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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
三章 俺と彼女と大天使の試練

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亜実の事情

 亜実ちゃんに声をかけてきた少女たちは、それからすぐに去っていった。


「じゃあねー」


 くすくすという笑い声が遠ざかっていくのを見送った俺は、亜実ちゃんへと視線を戻す。

 彼女は完全に俯き、かすかに身を震わせていた。


「亜実ちゃ……」

「すみません。私、今日は帰ります」


 恐る恐る声をかけようとした世羅ちゃんを遮り、コートを羽織り始める。有無を言わさぬ態度に、俺たちはただそれを見つめるしかなかった。


「今日はありがとう」


 ホッケー台の向こう側から歩いてきた紗羅が微笑むと、準備を終えた亜実ちゃんはなんとも言えない表情を作った。


「……はい」


 押し殺したような声で答えると、ぺこりと頭を下げて身を翻す。

 それを世羅ちゃんが呼び止めた。


「亜実ちゃん!」


 亜実ちゃんが足を止めた。世羅ちゃんは軽く振り返った彼女へ駆け寄ると、その顔へと手を伸ばす。

 そして、かすかにびくりとする亜実ちゃんの髪を優しく払った。


「髪、乱れてたから」

「……ありがとう」

「うん。またね」


 そうして亜実ちゃんは去っていった。

 残された俺たちは顔を見合わせた後、屋敷へ帰ることにした。

 三人とも道中の口数は少なかった。特に世羅ちゃんはきゅっと唇を引き結んだまま、左手で右手首を抑えていた。

 だから、先程の出来事について本格的に話題へ上ったのは屋敷に着いてからだった。


「凛々子さん。お母さまを呼んでくれませんか?」

「かしこまりましたー」


 今日も凛々子さんが出迎えてくれたため、紗羅が彼女に願い出る。

 凛々子さんが杏子さんを呼びに行っている間に、俺たちは荷物を置いて食堂へと腰を落ち着けた。


「世羅、大丈夫?」

「うん。まだ『繋がってる』」


 繋がってる? って、何の話だ?

 訝しむ気持ちが顔に出ていたのか、紗羅が説明してくれた。


「さっき、世羅は亜実ちゃんに魔力的な『繋がり』を残していたの。それで、屋敷に帰ってくるまでずっとそれを維持してる」


 亜実ちゃんの髪を払った時のことか。

 じゃあ、だから世羅ちゃんは何も喋らずにいた。繋がりを維持するのに集中が必要だったから。

 紗羅の説明に世羅ちゃんも頷く。


「繋がっている間は、怪我とか、もしくは酷い心のショックとかがあればわかると思うんですけど……私じゃ長くは」


 と、そこへ杏子さんがやってきた。


「お母さん、これ」

「……わかりました」


 世羅ちゃんが右手を差し出すと、杏子さんはそれだけで意味合いを察したようだった。世羅ちゃんの傍まで歩み寄ると彼女の手を取り、ぎゅっと握りしめる。

 二人の手から光が零れたかと思うと、それは金色の腕輪に変わった。


「悠奈さん、これを」

「あ、はい。着ければいいんですよね」


 受け取って腕に嵌めると、一瞬だけちくっとするような感覚。その後、視界の端というか意識の隅に緑色の丸印が生まれた。


「なんか『正常』みたいなマークが見えるんですけど」

「世羅が保持していた繋がりを、腕輪の形に固定化しました。装着者は相手に危機的な状態がないか感じ取れるはずです」


 維持には俺の魔力が使われる。また、状態の見え方は人それぞれらしい。

 凄いデジタルな見え方するのは俺にとってわかりやすいからか。


「それで、何があったのか教えていただけますか?」

「はい」


 杏子さんの声に俺たちは頷いた。

 ちょうど凛々子さんがお茶を淹れてきてくれたので、二人に向けて今日の出来事を話して聞かせた。

 主となったのは当然、亜実ちゃんと別れる直前の出来事についてだ。


「多分、クラスメートか何かだと思うんだけど……亜実ちゃんとはあんまり仲が良くなさそうな感じだった」

「悠奈ちゃん。あの子が亜実ちゃんに何か言ってたの、聞こえた?」

「ああ」


 リーダーっぽい子の囁き声は、距離の関係で紗羅たちには聞こえなかったらしい。

 しかし、すぐ傍にいた俺には聞こえていた。


「あたしたちみたいに、先生にチクられなくて良かったねー……って言ってた」

「告げ口……脅迫ってこと?」


 紗羅の顔が曇った。


「……台詞だけ聞いてると、告げ口まではいかないかな。告げ口されなくて良かったな、ってことだから」


 似たようなものではあるんだろうけど。


「あと……亜実ちゃんの手首がちょっとだけ見えたんだけど、細い傷跡が何本もあるように見えた」

「それって……」

「リストカット、ですかー……?」

「多分。ああいうの見たのは初めてだから、確証はないけど」


 クラスメートと思しき集団との確執。それにリストカット。

 繋ぎ合わせると、連想されるイメージはあまり良いものにはならない。

 ……いじめと、それを原因とした自殺願望。


「百瀬亜美さん、ですね。伝手を使って調べてみましょう」

「できるんですか?」

「ええ。……もちろん、ご本人にはわからないように、なるべく早急に」


 そういうことなら、杏子さんに調査をお願いすることにした。俺たちは腕輪のつながりに注意して、何かあれば対応できるようにしておく。

 まあ、授業中とかに何か起きたら困るけど……その時は亜実ちゃんだって授業中のはずだから、そう問題は起きないだろう。


「亜実ちゃんに何かあったら、できるだけ私にも教えてくださいね」

「うん。……何もない方がいいけどね」


 もし何かあるなら力になってあげたい。もちろん、それは試練とか関係なくだ。

 そうして俺たちは夜を迎え、夕食の席で杏子さんから報告を受けた。


「百瀬亜美さんは、学校内で孤立しているようですね」

「って、もう調べたんですか!?」


 さすが天使。おそらく異能の力を行使したのだろう。驚くべき速さだった。


「ある女子のグループが中心になり、百瀬さんを『それとなく』排斥したようです。以降、それがだんだんと周囲にも広がり、現在はほぼ孤立無援の状態になっています」


 差し出された写真に写っていたのは、昼間見たリーダーっぽい女の子だった。


「いじめの内容は多岐に渡っています。どうやら過激すぎる内容はありませんが……」


 周囲から話しかけられず放置される。自分から話しかけても無視される。あるいは「うざい」「気持ち悪い」などと心無い言葉を投げかけられる。着替えの際に下着がなくなったり、面倒な仕事をそれとなく押し付けられることもあったようだ。


「リストカットについては……これまでに幾度か行っているようです。通院した履歴が残っています。軽いものも含めればもっと多いかもしれません」


 ……ってことは、やっぱり初めて会ったときのアレも自殺未遂だったのかな。


「どうしたら、いいのかな」


 呟く。けれど、誰もすぐに答えを返してはこなかった。

 ふう、と杏子さんが息を吐く。


「今のところは状況証拠だけですから、詳しいことは本人に確認でもしなければわかりませんね」


 亜実ちゃんがいじめに遭っていること、リストカットの習慣があることはわかった。

 しかし、それらが単純にイコールで結ばれるのか。

 彼女が何を苦にしているかは表面的な情報だけではわからない。


「駄目だよ。亜実ちゃんに聞いても、多分教えてくれない」

「……そうだね。知っている人に相談できるなら、とっくにしてると思う」


 世羅ちゃんが首を振り、紗羅がそれに頷いた。


「私が暗示を使えば、亜実ちゃんに気付かれないように記憶を覗くことはできるけど……」

「いや、それはやっちゃいけないと思う」

「そうだよね……」


 例え本人にすら気づかれなくても、人の記憶を覗くのは褒められる行為ではない。必要だからって簡単に曲げちゃ駄目だろう。

 ただ、そうなると、どうすればいいのか見当もつかないのだが。


「……あ」


 その時、意識の端に映るマークが、緑色から赤色へと変わった。

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