百瀬亜美
「はい、これ。良かったら」
「……ありがとうございます」
紗羅が少女に暖かい紅茶を渡す。近くの自販機で買ってきたものだ。
「悠奈ちゃんは緑茶だよね」
「うん、ありがとう」
四人分の飲み物をそれぞれに受け取り、軽く胃に流し込んで一息つく。それから一人ずつ自己紹介をした。
「私は羽々音世羅っていいます」
「で、私が羽々音悠奈」
「それから、私が羽々音紗羅です」
すると少女は「姉妹?」と不思議そうな顔をした。あれか、似てないって意味か。
「まあ、私は従姉妹だから」
「なるほど」
苦笑混じりに説明すると納得したように頷く。むう、ちょっと悔しい。
彼女にはベンチの真ん中に座ってもらった。それから俺たちで両サイドに陣取ろうとしたのだけれど……どう考えてもこれ、四人はきついよな。
そう思っていると、世羅ちゃんが俺たちに座るよう言ってくる。
よくわからないまま応じると、世羅ちゃんは腰かけた俺の膝に乗ってきた。
「重くないですか?」
「それは大丈夫だけど、紗羅の方じゃなくていいの?」
「お姉ちゃんにはいつでも甘えられますから」
なるほど。じゃあ、このままにしてあげよう。
と、俺と世羅ちゃんのやりとりを少女がじっと見つめていた。
「あ、ごめん。こっちで関係ない話しちゃって」
「いえ、別に」
即答のあと、ぷいっとそっぽを向かれた。なんというか、取りつく島もない子だ。
けど、反対側に顔を向けると、そこには紗羅がいる。
「あなたの名前も教えてもらえないかな?」
世羅ちゃんとは別の意味で強力な微笑みと共に、小首を傾げる紗羅。
「……亜実。百瀬亜美です」
亜実ちゃん、か。
名前を聞いた俺は、あらためて彼女の姿をそっと見つめる。彼女が敬語を使った通り、年齢はたぶん俺や紗羅よりは下。世羅ちゃんと同じくらいか。
ショートヘアで、目つきはちょっときつい感じ。きっと人付き合いはあまり得意ではないのだろう。笑えば結構可愛いと思うのだけれど。
……さて、とりあえず名前は聞けたけど、どうしよう。
なんとなく、この子に「さっき自殺しかけたよね?」とか聞いたら即行で拒絶される気がする。
「百瀬さんはどこの学校なの? 私はね……」
悩んでいたら、世羅ちゃんが差しさわりのなさそうな話題を出してくれた。先に自分の学校を言ったことで答えやすくするのも忘れない。
すると亜実ちゃんは中学校名と学年を小さく答えてくれた。近隣の公立中学に通う三年生らしい。
「じゃあ、世羅と同じ学年だね」
「そうなの?」
「うん。私も三年生なんだ」
言って世羅ちゃんが笑いかけると、ほんの少しだけ表情が緩んだ。
これは、このまま雑談を続けた方が良さそうかな。
「そういえば世羅ちゃんはどこに進学するの?」
「悠奈さんやお姉ちゃんたちと同じ。清華ですよ」
「そうなんだ」
世羅ちゃんなら清華の制服も似合うだろうな。
同じ制服を着て、並んで登校する姉妹の姿を想像してほっこりした。
「百瀬さんは?」
「私は……」
亜実ちゃんは答えかけて口ごもる。迷うような素振りで俺の方をちらっと見てから、世羅ちゃんに答えた。
「私も清華、かな」
「そうなんだ、偶然だね」
それから俺たちは世羅ちゃんを中心に、他愛もない話をした。今日は三人で散歩に来たのだとか、清華ではそろそろ期末テストがあるのだとか。
そうして少しずつ飲んでいた飲み物が空になった頃、亜実ちゃんが「そろそろ帰ります」と言って立ち上がった。
「あ、待って」
俺は彼女を慌てて呼び止め……迷った。
ええと、つい呼び止めちゃったけど、どうしよう。このまま帰しちゃうのはまずいよな?
「何か?」
数秒考え込むうちに、亜実ちゃんが尋ねてくる。
ううむ、話題話題。
「そうだ。メアド交換しようよ!」
「へ?」
追い詰められた末、口から飛び出した言葉には、亜実ちゃんだけでなく世羅ちゃん、紗羅までが変な声を出した。
……うん、まあ、割と唐突だとは思うけど。言っちゃったものは仕方ないだろう。
「ほら、これも何かの縁だし。もし同じ学校になるなら仲良くしたいな、って」
駄目かな、と精いっぱい可愛く言ってみせると、相手も無下には断りにくいようだった。
「……わかりました」
と、メールアドレスと電話番号を交換してもらい、今度こそ別れた。
去っていく彼女を警戒させないために座ったまま見送り、やがてその姿が見えなくなると、まず世羅ちゃんが口を開いた。
「悠奈さん」
「はい」
何だろう。俺、怒られるのだろうか。
「ぐっじょぶです」
「ほ、ほんとに?」
「はい。これで、あの子にまた会えるかもしれませんし」
何もせず別れてしまえば、偶然会っただけの関係など今日限りで終わる。でも、連絡先があれば相手にメッセージを伝えることが可能だ。
相手が応じてくれさえすれば、また会うことだって。
「……あの子、ちょっと心配だもんね」
「うん」
公園の入り口に目をやった紗羅の呟きに、俺も頷く。
結局、交差点での出来事は話題に出せなかった。だから亜実ちゃんが死ぬつもりだったのかは分からずじまいだけど、いずれにしてもなんとなく気になる。
「私、今度メールを送ってみます」
「うん。お願いするね」
多分、世羅ちゃんが送るのが一番いいはずだ。
「じゃあ、帰ろっか」
「そうだね」
俺たちは公園のゴミ箱に空いた容器を捨てると、来た道を逆戻りして屋敷に帰った。
それから午後は試験勉強やら昼寝をして、夕食時。念のため亜実ちゃんとのことを杏子さんたちに報告する。
「皆さんお手柄ですねー」
話を終えると、まずは凛々子さんからそんな風に称賛された。
それから彼女は小首を傾げると、ぽつりと呟く。
「ちなみにこれって、悠奈さんが人助けしたことになるんでしょうか」
「あ。……ええと、どうなんでしょう。特にファンファーレが鳴ったりとか、そういうことはなかったんですけど」
言われてみれば、あの状況は亜実ちゃんを事故から救った……と言えなくもない。
でも、試練を達成しているのなら何か反応がありそうなものなので、やっぱり達成できてはいないのか。
生まれた疑問には杏子さんが少し考えて、
「次の課題が与えられるのは夜、眠っている間、ということもあるかもしれませんね。そちらはいったん明日の朝まで待ってみましょう」
「そうですね」
それから、杏子さんも凛々子さんと同じく、俺たちの対応を褒めてくれた。ただしその後にはセットで「もし同じような状況があっても、後先考えずに飛び出したりはしないように」と注意もされてしまったが。
「特に悠奈さんは気をつけてくださいね」
「は、はい。なるべく気をつけます」
一度前科がある以上、絶対無いようにするとは言えない俺だった。
……多分、紗羅が相手じゃなければ夢中で飛び出したりはしないと思うんだけど。でも、他の人でも危ないのに気づいたら見過ごせないよな。
そして俺は紗羅と儀式を済ませて眠りにつき――その夜は特に夢を見ずに朝を迎えた。
「では、昨日の出来事はその子の命を救ったことにはならなかったのですね」
「そうみたいです」
そもそも亜実ちゃんに自殺の意図はなかったのか。あるいは、もし車に轢かれたとしても亜実ちゃんが死ぬことはなかったということか。
「……あるいは、その子が死を迎えるのはこれからなのか」
「杏子様、不謹慎ですよー」
「ごめんなさい。……そうね、別に彼女の死を救え、という予言ではないのだし」
杏子さんの不意な呟きは凛々子さんに窘められ、すぐに撤回されたが、なんとなく俺の胸に強い印象を残した。




