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そらリゼーション  作者: ゆきのいつき
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第十一話 天使の翼

 最初、オレたちの話しに全然ついてこれてなかったはずの女の子は、少しの間……それこそまたたく間に普通に会話できるようになり、オレとサーニャは驚くばかりだった。


 女の子の名前はソラっていうらしいんだけど……『どっから来たの?』とか、『家族はいないの?』って聞いても困ったような顔をして、わからないと答える。でもいくら、命の恩人で、しかもかわいい女の子の言葉だとはいえ、それを素直に信じるほどオレたちもお人よしじゃない……。

 ただ、そうは言ってもソラは消耗が激しく、ほとんど動けないようで……母さんとサーニャ、交代で食事をとらせてあげることにしたみたいだ。

 そうやってソラの面倒をうれしそうにみてる二人を尻目に、オレは父さんに、なんとも不思議で怪しい……彼女のことについて聞いていた。


『ねえ父さん、ソラっていったい何者なんだろ?』

 

 オレは、父さんでもそう簡単に答えを出せるわけでもない……と思いながらも、それでもつい聞いてしまう。


『うん、そうだな……あの娘と会ったあの地竜の巣周辺……アムーレ草原には人の住める所なぞ何も無い。唯一盗賊どもが取引場所に指定したあたりが岩場になっていて多少過ごしやすい場所ではあるが……そこは地竜の巣。とても年端のいかぬ少女が一人で居ていい場所などではないな。 少なくともあの娘は普通の人間じゃあるまい……地竜を倒したあの技は相当に強い魔法としか思えん。しかし、あれほどの魔法……見たことはもちろん、聞いたことすらない』


 父さんはそう言って、考え込むように黙ってしまった。


 結局よくわからないな。

 魔法使いって言われる人は間違いなくいるけど、それでもその力はせいぜい数人の人間相手をするのが精一杯ってとこで、一瞬で地竜を焼き殺す……あんなすごい力を持った光の玉を作り出すなんてありえないって……。しかもソラはそれをあの距離で使ったんだもんな……。


『オレたちを守ってくれた力……まるで神様みたいだ。 ソラって見た目、白くて……きれいで……体もすごく軽くって……ほんと、天使のようだし……』


 オレは抱き上げたときの印象と見た目から思わずそう言って……自分のその発言に恥ずかしくなり、さっと俯いてしまった。

 父さんはそんなオレを見て軽く笑いながら、


『ふっ、案外その通りかもな……。 まぁ、あの娘はしばらくここで面倒みるさ。へたに外に出してもかえって不確定要素が増えるだけだし、逆に目の届くここにおいて置けば何かあったとき対処しやすい』


 そう言ってオレの頭をぽんと叩いてまだ痛む足を引きずりながら、居間から出て行った。 オレはそれを見送りながらもさっきの自分の言葉を思い出すと、顔が赤くなってくるのを感じ……両頬をパンとはたいて気合を入れるのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



『ソラちゃん、はいあーんして?』


 カラダがまだまだ動かせないボクは、サーニャちゃんのお母さん、ソフィアさんにごはんを食べさせてもらってるんだけど、ソフィアさんの迫力にタジタジだ。そして、更にすさまじい羞恥プレイの真っ最中でもある……。

 ソフィアさんはユーリーくんやサーニャちゃん同様、金髪碧眼のすっごい迫力美人さんだった。 背も高くスタイルもよくって、ディアのアバターといい勝負かもしんない。

 ボクはそんなソフィアさんにまるでちっちゃな子供みたいに、ひざの上で横抱きにされ、上半身をその腕に抱きかかえられて……野菜やお肉を煮込んだスープをスプーンを使って食べさせてもらってる。そ、それはまだいいんだけど……、

 思ったよりも力強いソフィアさんの腕で、ボクの顔は豊満なやわらかい胸に押し付けれて、なんともいえない微妙な気分を味わってる。いくらボク、今は女の子になっちゃったとはいえ、元男の子としてはどうにも落ち着かない気分だよぉ……。


 でも……ソフィアさん、お母さんの匂いがする……。


 ……お母さん、元気にしてるかな? ボクちゃんと戻れるんだろうか? まぁ、あのディアのことだから何とかしてくれるとは思うけど……。


 ボクは優しいソフィアさんの匂いで、ついそんなことを思い出し……ふと悲しくなり、思わずその胸に顔を預けてしまった。


『あらあら、ソラちゃん、どうしたの? 大丈夫よ、何も不安がらなくていいのよ?』


 ソフィアさんはボクの急な甘えっぷりに驚きながらもやさしくアタマを撫でてくれた。 ボクはその安心感からまた眠気が襲ってきて、食事を十分とれたこともあってか、抱きかかえられたまま眠りに落ちてしまった――。



『眠っちゃったわね……』


 母さまがそう言いながら、私に微笑んでくれる。


『ほんとだね。でも母さま、すっごくうれしそうでした。ちょっと嫉妬しちゃいます』

『あら、サーニャ。 私はいつでもこうやって食べさせてあげてもいいのよ? なんなら今からでもどう? ん?』


 母さまったら、それはもう楽しそうにそう言いながら、私のほうを見る。


『あははっ、いえ、遠慮します。 さすがにちょっと恥ずかしいです』

『あらそう? サーニャもまだまだ小さいんだから、そんなに遠慮しなくていいのに? 残念だわぁ』


 ううっ、ほんともう勘弁して欲しいです。そんな姿、兄さまに見られでもしたら後で何言われるかわかったもんじゃないです。私がそんなことを考えてると、


『それにしてもこの娘。ほんとにどこの娘なのかしらねぇ? こんな小さくて華奢な、かわいらしい女の子があの地竜の平原でひとりぽっちで……。この子、ソラちゃんの手。……傷ひとつ無いホントやわらかい手だわ。きっと何不自由ない生活してきてたに違いないの、何も言ってくれないけど……いったい何があったのかしらねぇ……』


 母さま……母さまはほんと優しい方だ。私や兄さまにはもちろんだけど……、こうやってまだ会って間もないソラちゃんにまで慈しみの心で、優しく手を差し伸べてあげてるんだもん。 ほんと私の自慢の……大好きな母さまだ!


『でも母さま? ソラちゃん、見かけはすっごくかわいらしいけど……そんなイメージと違って、すっごく強いんだよ! おっきな光の玉を作って、地竜にぶつけて倒してしまったんですもん』

『そうね、そうだったわね。 あの人や、ユーリー、そしてサーニャの命の恩人さんなんですものね。事情はどうあれ……早く元気になってもらわないとね?』


 母さまはそう言って気持ちよく眠っているソラちゃんの頭をもう一度優しく撫でてから、ベッドに寝かしつけようと立ち上がる。私はベッドのシーツをめくり、寝かせてあげる手伝いをする。


『ふふっ、ありがとサーニャ。……それにしても軽いわねぇ、この娘。見た目と言い……ほんと天使さんね』

『あはっ、母さまったら! でも、ホントですね。真っ白で、けがれの無い……天使さんのようです。 この寝顔もほんとかわいらしいです』


 私は母さまがベッドに寝かしつけ、気持ちよさげに眠っているソラちゃんの顔を見て、そんな風に思い、あらためてこう言った。


『ふふっ、天使さん! 早く元気になってくださいね。 そしていっぱいお話ししましょうね』



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 それは突然そこに現れた。

 そこはその大陸で随一の高さを誇る山脈の上空。


 その下に広がる山々は万年雪がその頂を白く染め、神々しいばかりの景観を見せていた。


 そんな場所の上空に現れたそれの、その外観は長方形の板が二枚重なったかのような形状をしていた。そしてその重なった板の境界ラインより、短辺方向へ開くようにスライドし……それによって出来た開口部、その暗い闇の中から……ある生物を放出した。


 その生物は、この世界においては確かに存在する、空を飛ぶ竜……ではあるのだが、それらとは一線を画す能力を与えられていた……。とは言え、自分が何をされたのかなど、当然知る由もなく……更に言えば捕らえられていたことさえ覚えてもいないだろう……はるか昔から自分の種が支配する、そのどこまでも続く青い空を空竜は優雅に飛ぶ。大きな翼竜のような翼を広げ、長い尾をもつ、硬いうろこ状の黒がね色をした肌に覆われた体を真っ直ぐに伸ばし、それはもう気持ちよさげに飛び去っていくのであった。


 飛び去って行く空竜。その空竜には、物理的な力の他にもある特性が追加されていた。


 それは――、王玉オーブがある特殊な波動に反応して出す、固有発振パターンを感知すると空竜の精神に干渉、特にその防衛本能を刺激し相対するものへの攻撃性を引き出す……生命の尊厳を無視した処置がなされていた――。


 そしてその処置を施した……この世界にそぐわない飛行体。 それこそがディアらに度重なる不法行為を仕掛けてきた反ライエル派の保有する星間宇宙船クラスのインスタンス船の内の一隻だった。その船は船内の動力炉にひどい損傷を負っているようで、その機能が失われるのは時間の問題となっていた。しかし、そんな中でも与えられた任務を全うしようと……この世界での最強の生物である空竜……中でもインペラートルドラゴンと呼ばれるその竜の肉体強化と能力付与を施し、再び空に放ったのであった。


 この世界のどこかに転移した、緋色スカーレットのオーブを持つ存在を亡き者にする。 そんな、ただ一つの目的のために。


 その命令をただひたすら守るため、機能停止を前にしても出来る手段を講じ空竜にたくす。……後のことはまさにその空竜の行動次第である。

 しかし、インスタンス船にはすでにその結果を確認するだけの時間の猶予は残されていないだろう。

 ちなみにそれは機能停止以前にもたらされるはずだ。 後を追って現れる……ディアとアレイによって……。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 サーニャちゃんやそのお母さん、ソフィアさんによって三日三晩もの間、食事と睡眠をとらせてもらい……ようやく人心地ついたボクは、今ではかなりワルツマン家(サーニャちゃんとこの家名なのだ)の人たちとなじみ、みんなの村での生活や狩猟のお話し、それに地竜のことなんかについても聞いたりして過ごした。

 動けなかったカラダもようやく全快し、普通に歩けるようになった。(生体エネルギーのゲージも90%近くまで回復してきてる)

 ちなみにここに来たとき着ていたゴスロリ衣装は、ボクが寝てる間に脱がされちゃってて今は淡いピンクのワンピースに似た服を着せてもらってる。ただ、着せてもらってなんなんだけど……生地はちょっと固めでごわごわしてる。 それでも丁寧な縫製で着心地はそんなに悪くない。レオニードさんは村長むらおさで、ここら一帯の中じゃ裕福な方らしいから、この世界じゃこれでも上等な部類のお洋服ってとこなんだろな?

 まぁ、現代の化学繊維と比べちゃ可哀想か?


 ボクのことについて……みんなはもちろん聞きたいんだろうけど、最初に聞かれたとき以来、再び聞いてくることは今のところはない。


 なんかすっごく後ろめたい気分だ。


 でも……ホントのこと言ったって信じてもらえるわけないし……。とりあえず、また聞かれたとしても分からないで通すしかない……。

 かと言ってこのままずっとここでお世話になるのも気がひけるし……。


 もう、ディアったらいつまでボクをここに放置しておくつもりなのさぁ?

 早く見つけて、元の世界に戻してよ!


 そう……。


 ボクはもうここが自分が居た世界とは違う所だということを認めざるを得ないんだ。

 ここに転移されてから自分の目でみた様子、それに能力を使って周囲をサーチしてみても……通信や電磁波、ましてや機械や車の出す音もなにも全然聞こえない。この世界にはボクが探知し得る文明的な情報が一切入ってこない。すごく前近代的な世界みたいだ。

 目が覚めて以来、頻繁にディアに遠隔感応通信を試してみてるけど……今のところ、なんの反応も返ってこない。


 あーん、もう! 八方ふさがりだよ。


 お母さん、春奈、それにお父さん。 会いたいよ~!



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 この世界に転移してきて5日目。

 ボクはサーニャちゃんと一緒に行動することがほとんどで、今はワルツマン家のお屋敷の裏手を流れる、村の中に引き入れられている小川でお洗濯をしてて、もちろんボクもそのお手伝いをしてるのだ。ちなみにサーニャちゃんとボクはおそろいのワンピースを着てて、ボクが淡いピンク、サーニャちゃんが水色のワンピで……並んでるとほんと姉妹みたいに見えなくもないかも?(春奈ごめんね)

 小川沿いには他にも村共同の水車小屋に、共同浴場(とはいっても日本のお風呂と違って、蒸し風呂がメインであとは水浴び程度の施設があるだけみたい)がある。他に村の中央にはちゃんと礼拝堂もあり、どんな世界でも宗教はあるんだ? と感心してみたり……。(ただ十字架はなかった……ある意味当然か)

 村長で、大きめのお屋敷に住んでいるとはいえ、そこにメイドさんや執事さんみたいな人はいなくて、ソフィアさんを中心に家のことは家族だけで切り盛りしてるみたい。メイドさんが居ないのはちょっと残念。見てみたかったよ。

 サーニャちゃんの話しだと、領主さまの居城にはいっぱいいるらしい。……けどそんなとこ行きたいなんて思えないよね。


「ソラちゃんに手伝ってもらって大助かり! 一人でお洗濯するのって結構大変なんだもん。それにこの村って私くらいの女の子あんまりいないし、……なんだか妹が出来たみたいでうれしいよ!」


 川に沿って造られている桟橋状の洗濯場で、持って来た洗濯物を洗いつつそんなコトを言うサーニャちゃん。い、妹って……サーニャちゃんだってまだ十分ちっちゃいのに。


「サーニャちゃん、ボクこう見えても14才だもん! ぜったいボクのがお姉さんだよ?」


 ボクはついそう主張してしまった。で返ってきた言葉が……、


「ソラちゃん、ウソついちゃダメです。ソラちゃんはどう見ても10才、ひいき目に見たって11才が精一杯です。 私は今12才です。 ほらっ、ソラちゃんのほうが妹さんです」


 ううっ、サーニャちゃんったら見事な三段論法だよ。 日本人って若く見られるって言うけど子供でもそうなのかなぁ?


「そんなぁ、ボク、ウソなんてついてないのにぃ……」

「いーえ、14才だなんてミエミエのウソつく子の言うことなんて信用できませんよ~だ。それに背丈だって私のほうがちょっと高いです」


 そう言うと洗濯の手を休め立ち上がり、横で同じようにしゃがんで洗濯物を洗ってたボクの腕をとると立ち上がらせる。そして自分のアタマのてっぺんから手を差し出し、ボクのアタマの上へと持っていき……高さ比べされちゃった。


 そんな最中も終始うれしそうに笑うサーニャちゃん。そして、おもむろに言う。


「ほらやっぱり。ソラちゃん私よりこぶし一個分はちっちゃいよ! お子さまだねぇ?」


 ううぅ……サーニャちゃんったら。これは反論のしようがないじゃんかぁ。く、くやしー!


「そ、そんなの歳と関係ないもん! じゃ、じゃあ…………うっ!?」


「ど、どうしたの? ソラちゃん」


 その感覚は突然襲ってきた。


 ボクの胸の奥。心臓の更に奥のほうから感じる、うずくような感覚。軽い動悸がおきたかのようなその、ちょっといやぁな感覚。


 なんかやばい気がする。


 ここにいたらダメ。


 ボクの意思とは関係なく、そんな思いがアタマの中からジワリとわいて出てくる。


「そ、ソラ……ちゃん?」


 心配そうな顔をしてボクを見つめてくるサーニャちゃん。


 ボクのその感覚が……ココに居たらそんなサーニャちゃん、それにワルツマン家の人たち……更には村の人たちまで巻き込んで……何か悪いことが起きてしまいそうな……そんな気がする。


 ボクは意を決し、そして……自分の転移能力を使う。

 久しぶりに感じる静電気を帯びたような感覚。


「あっ!」

 

 サーニャちゃんがそんなボクの様子を見て、かわいい声を上げ唖然とした表情を見せる。


 ボクが使った転移は、自分の転移じゃない。着てるお洋服の転移に使ったんだ。

 そして今、転移が済んでまとっているのは、未だにちょっと恥ずかしい……ゴスロリ衣装。いっつもディアになすがままにされてる衣装チェンジ。

 ボクだって、自分のカラダを遠くに転移するのは無理だけど、衣装程度なら2・300mくらいまでなら楽勝だ。自分のカラダと衣装との位置座標の合わせ方もディアにやり方教わってバッチリなのだ。

 ゴスロリ衣装のエネルギーパックのチャージも完璧。今からそれが……間違いなく必要になる。


「うわぁ、ソラちゃん! それ魔法? すっごーい」


 サーニャちゃんがボクの急な動きに戸惑いながらも、衣装の転移に目をまるくしてる。

 でもボクは今サーニャちゃんにかまってる余裕はない。急がなきゃ!


「エンジェルウィーーング……エクスパンション!」


 くぅ、フォリンめぇ。 こんなキーワード……サーニャの前で言わなきゃいけないなんて……恥ずかしすぎるぅ! そんなボクの羞恥心はともかく……


「き、きれい……」


 サーニャはボクがキーワードを唱えて展開させた……半透明の……ボクの身長の半分ほどの長さの翼。


 背中から天を突くように伸び上がったその翼をみて……感嘆の声をあげた。

 ボクはそんなサーニャに、


「ごめん、ちょっとやぼ用できちゃったから……」


 そんな気のきかない、間抜けな言葉をかけ……、そして一気に飛びあがる。


 ボクの翼は神々しいまでの光を発し、そこからは尽きることなく光の粒子が溢れ出し、飛び去った軌跡に従い飛行機雲のようにキラキラと輝く粒子の帯を作り出していく。

 そしてその光の軌跡は、どんどん後ろへ……遥か彼方まで長く伸びていき、……いつしか見えなくなってしまう。



「て、天使……。天使さま……なの?」


 その光景をまざまざと、余すことなく見せ付けられたサーニャは、思わずそうつぶやく。



 そして蒼空は、自分の胸の奥の奥から感じるその感覚に従い、少しでも早くその場から遠ざかろうと思うその一心で、めいっぱいの速度で飛び続ける。



 そしてそれは……その感覚を引き起こしたものの元へと、確実に近づいていっているということでもあるのであった――。



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