った方がいいですね……能力。
見せていただいたフォログラムだけでもその力は凄まじいの一言です。しかもその力はまだ更に増していっているとか。とても人一人の成し得る業とは思えません。
だいたいオーブをその体内に取り込むなどという、あまりに危険な行為をよくもまぁ行なったものです。私が聞きかじったレベルでも、失敗の話しは枚挙にいとまがないのですから。(それが原因で失われたオーブもあるとか、ないとか?)
でもそこの……その3Dフォログラムが、それを成した存在がいることを証明しています。
ああ、この、この世のものとは思えないほどに可憐で美しく……それでいて可愛らしい……天使のごとき女の子。見たところ、まだ少女にさしかかったばかりの小さく、はかなげな姿。
艶々と輝く紫がかった白くて長い髪に、珍しい赤と碧のオッドアイ。
そしてその背中には見たこともないほどに美しい……光に透けて見える白い翼。その翼からは光の粒子がわき出でるように溢れ、羽ばたき、飛び去った後には光の粒子の流れが出来……なんとも幻想的ともいえる美しさです。
そう……私はもう目が釘付けになってしまったのです。
そしてその可憐な……私たちの統治者となられる少女、先ほどフェリオラ様が姫といったことが頷ける……そのお姿に感動すら覚えてしまったのです。
きっと私はこの方に仕えるためにこの世に生を受けた。
そう思えるほどに……私はそのフォログラムの少女に心を奪われてしまいました。
「アリエージュ、その方はソラ様……いや、ソラ姫様とお呼びするほうがふさわしいですか……、とあるやむにやまれぬ事情からグラン公がその体にスカーレットを授けることとなった少女なのです。
あなたもご存知かと思いますが、それを行い生を得たというのはまさに奇跡という他ありません。正直、グラン様も無茶をなされたものだと思います」
驚きのまだ抜けていない私にフェリオラ様が、多少苦笑いを浮かべつつも話しを続けて聞かせてくれます。
「問題もあります。スカーレットはそもそもグラン公として……ライエルの王位継承には必須ともいえる代物。ここグラン星やこの星系内の惑星の統治に関しては、とりあえず問題ないにしても……なかなか面倒な問題を起こされました。このままですとグラン公の王位継承は難しいかもしれませんね。
……まぁご本人、グラン様もあまり継承には乗り気ではなかったようですから……存外、気にしておられないのかも知れませんが……。
とりあえず、当面の方針として伺っているのは、ソラ姫様をエカルラート領の領主とされ、グラン様はその後見となることをお望みです。あなた方には、これよりソラ姫様付きの侍女として働いてもらいますから……それらのことを十分理解し、粗相のないように振舞われることを期待します」
「はい、仰せのままに」
こうして私(たち)は、ソラ姫さま付きの侍女としてその職責を果たすべく、姫さまにお目見えするまでに色々と準備や段取りに忙しい日々を送ることとなったのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「私たちが仕えることになるソラ姫さまって、年はお幾つなんでしょう? アリエージュ様、ご存知ですか?」
私にそう聞いてくるのはアネット。アネット=ウェス=ブランシュ。
彼女はブランシュ子爵家の次女で歳は私より二つ上の19歳。見た目がまだまだ少女の域を出ない私と違い、その容姿とスタイルは大人の女性の魅力に溢れ……私としては少々妬ましい気持ちになってしまうのは仕方ないことだと思います。
とは言うものの、アリエージュ伯爵家の長女であり、こう見えて二年のキャリアがある私のほうが侍女としての立場は上であり、緋炎宮の侍女を取りまとめる役割の一翼を私が担っています。
「そうですね、確か14歳になったばかりと伺っていますが……姫さまはスカーレットをその身に持つお方。そのお体の成長は成人するとともにその老いが止まり、限りなく不老に近い存在であると……そう聞いてますが」
「まぁ、14歳? フォログラムを見せていただいた感じだともっと幼い感じもするのですが……ねっ? リーズ、そう思わない?」
アネットが問いかけたのは、リーズ=ウェス=アルヌー。アネットと同期の侍女でアルヌー子爵家の三女。みかけはアネット同様、大人の女性でありとても綺麗なのです。
彼女とアネットは家同士の付き合いも古くからあるらしく、非常に仲も良く息のあったコンビなのだけど……なんとも悪い方にその息が合ってることが多く……私はいつも頭の痛い思いをしているのです。
「だよねだよね~、背もちっちゃいし……なんか妹みたいな感じがしちゃう。でも、それにしても……もう姫さまってば、とんでもないかわいさだね~? こんなに綺麗でかわいい女の子、見たことないよ。こんなにおかわいらしい姫さまに仕えることが出来るなんて、なんかすっごくラッキーです~!」
「うんうん、私もそう思う! なんか、もう、こう……ぎゅっと抱きしめちゃいたい、そんな感じがしちゃうよねっ。それにさ、不老だなんてすっごーい! なんか神秘的だよね~!」
な、何なんでしょう、この二人は?
「アルヌーさん、ブランシュさん、勤務明けとはいえ私たちは侍女なんですよ? もう少し発言には誇りを持ってください。少々不謹慎です」
ったく、彼女たちは緋炎宮の侍女としての自覚が足りません! 思うことは勝手で、私としてもその考えを否定は……そのしませんが……それを軽々に口に出すなど、ほんと困ったものです。不老にしたって……私はそれが幸せなこととはとても思えません。それをこの方々ときたら……。
「まぁまぁ、アリエージュ様、そう固いことをおっしゃらずっ! お仕事は終わったんですし、もっと本音トークしましょう? その若さでそんな真面目一辺倒じゃ、つまらないじゃないですか? ……それに私たちのことは名前で呼んで欲しいって、いつもお願いしてるのに……小さい頃からの仲じゃないですか? ほんとつれないんですから、フェリちゃんったらっ」
うう、ブランシュ……アネットさん、あなたって人は……。
「も、もういいですから……無駄口叩かず、早くお着替えを済ませて寄宿舎へお戻りなってください。あぁ、それと私は、今日は業務の引継ぎに少々時間がかかりそうですから……よろしければ寮母様にそのようにお伝えいただくと助かるのですが、お願いできますか?」
「「了解です! お引き受けいたしま~す! それでは、お先に失礼いたします!」」
答礼し、私の前から弾むように走り去って行く二人。ったく、ほんと私より年上とはとても思えない緊張感のなさです。はぁ、頭が痛い……。
まぁ実際のところ、あの二人の関係ほど付き合いは長くないとはいえ、小さい頃から一緒に遊んでいただいたお姉さま方ではあるのですが……つくづく残念な方々です……。
私はため息を一つ、大きくついてから……引継ぎのため侍女控え室へと向ったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
グラン様が緋炎宮に訪れるのは、転移によることがほとんどなのですが今回は宇宙船によるじきじきのご来訪となるようです。
フェリオラ様から伺ったところによると、初めてこの星を訪れるソラ姫さまにその様子を直接ご覧いただくため、そのような方法を選ばれたとか。
私たちの星はとても綺麗な……見事なまでに青くて美しい星です。姫さまのお生まれになった星も同じような環境の星だと聞きます。お気に召していただければよいのですが……。
それにしてもグラン様も相当ソラ姫さまにお気を使われているご様子、私たちも粗相のないよう気を引き締めねばなりません――。
「今しがたグラン公のジェネリック船より公式周波による亜空間通信が入った。姫さまは今より3時間後の13時に当緋炎宮にご到着の予定とのことだ。出迎えの準備に不備がないか今一度確認し、万全の体制でお出迎えが出来るようよろしく頼む」
フェリオラ様が緋炎宮の執務室で筆頭執事や衛士長に指示をされた後、私を含む上位三席の侍女にもご指示をなされます。
そのお言葉を聞き、私たちも更に気合が入ろうというものです。
一緒に話しを聞いた侍女長と副侍女長共々、「頑張って姫さまを迎えましょう」と気持ちも新たに、お互い気を引き締めあったことは当然のことでありましょう。
そもそもエカルラートにおいて王族とは私たち人類種ではなくライエルの王族です。
私たちの祖先が、第二惑星よりこの星に入植させていただき、当時すでにこの星系を統治されていたグラン公にお仕えるようになったのは、ごくごく自然の流れであったと聞き及んでいます。
とはいえ年月が経過する中、エカルラート領内でも急進的な貴族の間では、いつまで他種族の元での支配に甘んじているのだ? という意見があるのも事実です。
まあ、そうは言ってもライエル王家に逆らうなど、私たちエカルラートの人々に出来うるはずもなく……いわゆる机上の空論なのです。したがって、まともに取り合われることなどもちろんなく……まだまだ領民のモラルの低下にまではいたってないと、緋炎宮内では胸を撫で下ろしていたりします。
それでもそんな考えが出てくる時点で、あまりいい状況とは言えず、不安要素を抱えこんでしまっているのです。
そんな中でのソラ姫さまの降臨です。(みんなソラ姫さまの存在を知ってからというもの、好んで降臨という言葉を使うようになり……私もうつってしまいました。姫さまは神様ではないのですから本来、その使い方はおかしいとは思うのですが……みんなのうれしさが伝わるその言葉を否定するのも野暮というものです)
人類種であるソラ姫さま。
そしてその姫さまにグラン公はエカルラートの統治権をお譲りになると仰せだとか。
スカーレットをその身に宿された姫さま。
小さく愛らしいお姿で、思わず守りたくなってしまう姫さま。
でも……この地とはなんのしがらみもない、よその星で生まれた方。
そんな姫さまに、エカルラートの未来を託すのはきっと酷なことなんだと思います。
でも、そんな姫さまに……まだお会いもしていない姫さまに……みんな期待してしまっています。
だから私たち――。
緋炎宮でこれより姫さまにお仕えすることになる私たちは――。
誠心誠意、姫さまのお役に立てるよう……努力することを誓いましょう。
だから姫さま、どうか私たちのことをお認めくださいまし。
知らない星できっと心細く……お心を痛められておられることでしょう。
私たちはそんな姫さまのお役に立ちたいのです。
どうかお認めください。
――私はそんなことを胸に秘め、姫さまのお越しを今か今かと待ち焦がれていたのでした。
そして3時間後――。
ジェネリック船「クラウディア」がその威容を示しながら、緋炎宮の専用宇宙港に到着。
ソラ姫さまは、グラン様に連れられ緋炎宮の大広間、まっ赤な絨毯の上へと転移なされました。
そのなんとも小さく、かわいらしく、可憐なお姿。
皆、そのお姿を見て改めて思いました。
初めて得たエカルラートの姫。人類種の姫を必ずこの手でお守りする。
そう、スカーレットの姫じゃないのです。私たちの姫なのです!
ですので姫さま? お覚悟を。
私たちのこの忠誠心、目一杯ぶつけて差し上げますからね?
ちょっと別視点。
次回は本編に戻ります。




