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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
四章 俺と彼女と神との契り

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浴場で

 御尾家の外風呂は露天風呂、それもいわゆる岩風呂だった。

 足元は石を敷き詰めた上でしっかりと磨かれ、平らになった状態。風呂の周りの岩は形を残したまま使われていて、大きいものも小さいものもある。

 お湯は沸かしたものを送り込んでいるので温泉ではないものの、空に浮かぶ月と周囲の自然が相まって、ある種幻想的な和の風景を作り出していた。


 実は、俺は昨日もここを使わせてもらっている。だから今日が初めてというわけではないのだが、それでも景色から受ける感動は変わらない。小さい頃から何度も入っているであろう華澄もきっと同じだろう。


「綺麗……」

「お気に召していただけたけたのでしたら、幸いです」


 周囲を見回しながら呟いた羽々音さんに、華澄が微笑む。仲がいいのか悪いのか、少女たちは並んだまま歩いていく。

 と思ったら、二人が途中で立ち止まってこちらを振り返った。


「御尾くん?」

「悠人様、どうしました?」

「あ……いや、なんでもないよ」


 首を振って歩き出しつつ、俺は心中で叫んだ。

 ……目のやり場に困ってたんだよ!


 何しろ、華澄と羽々音さんは裸だ。一応、大きめのバスタオルを身体に巻き付けてはいるものの、それ以外は何も身に着けていない。

 当然、羽々音さんの起伏に飛んだ柔らかそうな身体も、華澄の細く張りのある身体も、その質感をありありと感じ取れてしまう。

 とはいえ、今更「これはマズイのではないか」と言っても仕方のない話だ。

 何しろ……俺よりも二人の方が乗り気なのだし。


「私は構わないよ。御尾くんとだったら」

「華澄も同じ気持ちです」


 そんな風に華澄たちに言われ、ここまでやってきてしまった。

 二人と同じく俺も全裸で、腰にタオルを巻いているだけの状態。これが外れてしまえば、本当にすべてを晒すことになる。

 ……うん、それだけは阻止しよう。


「とりあえず、身体洗っちゃおうか」

「うん」

「そうですね」


 俺の提案に二人も頷いてくれる。

 床は滑りやすいので注意しつつ洗い場まで移動し、置かれていた椅子に腰かける。すると華澄たちも椅子を引いて俺の傍へ座って……?


「二人とも、近くに座り過ぎじゃ?」

「これで、いいんです。だって」

「御尾くんの身体は、私たちが洗うから」


 俺の腕をそれぞれにぎゅっと握る。


「さあ、御尾くん」

「華澄は前と後ろ、どちらを洗いましょうか……?」


 ……ええと。

 拒否権はないと考えると、比較的、冷静な対応をしてくれそうな相手に大事な部分を任せるのがいい、か。


「華澄、に前をお願いします」

「かしこまりました」


 指名された華澄は嬉しそうに頷いて、俺の正面へと移動した。

 一方、羽々音さんは少し不満そうに頬を膨らませつつも、素直に後ろへ回ってくれる。


「では、失礼しますね」


 スポンジにボディソープを含ませた華澄が、前半分を洗い始める。ゆっくりと丁寧な手つきで、満遍なく泡が身体を包み込んでいく。

 良い洗剤を使っているのか、贅沢な使い方をしたのか。辺りにほのかな柑橘系の香りまで漂い始めた。


「御尾くん、じっとしててね」


 少し遅れて羽々音さんも動き出す。使っているのは同じボディソープのはずだが、こちらは首筋から肩にかけて、ぺたりと吸い付くような感触が這う。

 これ、スポンジじゃないよな。じゃあ、もしかして手で直に……? それは反則なんじゃなかろうか。っていうか俺、どこの王様だよ。

 などと思っているうちに、前後ともに泡へ包まれた。


「悠人様、終わりましたが……」

「これ、取っちゃっていい?」

「いや、さすがにそこは自分で洗うから!」


 タオルの結び目を引っ張ろうとする羽々音さんの手を押さえて、俺は叫んだ。

 で。残りの部分もくまなく洗うと、俺は自分たちの身体を洗い始めた華澄たちより一足早く、岩風呂へと移動した。


「はあ……」


 お湯に身体を浸けると、温かさが染みわたる。少し熱いくらいだが、その方が湯冷めしなくていいだろう。

 しばらくすると華澄たちもやってきた。二人はそれぞれ、当然のごとく俺の隣に陣取るが、まあ、さすがにもう突っ込まない。


「いいお湯だね……」

「ええ、本当に……」


 羽々音さんが夢心地で呟けば、華澄が吐息混じりに同意する。さっきから思っていたのだが、この二人はいつの間にか、割と仲良くなっているような。

 ……もしそうなら純粋に嬉しいな。


「は、羽々音さん?」


 いつの間にか羽々音さんが俺をじっと見つめていた。今回は顔ではなく身体がメインみたいだけど。

 暗いから、湯に浸かってる部分までは見えない、よな?


「ごめんなさい。御尾くんの身体、じっくり見るのは初めてだから」


 さすがに恥ずかしいのか目を伏せて言う彼女。すると華澄がそれに反応し、視線を向けてくる。


「そういえば、そうですね。婚前にはしたないとは思いますが……」

「いや、人様に見せるほどのものでもないから」


 割と本心からそう言ってみたものの、二人は視線を外してはくれなかった。

 その後は何事もなく風呂から上がった。先に華澄と羽々音さんに脱衣所へ戻ってもらい、十分弱の間を置いて俺も出る。

 誰もいない脱衣所で浴衣を羽織ったら、トイレに寄ってから部屋に戻った。


 ……しばらくして夕食の席へ顔を出すと、何やら羽々音さんが俺を見て鼻を鳴らしていた。何だろう。彼女に耳打ちされた華澄まで顔を赤くしていたので、すごく気になった。


 *   *   *


 夕食を済ませると、特にすることは無くなった。華澄や羽々音さんがやってくる気配も、今のところは感じられない。

 そうすると気持ちは自然に思考へと向かう。

 考えなければならないことは山積みだった。


 中心にあるのは華澄と羽々音さん、俺に好意を寄せてくれている二人のこと。

 華澄の気持ち。御尾家が果たしてきた役割と、これから果たさなければならない役割。

 羽々音さんの気持ち。失われた記憶と、同時に失われた彼女との関係。

 俺は、どうするべきなのだろう。


「記憶が、戻ればいいんだろうけど」


 今、俺は華澄に惹かれている。

 もしかしたら恋愛感情とは違うのかもしれない。傍に居ると安らぎを覚える、この子となら長い時間を過ごしていける……そんな思い。

 あの時寸止めされたせいで燻ったままの『これ』だけど、いったん生まれた感情を蔑ろにすることは俺にはできない。

 けれど羽々音さんの言う通り、彼女と築いてきた関係、過ごした時間を俺は知らない。

 知った上であらためて選ぶべきだ、というのもわかる。

 わかるが、知るのが少しだけ怖い。


『どうして、忘れちゃったの!? 私のことも、みんなのことも、全部!』


 羽々音さんをあれだけの激情に駆り立てた原因は何なのか。

 高嶺の花だった彼女を、俺はどうやってあんな風に惹きつけたのか。

 羽々音さんは今の俺を「変わってない」と言ってくれたが、それがわからない――覚えていない以上、当時の俺と今の俺は明確に「違う」はずだ。

 だとしたら。

 記憶を取り戻した俺は、もう一度変わってしまうのではないか。

 それが怖い。


「ま、そもそも記憶を戻す方法がわからないんだけど……」


 静かな部屋で呟く。当然、誰からも返答はない。

 ない、と思ったのだけど。


「それなら一つ、試してみたいことがあるんですよー」


 間延びした声が障子の向こうから聞こえて、びくりとした。


「凛々子、さん?」

「はい、そうですー」


 大人の女性を下の名前で呼ぶのはどうか、と思ったが、凛々子さんは特に気にした様子もなく答えると、障子を開けて中に入ってきた。

 変わらず女中めいた着物姿。職業柄か、借り物の衣装なのに堂に入って見える。


「あの、試してみたいこと、って?」

「はいー。悠人さんの記憶を戻せる可能性がある方法ですー」


 そんなものがあるのか。

 感心する俺に、凛々子さんは「ただ、問題があって」と前置きしつつ。


「悠人さんが、私に身体と、心を委ねてくださる必要があるのですがー」


 と、何故かほんのり頬を染めつつ言ったのだった。

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