亜実と、外出先で
亜実ちゃんとは午前十時にバス停前で待ち合わせだった。
ハンカチ、ティッシュ、財布にスマホ等を鞄に入れ――服にポケットがないのだ――服の上から白いコートを羽織り、同じく準備を整えた紗羅、世羅ちゃんと屋敷を出る。
約束の五分前に到着すると、意中の相手は既に来ていた。
「こんにちは」
そう言ってぺこりとお辞儀をする姿は、案外元気そうだった。相変わらず表情は柔らかくないけれど、前回ほど警戒はされていないように思う。
紗羅と一緒に彼女へ挨拶をしていると、
「おはよう、亜実ちゃん」
「……うん。おはよう、世羅」
世羅ちゃんと亜実ちゃんはお互い下の名前で呼び合っていた。なんでも、次に会ったらそう呼び合うとメールで約束したらしい。
「世羅が強引に決めただけですから」
そう言う亜実ちゃんは顔をほんのり赤く染めている。強がってはいるが、単に恥ずかしいだけのようだ。
俺は紗羅と顔を見合わせ、あまり追求しないようにしようと頷き合った。
「それじゃ、行こっか」
バスに乗り込んで向かう先は、いつかも行ったショッピングモール。ただし今回の目的は買い物ではなく、そこに併設された映画館だ。
「そういえば、何見るかは決めてるの?」
「はい」
にっこり頷いた世羅ちゃんが口にしたタイトルは、聞き覚えのあるものだった。
現在上映中のアニメ映画。女の子同士の美しい友情を描いた話題作。
……うん、この前思いっきり見たやつだ。思えば、居間に置かれていたDVDたちに通じる部分もある。
「悠奈ちゃん?」
「あ、いや、なんでも。楽しみだね」
「? うん、そうだね」
そういうことなら「見たことある」とは言いづらい。俺は首を傾げる紗羅ににっこりと笑いかけて誤魔化した。
……下手に説明すると、深香さんと二人きりで出かけたことを紗羅に思い出させてしまうし。
映画館に着くと、日曜ということもあり結構混雑していた。
ただ、目的の映画は上映開始から日が経っているため、満員御礼というほどでもない。無事に中央ブロックの席を四つ連続で確保することができた。
……そういえばレディースデーなんてのもあるんだな。
チケットを買う際の料金表を見て思わず感心する。曜日は違うので今日は関係ないのだが、もしかしたら利用することがあるかもしれない。
人数分のドリンクを買ってから席に移動し、映画を鑑賞した。
席順は俺、紗羅、亜実ちゃん、世羅ちゃん。俺は一度見た映画だったため、途中でそっと他の皆に目をやってみたが、三人とも、亜実ちゃんまでもがじっと映画に見入っていた。
「うん、いいお話だったー」
「そうだね。見られて良かったかも」
「……うん」
映画が終わったあとも三人はご満悦の様子だった。近くのファミレスに入って注文を済ませると、口々に映画の感想を語り始める。どうやら映画の内容が、彼女たちの琴線へいい感じに触れたらしい。
一番口数が多いのはやっぱり世羅ちゃんのようだけど、
「クライマックスの二人の台詞が良かった。どうしたら、あんな風に綺麗な会話が組み立てられるんだろう」
「うん。いいなあ、ああいう関係」
不意の亜実ちゃんの呟きに、紗羅がうっとりと目を細めて頷いている。むう、筋違いなのはわかってるけど、作品の登場人物に嫉妬してしまうな。
……クライマックスの会話っていうと、主人公二人の互いを想いあう気持ちが真っすぐに描かれていたシーンか。確かに綺麗だったけど、俺は聞いているだけで恥ずかしくなってしまって素直に見られなかった。
ちょっと、真似するのは難しいかもしれない。それにしても、
「亜実ちゃんは、しっかりお話を見てるんだね」
世羅ちゃんの感想は「良かった」「楽しかった」「綺麗だった」と抽象的というか、気持ちが前面に現れているのに対し、亜実ちゃんは作品の出来を見ているように見えた。
すると、彼女はびくっとして、かすかに俯く。
「……はい、まあ。本を読むのとか、結構好きなので」
「そっか。私は普段あんまり読まないから、凄いと思うな」
漫画とかドラマとか、わかりやすい媒体の物語の方が嬉しいタイプだ。感嘆を込めて微笑むと、紗羅と世羅ちゃんにくすりと笑われるが、まあそれは仕方ない。
「そう、でしょうか」
「うん。私も長い時間はなかなか集中できないから、羨ましい」
もしかしたらあまり褒められ慣れていないのだろうか。俺と世羅ちゃんがそれぞれに褒めると、こそばゆそうな表情をしていた。
食事の後はモールに戻り、映画館と一緒に置かれたアミューズメント施設へ。やや大人しいゲームセンター的なもので、そこまで大がかりなものではないようだが、そのぶん健全な感じがある。
「ええと、こういうところの定番ってなんだろう?」
「さあ? とりあえず面白そうなのをやればいいんじゃないでしょうか」
――世羅ちゃんの大雑把な提案で、色々見て回ってみることに。
クレーンゲームに一人一回ずつ挑戦し、見事全員玉砕したり。
飛び出してくる謎生物を叩くゲームをきゃあきゃあ言いながらプレイしてみたり。
写真をプリントする機械にみんなで入り、人生初の写真シールをゲットしたり。なんだかんだ楽しむことができた。
「あとは……これでしょうか」
だいたい見て回ったかな、というところで目についたのは対戦型のホッケーゲーム。二対二までの対戦が可能になっているやつだ。
どちらかというと男の子向けのような気がしないでもないけど。
「よし、やってみようか」
「うん、私もいいよ」
「はい、私も」
意外に紗羅と亜実ちゃんも乗り気だったので、二人組のチームを作って対戦することに。
一応学年が均等になるよう、公平にグーとパーで別れた結果、俺は亜実ちゃんとのチームになった。
「よろしくね」
「はい。お邪魔にならないように頑張ります」
「あはは。私もそんなに運動神経良くないから、大丈夫だよ」
……あれ。っていうかむしろあの姉妹が本気出したら絶対勝てないよな?
と、プレイする前から不安になったものの、当然紗羅たちもこんなところで身体強化とかしてくるはずがなく。そこそこ見られる勝負にはなった。
積極的に動く世羅ちゃんと、抜け目なくサポートする紗羅。二人のチームワークに俺たちはずっと押され気味で、ムキになり始めると互いの動きがかち合いそうになり、余計に失点を重ねたりしたが。
どうやら亜実ちゃんもやり始めると熱くなるタイプだったようで。
中盤以降、プレイしながら少しずつコートの前を開くと、最終的に脱いでしまった。更に動きやすいよう袖を軽くまくってみせる。
おかげで二点差までは持ち込んだものの……結局敗北。
「……残念だったね」
「はい。あとちょっとで勝てそうだったのに」
それから亜実ちゃんは軽く息を吐くと、あそこでああしていれば、と自分の見解というか、俺への駄目出しをし始めた。真面目に取り組み過ぎてフェイントに引っ掛かってるとか、割と参考になるアドバイスっぽいけど、多分この子夢中で喋ってるな。
……ん?
今日一番生き生きしているのではないか、という亜実ちゃんに頷きを返しつつ、ふと彼女の手元に目をやる。捲り上げられた袖の先、手首のあたりに細いラインのようなものが。
「あれー? 百瀬?」
亜実ちゃんの表情が一瞬にして凍った。
口を閉ざした彼女の様子から、声がした方を見る。そこには数人の少女がいた。
彼女たちは俺や紗羅の方を見るとくすくすと声を上げた。
「親戚の人と遊びに来たの?」
中心にいた女の子が言うと、それに合わせて周囲の子たちが笑う。一見しただけなら年頃らしい、身内受けの会話にも思えるが、どことなく勘にさわる態度だった。
何より亜実ちゃん自身が何も言わず、ただ受けながすような姿勢を取っている。
「……別に。なんでもいいでしょ」
「うん。まあねー。別に悪いコトしてたわけじゃないみたいだし」
推定リーダーの子が口の端を歪め、亜実ちゃんの耳へと顔を近づける。
そして彼女はそっと短い言葉を囁いた。




