第十五話 蒼空の決心
「す、すっご……」
春奈が突然目の前に現れた、普通の人間ならまず一生見ることのできない絶景……を見て言葉を失う。 そのくりっとしたかわいい大きな目を、もうこれ以上無理ってとこまで見開き、目の前に広がる景色を食い入るように見つめてる。
春奈の後ろにはお父さんとお母さんがぽかんと口を開けて、これも食い入るように目の前(というより立ってる場所、空間全てがって言うのが正しいんだろうけど)を見つめ、呆然としてしまってる。
目の前いっぱいに広がっているのは地球。
吸い込まれそうな真っ暗な宇宙を背景に、その青さを誇らしげに輝かせながらそこに浮かんでる、ボクたちの住んでる惑星。
「きれい……。し、信じらんない、私がこんな、こんな景色見ることできるようになるだなんて……」
春奈が恍惚とした表情でその景色を見ながら、そんな言葉を漏らすと、
「気に入っていただけたようでなによりです。本来であれば、地球の原住民を私に搭乗させることはもちろん、接触することすら原住民への不干渉を原理原則とする私たちにとっては、それこそあってはならない事柄なのですが。地球人として……いえ、天の川銀河に存在する人類としても初めてのことです。ぜひ喜んでください」
船内にもかかわらず、銀髪美女のアバターのままで応対するディアがそう言って、みんなに今回のことがいかに特別かってことをもったいぶって説明してる。……ほんとこの辺、残念なコンピュータだよ。
――ボクが異世界に落ち、この世界に戻ってくるまでに三日が経ってた。向こうで過ごしたのは五日だったから、微妙に時間にずれがあるみたいで、行方知れずになってた期間は思ったより少なくて済んだ。
とはいえボクが三日とはいえ、連絡もなしに帰らなかったもんだからみんなをすっごく心配させてしまったみたいだ。
春奈なんて何度もスマホに連絡入れたのにって、涙を溜めながらボクに抗議してきたもん。まぁ、ディアがボクの無事を確認したあと、家族にもフォローしてくれたみたいで、警察ざたになる前に落ち着いたようではあったけど……。
「さて、それではみなさんを私にご招待した理由である、蒼空の行方不明になっていたことについての説明をさせていただきます。それと少しばかり、折り入っての話もありますし……」
ディアがそうやって自慢話? から本題となる話しを始めると、いつの間にかボクたちのそばにはソファーが現れて、自然とそこに腰をかけ落ちついて話しを聞く構えとなった。お父さんとお母さんの横にボクが座り、その横に春奈と、みんなで並んで座るかっこうだ。
話しはもちろん、ボクが居なくなったことについての顛末だ。
ボクの肩にはクロちゃんがおとなしく乗っていて、春奈が「何コレかわいー」とか言って、興味津々な顔をしてちょっかいをかけてる。
お父さんとお母さんは、驚き疲れた様子ながらも居住まいを正し、ディアの話しに聞きいる姿勢を見せる。……お父さん、お母さん……驚かないで聞いてね。でも……たぶん無理だろなぁ?……気が重いなぁ。
話しが進むにつれて、その表情を真剣なものに変えていくお父さんとお母さん。春奈もさっきまでの笑顔がウソのように悲しげなものに変わってくる。
「……ということで、蒼空を異世界に放り出すという迷惑をかけてしまったのはこちらの不手際。そして蒼空の体をお話ししたような、ある意味人類以上の存在に変えてしまったことも大変申し訳ないことだとは思います。それに、更に付け加えると……、蒼空とあなた方が同じ時を過ごせる猶予はあまりないと言って良いでしょう」
ディアのアバターは淡々と事実をお父さんたちに告げる。
その内容はきっとお父さんたちには、とても信じられないことなんだと思うけど……ボク自身まだ半信半疑な程なんだけど……。
ディアの話はまだまだ途中だけど、お父さんがたまらず口を挟む。
「その……ディアさん。蒼空が……蒼空が一度死んでしまって……それをなんとか救うため、その緋色の王玉っていうのを使って助けてもらったっていうのは分かった。そしてそれを狙うものたちがいて、その争いに蒼空が巻き込まれたっていうわけだ。まぁ、それはとりあえず解決して、蒼空はこうして連れ帰ってもらったと」
お父さんが必死に考えをまとめようとして、ディアに確認するように言葉にする。
「そこまではいい、そこまでは。……いや、ほんとは良くないんだが、その……それより蒼空が……ふ、不老不死?……だっていうのは一体なんの冗談なんだ!」
お父さんがもう訳がわからないといった表情で一瞬ボクの方を見てから、ディアをにらみつける。お母さんはただただ心配そうな顔をしてボクとお父さんを交互に見て、春奈はといえば、いつしかボクの腕に自分の腕を回し、ぎゅっとしがみついて心配そうな顔をボクに向けてる。
「それについても大変申し訳なく思っています。蒼空を生き返らせるために使ったスカーレット。それの持つ力がゆえに蒼空は死ねない体となってしまったのです。そしてその力ゆえに今後も狙われ続けることになるのです」
ディアがスカーレットの説明をお父さんたちに始める。改めて聞かされるボクも、正直まだ信じたくない気持ちでいっぱいだ……。
そしてそんななんとも言えない鬱々とした空気の中、転移されてきた人影。
現れた子供サイズの人影に驚くお父さんたち。
「ふぉ、フォリン! いいの? 姿見せちゃって!?」
現れたのはフォリンだった。ボクは驚いて思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
今まで異星人である自分の姿は見せない……とかいって全てディアのアバターに任せてたのに……。
フォリンのその白っぽい灰色をした肌にボクより小さい子供サイズのカラダ。そのカラダのわりにちょっと大きい頭、顔にはこれも大き目の、金色をしたお人形さんのような目に小さめの鼻と口。銀色をした髪は編みこんで、それを一本結びみたくして後ろに流してる。首から下の全身をエナメルのようなつやがある銀色をしたすっごく滑らかなスーツで包んでて、まさに異星人といった見た目をかもし出してる。
「蒼空、いいんだ。こうなった責任は私にある。この先の説明は責任者である私からさせてもらおう。ディアすまんな」
「いえ、そうされるのなら、それもいいでしょう。お任せします」
ディアと軽くやりとりを済ませたフォリンが改めてお父さんたちを見る。
お父さんたちは初めて見るフォリンになかなか驚きの様子が治まらない。
春奈が驚きつつも「グレイだ……」とかつぶやいてる。ソレはちょっと……フォリンが気の毒に思えたボクだった。まぁ、雰囲気的には似てるけど。
「驚かせてすみません。私がこの船、クラウディアの責任者であるフォリンです。蒼空さんを我々の騒動に巻き込んでしまい……果ては、さきほどディアが言ったように取り返しのつかない体へと変えてしまい、大変申し訳なく思っています。
こうして本来我々のなかで禁止されている……姿をお見せしたのも、せめてもの償いの一つと……まぁ、これはみなさんには関係ないことですね。
とは言え、あの時はこうするより他なかったということはご理解いただきたく……」
フォリンが流暢な日本語でお父さんたちに謝罪を続けてる。
異星人のくせに、へたな日本人より上手に話すんだから……姿とのギャップありすぎ!
ボクがそんなことを考えている間もフォリンの説明は続く。
お父さんたちは最初のうちはフォリンのその姿に驚いたものの、もうそんなことにもいい加減慣れてきていたのか、今は真剣に話しを聞いてる。フォリンたちが来たところや、王族だってとこでまた驚いてたけど。そして春奈は王族ってとこでなんか目を輝かせてるし。なんなの? さっきまですっごく落ち込んでたのにさ。……でも、きっとそれは表面的なことなんだろうけど……。
――全てのお話しが終わり、重い沈黙が訪れてる。
ボクはどうしていいかわからず、クロちゃんをひざの上に乗せて抱き抱えてる。ボクを慰めるようにほっぺを舐めてくるクロちゃん。
ふふっ、くすぐったいや。……ありがと、クロちゃん。
最初に口を開いたのはやっぱお父さん。
「蒼空を……蒼空を、そちらの星へ連れて行くというのですか? そもそも正直、まだ蒼空がその、年をとらない……年をとることが出来ないってことすら信じられない気持ちなのですが。その原因の……蒼空に埋め込まれたっていうスカーレット? を狙っているものがいるというのに、蒼空をそちらにやって大丈夫なんですか?」
当然な質問をするお父さん。
ボクも最初フォリンからその話しを聞かされたときはショックだったもん、当然だよね。
「こちらにいたままでは我々は立場上、手を出すことが出来ません。それに対して反ライエル派……ティエ家のやつらは、母星系から離れているのをいいことに……最近はかなり露骨に手を出してくるようになって来ているのです。
蒼空の身の安全を確保するため、これ以上やつらの思うようにさせないためにも、蒼空を地球でいう、"うみへび座銀河団"のM83銀河にある……ライエルの……王の星に連れて行き、皆の前で正式にお披露目をしなければいけないのです。お披露目さえしてしまえば、やつらもそうそう手を出せなくなる。……今のままだと、蒼空からスカーレットを奪いとろうと、どんな無茶をしてくるか分かったものではないのです」
フォリンのその言葉に絶句するお父さん。お母さんも顔色を悪くし、お父さんの肩に寄りかかってる。
「お姉ちゃん……」
春奈がそう言ってボクの腕をより一層ぎゅっとしがみついてくる。クロちゃんがそんな春奈を見てきょとんとしてる。
「蒼空。お前はどう思ってるんだ? ほんとに、その、ライエルってところに行くことになっても……大丈夫なのか?」
お父さんがそう言って、ボクを真剣な顔をして見つめる。
ボクは思わずクロちゃんをぎゅっと抱きしめ……ちょっと考えてから……表情を引き締めお父さんをしっかりと見つめて……言う。
「ボク……行ってくる。このままボクがここにいると、そのうちみんなに迷惑かけちゃう。……それにボクも……ちょっと考える時間、欲しいし――」
ボクはそう答えながら、目頭が熱くなってくるのを感じていた。
「お母さん……ごめんね? ボク全然いい子じゃなくって……お母さんを悲しませてばかりいて……」
お父さんの横で悲しそうな顔をしてボクを見つめていたお母さんに声をかけるボク。
ボクの瞼(まぶた)はもう涙でいっぱい……。
「蒼空。ほんとにあなたって子は……」
そう言いながらボクを抱き寄せ、アタマを優しくなでてくれる。
気持ちいい……思わず目を細めちゃうボク。
でも、このいい匂いのする、どこまでもやわらかい……お母さんの優しい感触ももうじき感じられなくなってしまう。
そう思うと、細めた目からとうとう涙が溢れだし、頬を次々と涙がつたい流れる。
ボクはお母さんに抱きしめられ、春奈からは腕をぎゅっと抱きしめられ、そしてボクの膝の上にはクロちゃん。
みんなの優しい気持ちに囲まれ……幸せなんだけど……だからこそ深い悲しみに包まれてしまい、涙が止め処も無く流れてしまうことを押さえることが出来ないのだった。
「蒼空……そうか、お前がそう決めたのなら、お父さんはもうこれ以上何も言うことはないさ。でもな蒼空。これだけは覚えておきなさい。
どんなに蒼空が変わっても、どんなに離れたところに居ようとも……、お前は、蒼空は、オレと日向の子なんだ。まぁ、男の子から女の子に変わってしまったけどな。かわいい娘を遠くに行かせるのはほんと心配だが……」
そこまで言うと今度はフォリンとディアを見つめるお父さん。
「聞いての通りだ。蒼空もそちらに行く気になっているようだし、私としても事情は理解はした。――だが! 納得したってわけじゃない。そこのところはよく心しておいてくれ。
もしも、蒼空に、もしものことがあるようなら、私たち家族は君たちを一生許すことはないだろう。所詮……力ない我々の言葉など、君たちにとってはどれ程の力も持たないのだろうけど……それでも、それでも……心の片隅にでもとどめておいて欲しい」
お父さん……。ボクはお父さんの言葉に胸が熱くなり、涙が更に溢れてきてしまう。
「承知しました。ご家族のその気持ちも重々理解しています。決してその気持ちを裏切らないよう、我々も蒼空さんをきっちりお守りさせていただきます。
それになにより、蒼空さんは我々にとっても無くてはならない存在なのです。間違っても無下に扱ったりはしませんし、ティエ家のものに指一本たりとも触れさせはしませんので……」
フォリンが、ボクが今まで見たこともないような真面目な雰囲気と口調で、お父さんに答える。ボクはそんなフォリンを見てちょっと呆れ、おかげで涙がちょっと収まりつつある。
と、そこに雰囲気をぶち壊す一言が割って入ってくる。
「そもそも私が居ますから蒼空には何の危険もありません。前回のような不覚は二度ととらないと断言できます。
そしてなにより。
蒼空自身、無敵といっていい存在となりつつあります。スカーレットが埋め込まれた当初は体に馴染んでいませんでしたから生体エネルギーの枯渇の心配もありましたが、今やそれも昔の話しです。ナノマシンやピコマシンも体内に完全にいきわたり、スカーレットとの同期も万全。
あと一月もすれば、私からのエネルギーリンク無くしても蒼空の言う"音叉の槍"のフルパワーですら余裕で撃つことが出来るようになることでしょう」
ディアが空気を読まないぶっちゃけ発言。
「な、ディ、ディア。そんなことは今言わなくていい!
お、お父さん。蒼空さんに、そ、そんな無茶はさせませんので! どうか、ご、ご安心ください!」
焦ってお父さんにフォローの言葉を告げるフォリン。
ちょっと気の毒に思えてきちゃった。
そんなフォリンとディアのやりとりを見せられ、ちょっと白けた雰囲気のただようボクたち家族。
――真っ暗な宇宙の中、青くきらきらときれいに輝く地球を背景に、ボクたち家族はその時を心に刻むように……大事に大事にしばしその時を一緒に過ごした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「という訳で、突然ではあるが柚月くんはアメリカの伯母さんの元へ行きそこから向こうの学校に通うことになった。みんなとは今日でお別れとなるが、快く柚月くんを送り出してあげて欲しい。送別会をしてあげるのもいいだろうが……あまり羽目を外さないように! 以上だ」
朝のHRで先生からみんなに転校の紹介をされたボクは、そのあとの休み時間、当然のごとくみんなに囲まれた。
「おい、蒼空! おまえそんな話全然してなかったじゃないか? 一体、いつ決まったんだよ?」
悠斗が速攻でボクに話しかけくる。もちろんその両隣りには晶と智也が立ってる。
「う、うん。そのぉ、この間、三日ほど休んだことあったでしょ? その時、伯母さんが家に来て……それで、アメリカに、伯母さんとこにお世話になって……向こうのガッコに行くってことに決まったの」
アメリカの伯母さんっていうのは、お母さんのお姉さんで結城 瑞穂って名前だ。某有名広告代理店のNY支店に赴任してるカッコいい伯母さんなのだ。ただちょっとスキンシップが激しいのが玉にキズなんだけど……。
ボクがフォリンたちの星に行くにあたって、ガッコには行けなくなっちゃうし、そもそもお家からも居なくなっちゃうから、転校……それも海外への留学って形にして誤魔化すことにしたのだ。友だちや先生にもウソつくことになっちゃうけど……仕方ない。
「ま、まじかよぉ! いいよなぁ、アメリカかぁ。キレイな金髪のお姉さんとか、こう、ボンキュッボンのお姉さんとかよぉ……」
智也がそう言いながら、手を胸の前にやって下から支えるようなゼスチャーをする。
「高橋、下品! セクハラ~!」
集まってきてた女子から的にかけられる智也。
「な、なんだよぉ、ちょっとした冗談じゃん。自分たちがそうじゃないからって、ひがむなよなぁ」
「なっ!」
智也ったら、言わなくていい一言を……ご愁傷さま……。
今の一言を最後に智也はどことも知れず、数人の女子にひっつかまれ連行されていった。
「ばっかだよなぁ、智也。蒼空が最後の日まであれかよ」
「まぁ、そう言わずに。あれはあれで蒼空にとってはいい思い出になるんじゃない?」
悠斗と晶が智也を呆れて見送りながらそう言う。
「あはは……。まぁ、その、かしこまられよりはいいかもね。はははっ」
笑うしかないよね? とりあえず。
「蒼空くん、落ち着いたら連絡ちょうだいね」
「こりゃ学校の男子、一気に相当失恋だよねぇ」
「ああ、その麗しいお顔を見れなくなっちゃうのねぇ! 私、寂しいよぉ」
なんだか、みんなして色んなこと言ってくれちゃってるよぉ。
でも、こんなボクにもこうやっていっぱい声かけてくれる友だちがいる。
ボク、向こうに行って……今度はいつこっち(地球)へ帰ってこれるかわかんないけど……。
絶対帰ってくる。
ボクの故郷はココなんだもん。
友だちに囲まれながら、そう心に誓ったボクだった。




