休日の出来事
……世界名作劇場、か。
硝子棚に並べられたDVDの列を眺め、俺はふっと息を吐いた。
うん、止めておいた方が無難かな、と一人頷いて棚の戸を閉める。
「映画鑑賞は没、っと」
俺が今いるのは羽々音家の居間だった。
普段は自室と食堂で事足りてしまうため、あまり訪れることがないこの部屋には、ふかふかのソファや簡単なティーセット、本棚に大型テレビ等、くつろぐための設備が充実している。
屋敷に来てから殆どテレビは見なくなったものの、紗羅とのんびりするならDVDを見るもありかなと思ったのだが、居間に置かれたDVDはどれも名作アニメーションのものばかりだった。
たぶん、紗羅や世羅ちゃんが小さかった頃に見ていたものなのだろう。
「ちょっと予想外だったかな」
……いや、もちろん作品自体に罪はない。ただちょっとタイミングが悪かっただけだ。
だって、群れからはぐれたアライグマの話とか、お母さんを探す少女の話とか、少年と犬の話とか。今見ると余計な連想をしてしまいそうじゃないか。
「……家族、か」
父さんたち、どうしてるだろうな。
ふと両親のことへ思考を巡らせると、不意にあることが気になった。それを確かめるのに丁度いいのは……誰だろう。
「悠奈さんー? どうされました?」
「あ、凛々子さん」
居間へ顔を出した凛々子さんに声をかけられた。この部屋は入り口にドアがないので、俺の気配を察して様子を見に来たのだろう。
「いえ、ちょっと野暮用だったんですけど……」
「?」
ちょうどいいといえばちょうどいいタイミングだろうか。
「あの、凛々子さん。少しだけ時間取れませんか?」
* * *
「どうぞー。お客様をおもてなしするようなところではありませんが」
「ありがとうございます」
凛々子さんに誘われたのは彼女の部屋だった。場所はなんと、杏子さんの部屋の隣。多分、いつ用事を言いつけられてもいいようにという配慮だろう。
……大声を出すと杏子さんに聞こえてしまいそうなので注意しないと。
ちなみに広さはさほどでもない。だいたい俺の部屋の半分といったところか。家具は必要最低限のものだけなので、それでも圧迫感はない。
あまり広くないせいか、部屋にふわりと漂うのは凛々子さんの匂いだろうか。
「それで、何のお話ですかー?」
「あ、はい。実は……紗羅のお母さんってどうしているのかな、って」
「それは……また突然ですねー」
一脚きりの椅子へ薦められるまま座り、ベッドに腰かけた凛々子さんと向かい合う。
普段よりはややリラックスした表情の彼女は、俺の言葉に首を傾げた。
「昨夜のことがあったから、ですか?」
「……はい、そうです」
鋭い問いかけには素直に答えた。
きっかけは昨夜の件だ。紗羅と俺が屋敷を出るという話に、凛々子さんが乗ったこと。家族がバラバラになる、というイメージと「親子」という単語から思い浮かんだ事柄があった。
……今まで紗羅のお母さんの話は聞いたことがない、と。
「もし、その人がどこかに居るのなら……こういう時こそ頼るべきなんじゃないかな、って」
屋敷を出たとして、実のお母さんに保護してもらえるならこれ以上はないだろう。そうすれば、凛々子さんが無理に屋敷を出る必要もないかもしれない。
そんな意図を簡単に伝えると、凛々子さんはふっと微笑んだ。
「悠奈さんは優しいですねー」
「……そんなこと」
俺はただ、好きな相手に幸せになって欲しいだけだ。これが見知らぬ相手ならいちいち余計なことを考えたりはしない。
そこで凛々子さんは眉を下げて。
「昨夜は申し訳ありませんでした。突然お騒がせする形になってしまって」
「いいえ。ちょっとびっくりしましたけど……」
「あはは、そうですよねー。……でも、お嬢様が今のお歳で家を追い出されるのが、どうしても許せなくて。もちろん、悠奈さんが頼りないって意味じゃないですよー?」
むしろ、そこは一言多かったのではなかろうか。
「……お嬢様が本当の母親と暮らす。そうできればいいんですけど」
「無理、なんですか?」
「はい」
凛々子さんが胸の前で右手をきゅっと握る。
「彼女は、決してお嬢様とは暮らせないところにいるんです」
「………」
既に亡くなってるってことか。あるいは、遠い外国にでもいるのか。
「そのことは、紗羅には?」
「お話してありますー。どういう方だったかまではご存じありませんが」
「そうですか……」
多分、そんなところなのだろうとは思っていたが……。
ままならないものだ、という思いだけが残る結果となった。
* * *
自室へ向けて歩いていると、こちらへやってくる紗羅と出くわした。
「悠奈ちゃん、どこ行ってたの?」
「いや。何か暇を潰せるものはないかと思ったんだけど、見つからなくて」
凛々子さんとのことは知らせる必要もないので表向きの理由を話す。
「そっか。……じゃあ、私のお部屋にでも行く?」
「紗羅の部屋に?」
何かあるのかな?
「ううん、別に何もないけど……言ったでしょ? ゆっくりするの」
「ゆっくりって、ゆっくり?」
「うん、ゆっくり」
そう言われて紗羅の部屋を訪れると、本当にゆっくりだった。
……なんか「ゆっくり」がゲシュタルト崩壊しそうだな。
紗羅の部屋は白を中心に、ほんのりピンクが混じった印象だった。置かれている家具で目立つのは柔らかそうなソファがあることか。
「ほら、こっち」
そう言って手招きされたのは件のソファだった。座ってみるとふかふかして心地いい。
こんなの、俺の部屋にあったら絶対、勉強時間が削られる。紗羅ならちゃんと誘惑に耐えるだろうけど。
「あとは……こういうのかな」
紗羅が壁際の棚に置かれていたぬいぐるみを持って戻ってくる。差し出されたのは猫のぬいぐるみで、紗羅は犬のぬいぐるみを抱く。
「これは?」
「えっと、抱き枕がわり?」
なるほど。要するにこのままソファでごろごろするつもりらしい。
そういうことなら……。
「紗羅、私そっちのぬいぐるみがいいな」
と言って、紗羅のぬいぐるみと交換してもらった。
「悠奈ちゃんは猫の方が好きかと思ってた」
「いや、どっちかっていうと犬派だけど。どうして?」
「だって、真夜と仲良いみたいだから」
「誤解です」
いや、猫状態のあいつは可愛がってたけど。あれは毛がもふもふしてるのが悪い。
「それならいいけど……ふふ。でも、悠奈ちゃんったら。ぬいぐるみに拘るなんて」
「べ、別にいいでしょ」
動物を愛でるのに男も女も関係ないと思う。というか、今は女なわけだし。
などと言いつつ、紗羅とソファでごろごろする。ぬいぐるみを抱いているといい具合に暖かいし、部屋が静かなので落ち着く。
……こういうのもいいかもな。
思いながらぬいぐるみに鼻を近づけると、かすかに紗羅の匂い。
「ゆ、悠奈ちゃん。匂い嗅がないで」
「まあ、ほら。この前のお返しということで」
いつしか、俺たちは自然と身を寄せ合い、お互いに体重を預けるような姿勢になっていた。
触れ合わせた肩から紗羅の体温が伝わってきて、だんだん眠くなってくる。
「このままお昼寝しちゃおっか。どうせ今日は何もないんだし」
「……じゃあ、それで」
たまにはこういうのもいいだろう。テスト休みさまさまだ。
俺たちはそっと目を閉じると、ゆっくりとした時間を過ごした。




