あとしまつ
今度こそ抵抗はなかった。
杏子さん、凛々子さん、紗羅に加えて世羅ちゃんと真夜も拘束に参加したうえで、俺たちは真昼を取り囲んだ。
戦闘に参加した四人は全員、満身創痍。でも皆、ちゃんと生きている。
ほっと息を吐きつつ真昼へと視線を向けると。
「私の負けです」
全身を囚われた天使は毅然とした声でそう告げた。
「殺しなさい。貴方たちにはその権利がある」
「……お母さん」
世羅ちゃんが困ったような顔で母親を振り返った。羽々音家の当主であり紗羅の親――最も複雑な立場にある杏子さんに判断を委ねたい、ということらしい。紗羅や凛々子さんもそれに口を挟もうとはしなかった。
「……命まで奪いたくはありません。今後、私たち家族に危害を加えないと『契約』を結んでいただければそれで構いません」
杏子さんはしばらく考えた末にそう言った。
「真夜。あなたに異論はありますか?」
「殺さないのはそれでいいわよ」
と、女悪魔もあっさり杏子さんの意見に同調した。
「ただし、この子には目いっぱい、力の制限を課して頂戴。打ち破るのに労力をかけて、目いっぱい回復に時間がかかるように」
「その間に自分は力を取り戻す、ってことか」
「あら。それ位は構わないでしょう」
まあ、確かに。こいつが居なければ絶対に勝てなかったのだ。俺たちの言い分が全部通るというは虫が良すぎる。
杏子さんも頷いて、
「でしたら、真昼様には出来うる限り力の制約を加えたうえ、当分は羽々音家で保護させていただきます。いざとなれば私たちがお守りできるように」
真夜と結んだ契約に、真昼への攻撃を制限する項目はない。力の差が十分にできた時点でほいほい殺されてはたまらないので、そのための措置は必要だ。
今さっきまで戦っていた相手を、と考えると変な話だが、真昼に勝った時点で俺たちの目的は達している。ならば死にゆく者を見捨てる意味もない。
「……私に拒否権はありませんから、好きになさい」
真昼からも異論は出なかった。
というわけで、俺たちは彼女と契約を結ぶことになった。
契約の代表者として選ばれたのは紗羅だ。
「私でいいの?」
「ええ。あなたが主導権を握っておくのが一番いいでしょう」
「はい。お嬢様が最も危険なのですからー」
杏子さん、凛々子さん、紗羅、世羅ちゃん、俺へ直接的、間接的を問わず危害を加える行為の禁止。
この契約を紗羅が保持していれば、紗羅の安全はほぼ保障される。契約を破るのに紗羅が死ぬ必要があるが、紗羅を殺そうとすれば契約が邪魔をするからだ。
「じゃあ、真昼さん」
「ええ、いいでしょう」
契約は紗羅と真昼との間で滞りなく完了した。内容を確認した後、紗羅が真昼の左胸を睨んで魔術的な処理を施した。
……もしキスとかが必要なら、俺も「待った」をかけるつもりだったけど。
更に真昼に対し、俺を除く全員があらためて長期持続する拘束を施していく。五重の縛りが身体に染み込み、目には見えない形で彼女を縛る。
すると天使の姿を維持できなくなったのか、真昼はその姿を変えた。
ぽん、と。
そんな擬音が聞こえてきそうなノリで現れたのは一匹の猫だった。毛の色は銀に近い白で、瞳は人間状態同様に碧眼である。
「可愛い……」
思わず呟くと、真昼を除く全員からくすくすと笑われた。
……空気が弛緩していく。終わったのだ、純粋な天使との激しい戦いが。
嬉しくなって紗羅に微笑みかけると、彼女もにっこりと笑みを返してくれる。しかし次の瞬間、彼女はふらっとよろめき、地面へとゆっくり倒れていく。
「紗羅っ」
慌てて抱きとめると、紗羅は俺の腕の中で寝息を立てていた。翼とウェディングドレスも消失し、裸の彼女だけが残る。
どうやら、疲れが限界に達したらしい。なら、早くベッドまで運んでやろう。
「悠奈さん、世羅。紗羅をお願いしていいですか? 私はこの子を運びますので」
杏子さんが凛々子さんに肩を貸しながらそう言った。どうやら凛々子さんの方も本当に限界に近かったらしい。
「わかりました。それじゃあ、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
世羅ちゃんと手分けして紗羅を部屋へ運び、パジャマに着替えさせてベッドへ眠らせた。それから、それぞれ自分の部屋で眠りにつく。
気づけば、真夜はいつの間にかいなくなっていた。
* * *
思った通り翌日は休息だけでほぼ潰れた。
ようやく全員が集まったのは金曜の夕食で、その頃には紗羅たちの顔色もだいぶ良くなっていた。屋敷のどこかにいたらしい真昼も、俺たちの気配を察すると食堂へやってきた。
「お祝いのご馳走、とはいかなくて申し訳ありませんがー」
そう言いつつも、凛々子さんが用意してくれた夕食はいつも通り美味しかった。というか、むしろ「いつも通り」であることにほっとする。
皆も一口ずつ味わって食べている様子で、言葉数は少なかったものの表情には笑顔が溢れていた。
「あの、真昼。できれば一つお願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
猫の姿のまま、俺たちとほぼ同じ食事を平らげた真昼が顔を上げるのを見て、俺は言葉を続けた。
「真昼って、羽々音家みたいな天使の末裔たちに影響力があるんだよね?」
「ええ」
「だったらさ。紗羅のことを天使の末裔だって認めて、それを伝えて貰えないかな?」
紗羅の存在に天使からのお墨付きが出れば、分家の人たちも文句は言えないはずだ。
そうすれば「紗羅が家を出る」という話だってなくなると思う。何しろ、屋敷を追い出す口実がまるごと消えるのだから。
「……なるほど。いいでしょう」
「いいの?」
驚きから首を傾げた紗羅に、真昼は。
「嘘を言うわけではありませんし、末裔たちに夢を見せる程度ならなんとかなるでしょうから」
「ありがとう!」
彼女の言葉に場の雰囲気がぱっと華やいだ。世羅ちゃんが笑顔で立ち上がり、真昼をぎゅっと胸に抱く。
「……本当の猫ではないのですから、気軽に抱かないで欲しいのですが」
「だって、嬉しいんだもん」
可愛らしい猫を前にして、抱くな、というのも無理があるしな……。世羅ちゃんの気持ちはよくわかる。
妹と真昼の和やかな(?)様子に紗羅も微笑んだ。
「ありがとう、真昼さん」
真昼の約束は、その翌日に果たされることになった。
* * *
土曜日。俺と紗羅は無事に終業式を迎えた。
今回、俺は寝込まずに済んだし、おかげで金曜の夜は紗羅との儀式も行えた。その結果、二人とも日常生活に支障がないところまで回復することができたのだった。まあ、クラスメートたちからは目いっぱい心配されたが……。
つつがなく終業式を終えた後は、そのまま生徒会主催のクリスマスイベントに参加した。新生徒会長となった二年生の女子から挨拶があった後、ちょっとしたお菓子やジュースが振る舞われたり、豪華粗品が当たるビンゴ大会が行われたり。
二日ほど学校に来られなかった分も目いっぱい、クラスメートや澪ちゃんとの時間を過ごした。
「それじゃあ先輩方。良いお年を」
「……うん。良いお年を。元気でね、澪ちゃん」
「? はい、悠奈先輩も」
校門の前で、俺は校舎を振り返った。
おそらくこれが最後になるだろう、清華学園の姿を目に焼き付けるために。
そして、日曜日を挟んで月曜日。
羽々音家では家の面々、プラス真昼によるささやかなクリスマスパーティと、そして紗羅の誕生日パーティが催された。




