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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
三章 俺と彼女と大天使の試練

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正天使の宣告

 金色の髪は腰ほどまで伸び、碧い瞳はどこまでも澄んで見える。背中の翼は以前に見た杏子さんのそれよりも大きく、かつ重厚感がある。

 身に纏うのは白いドレス。装飾の殆どない布地に覆われた肢体はなだらかな曲線を描き、まるで完成された芸術品のようですらあった。

 これが、本物の天使。

 裸足のままかすかに浮かび、食堂に揺蕩う彼女を呆然と見つめていると、杏子さんがおもむろに席を立った。

 彼女は口を閉ざしたままその場に跪き、頭を垂れた。

 一方、世羅ちゃんは自分も倣うべきか戸惑うように視線を巡らせていた。その間に、かの天使が再び口を開いた。


「楽になさい。我らが血に連なる者よ」

「――はい」


 美しくも荘厳な声に命じられ、杏子さんが顔を上げる。彼女はそっと立ち上がると一歩下がり、控えるような姿勢を取った。凛々子さんはそんな主人を心配そうに見つめつつ、天使から最も遠い位置にいた。

 天使の視線が再び俺の方を向く。


「あの、あなたの名前は……?」

「………」


 おずおずと尋ねてみると、答えはなく沈黙で返される。

 余計なことを聞かない方が良かったか、と思っていると。


「……そうですね。好きに呼んでいただいて構いませんが、敢えて言うなら真昼、と」


 返答に迷っていた、とでもいうようにそんな声が。

 そこへ何事もなかったように言葉が続いた。


「最後の試練は――」


 何を言われるのだろう。

 これが最後ということ。わざわざ天使その人が出てきたという事実から、不安と緊張が高まる。

 そして。


「悪魔の消滅。悪魔の血を引く者をひとり、殺しなさい」


 俺たちは淡々とした、無慈悲な宣告を聞いた。


「え……?」


 声を漏らしたのは誰だったか。

 今回の指示がこれまでの二つと違うことはすぐにわかった。

 命を救い、悪事を止めた。

 方法こそ違えど「誰かを助ける」ことに繋がっていた過去の試練と違い、今回は「誰かの命を奪う」ことを求めている。

 更に言えば、このタイミングで思い浮かぶ相手の名前は。


 俺は軽く息を吸い込みながら周りを見渡した。俺と真昼以外の誰もが、俺の発言を待っているように見えた。


「相手は、誰でもいいんですか?」


 あの子の名前を直接出すのは怖かったから、そう尋ねた。


「はい、もちろん。条件に合う相手であれば、誰でも」

「そうですか」


 良かった。

 ふっと息を吐く。そんな俺を、真昼はただ黙って見つめていた。


「では、また。貴方が試練を果たした時に」


 言って、彼女は虚空へと解けるように消えていった。

 後に残ったのはいつも通りの食堂の風景だけ。


「あの人、本物だったんだよね?」


 世羅ちゃんが呆然と呟けば、杏子さんが頷いた。


「ええ、間違いなく。あの方は純粋な天使です」

「ただそこにいるだけで物凄いプレッシャーでしたねー」


 凛々子さんが言いつつ、ぶるっと身を震わせる。紗羅も頷いているところを見ると、魔力の扱いに慣れている人たちにはそう感じられたらしい。

 ……俺は外見的な威圧感しか受けてなかったから、そこまでもないんだけど。


「でも、大変な課題を貰っちゃいましたね」


 話を戻す。

 悪魔を殺すなんて難題に苦笑して言えば、皆は。


「呑気に言っている場合ではありませんよ」

「そうですよー。ここに来てあんな課題だなんて」


 口々に試練への不安を述べ始めた。

 世羅ちゃんがきゅっと唇を引き結んで俺を見る。


「悠奈さん。亜実ちゃんを殺すなんて言いませんよね」

「もちろん。絶対そんな事はしないよ」


 第一の試練と第二の試練で関わった彼女。

 ここで『悪魔の血を引く者』を殺せなんて言われたら、真っ先に思い浮かぶのは亜実ちゃんなのだが、彼女を殺すなんてできるわけがない。

 そうするくらいなら女のままでいる方がマシだ。だから、


「私が知っている中で、死なせてもいいって思える悪魔が一人だけいるので」

「悠奈ちゃん、それって……」


 紗羅が恐る恐る尋ねる声に頷いて、


「詳しい話は夜にしよう。結構時間経っちゃってるし」

「あ」


 皆が食堂の時計を見て声を上げた。

 そういうわけで、俺たちは慌ただしく朝食を済ませて家を出た。変なところで話を切ったせいで紗羅からは一日中、意味ありげな視線を送られることになったが、まあ仕方ない。


 ……その日の授業中は、年末進行なのをいいことに考えごとをして過ごした。

 考えることは色々ある。試練を受けるとして、戦う相手は俺の中で決まっているものの、それには大掛かりな準備が必要になると思われる。

 それに、無事試練が終わったあとのことも。

 最良の結末は、俺が男に戻ったうえで紗羅が屋敷に留まれること。いや、もちろん紗羅が俺と一緒に暮らしたいならやぶさかではないというか、むしろ大歓迎だが。それはそれとして、羽々音の血族たちに認めてもらうことはできないか。

 欲張りなのは承知の上で考えてみる。

 部外者の俺だからこそ思いつく奇策、みたいなのがあったらいいなあと、そんな希望的観測だ。


 羽々音家の成り立ち。

 杏子さんと周囲の血族の力関係。

 分家やその他の人間が紗羅を疎んじている理由。

 もういない紗羅の両親。

 世羅ちゃんに俺、凛々子さんに深香さん。

 悪魔の呪い。

 天使の試練。


 今まであったこと、見聞きしたことをぐるぐると考え続ける。そのうち、殆どただの回想と化していたような気もするが。

 ――あれ?

 つい最近の出来事まで遡ったところで思考が止まった。具体的にはわからないが、何か引っかかるものがあったのだ。

 その原因を追いかけていくと、また別の疑問が湧いてくる。

 ……こういうのは得意じゃないんだけど。

 わかっている情報から、それっぽい推測を重ねていくと不思議な結論に至った。

 え、これでいいのか? なんかもの凄く突拍子がないというか、それこそ希望的観測でできているような話になったんだけど。

 むう。どこかで勘違いしたんだとしても、何がおかしいのかもわからない。


 そんな風に悩み続けるうちに放課後になっていた。


「羽々音さん、今日はぼうっとしてたけど何かあった?」

「姫と喧嘩でもしたとか?」

「あ、それはない」

「うん。喧嘩なんかしてないよ」

「うわ、即答だよ二人とも……」


 いや、そう言われましても。

 適当にクラスメートたちの追及をかわしつつ下校する。

 バスを降り、屋敷へと向かう道中で、


「ねえ、悠奈ちゃん。やっぱりあれともう一回――」


 痺れを切らせたように口を開いた紗羅が言葉を止めた。首輪に鈴を着けた一匹の黒猫が近寄って来るのに気づいたからだ。


「餌はないよ」

「わかってて言ってるでしょう、貴女」


 うん、まあ。

 なんとなく来そうなタイミングだったので驚けなかったし。

 じろり、と睨みつけてくる黒猫を抱き上げて抱える。


「悠奈ちゃん。いつも思うんだけど、よく平気で抱けるよね」

「だって、この姿なら可愛いし」

「……好きでずっとこの姿でいるわけじゃないんだけどね」


 そうだったのか。

 そういや、この姿だとあまり力も使えない、とか前に言ってたっけ。


「で、何の用……って、まあ、だいたいわかるけど」

「ええ。わざわざもう一度殺しあう必要はないんじゃないかと思って、忠告に来たのよ」

「もう知ってるのか」


 歩きつつ問えば、「当然でしょ」と可愛くない返答。


「じゃあ、やっぱり悠奈ちゃんは」

「うん。試練を達成しようとするなら、相手はこいつしか思いつかない」

「……だとは思ったけど」


 紗羅がため息をつきつつ、黒猫を横目で見やる。

 真夜は平然とした顔で俺の腕に収まったまま寛いでいて、そのまま屋敷までついてきた。


「どこまで来る気?」

「中までだけど。どうせ今更一緒でしょ?」

「まあ、そんな気はするかな」


 門から一歩、中に入った時点で大騒ぎになった。

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