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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
二章 俺と彼女と天使の企み

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本性

 紗羅が俺たちの外出に気づいたのは、窓から聞こえた鈴の音が原因だったらしい。

 音の出所を確かめようとカーテンを開けたところ、庭を歩く俺たちの姿が見えた。最初は特訓の延長かと思ったが、壁を乗り越えたところで違和感に気づいたという。


「だから後を追いかけたの」


 変身した状態なら飛行や姿の隠蔽も可能なため、それを利用してタクシーを追った。そして砂浜に着いた後は、深香さんが何をするつもりか確かめるため聞き耳を立てていた。


「単なるお散歩の可能性もあったから。……むしろ、その方が良かったけど」


 けれど、実際には深香さんは俺に手を出した。

 だから紗羅はこのタイミングで割って入った。


「おうちの事情を悠奈ちゃんに話し始めた時点で、お母さま達にも連絡してあります」


 状況が確定するまで待ったため遅くなったものの、それでも今頃、こちらに移動を開始しているはずだという。

 ……なら、これで一安心か。

 ほっと息を吐いたところへ、深香さんの低い声が届いた。


「おうちの事情、ですか」


 その表情はとても諦めた人間のそれには見えなかった。

 彼女は紗羅を憎々しげに睨みつけると、ヒステリックな声を上げる。


「羽々音の血も引いていないあなたが、偉そうに語らないで!」


 刹那、いつかと同じように辺り一帯へ不可視のドームが形成された。遠くの景色から色が失われ、結界の中に閉じ込められる。

 紗羅がいる以上、脱出することは可能だろうが――。


「どうやら、貴方たちを逃がすつもりはなさそうね」


 呑気な真夜の声。


「いや、お前も閉じ込められてるんだけど」

「私と彼女は基本的に不干渉よ。間接的に手を出す程度ならともかく、どちらかが直接攻撃した時点で殺し合いになる。それが愚策なのはあの子もわかってるでしょ」

「ええ。用があるのはあくまで悠奈さんです」


 深香さんが俺を見る。その瞳が深紅に染まり、途端、全身に悪寒が走る。


「もう一度『お願い』します。悠奈さん、紗羅さんと一緒に屋敷を出てください。そうすれば、悠奈さんの幸せはわたくしが保証します」


 ――何を、言ってるんだ。


「悠奈さんに罪はありませんから。たまには紗羅さんを置いてわたくしの元へ遊びに来てください。そうしたら、たっぷり甘やかして差し上げます。可愛いお洋服を着せて、今までそうしてきたように、耳元で優しく囁いて」


 熱に浮かされたかのように、深香さんは言葉を紡ぎ続ける。

 怖い。彼女が何を言いたいのか、何に突き動かされているのかわからない。

 真夜が「妄執ね」と呟いた。


「あの子は羽々音の家柄に拘っている。自分が天使であること、力を持っていることを誇りに思い……同時に、本流から外れていることにコンプレックスがあるんでしょう。ちょっと異常なレベルだけど、その原因は……」


 全部教えるつもりはない、というように真夜が言葉を切る。

 同時に、ざっ、と深香さんが一歩前へ踏み出した。


「わたくし、悠奈さんのことも気に入っているんですよ? だから、世羅ちゃんと同じように愛せます。構いませんよね?」

「止めて!」


 紗羅が叫び、深香さんの足が止まる。と、彼女の頬に一条の裂傷が刻まれた。危機感を覚えた紗羅が攻撃を加えたのだろう。

 無理もない。たぶん、俺が同じ立場でもそうしていただろう。

 だが。


「先に手を出しましたね?」


 ぞくっとした。

 状況に似つかわしくない、愉しげな声。深香さんが口の端を歪めて紗羅に告げる。


「なら、これ以降のわたくしの行動は正当防衛です。当然ですよね?」


 ……どの口が言うのか。

 さんざん怪しげな行動を取り、俺に暗示をかけておいてそんな道理が通用するかと言いたい。

 言いたいが、彼女にとって客観性はどうでもいいのだろう。

 大事なのは紗羅に対して攻撃を加える名目であって、後のことなど何も考えていない。

 どうして、こうなった。


「悠奈ちゃん、下がって」

「……ああ」


 紗羅が振り返らずに告げ、俺は頷いて数歩、後ずさる。

 それを合図にしたように深香さんが動いた。

 右腕を真横に掲げ、手のひらにちょうど収まるサイズの炎球を生み出す。


 そして投擲。

 筋力、あるいは空気抵抗までも操作しているのか、かなりの速度で飛来するそれは紗羅に睨みつけられ、蒸発するようにして消滅した。

 それを見た深香さんの表情は変わらない。今度は両腕を掲げ、それぞれの手のひらに炎球が生まれる。連続して投げつけられたそれらも、やはり紗羅によって防がれた。


「止めてください、深香様。私たちが戦っても、何にもなりません」

「なりますよ? あなたが死ねば、傷つけば、わたくしの気持ちが収まります」


 会話になっていない。

 深香さんは完全に熱に浮かされてしまっている。まるで俺だけでなく、彼女本人が洗脳を受けているかのようだ。


「……真夜。まさか深香さんに何かしたんじゃ」

「してないわよ。さっきも言った通り、私はあの子に直接干渉はしない。それに、この姿のままじゃ大した力は使えないから」


 ……悪魔は嘘をつかない。だから、この言葉は嘘じゃない。

 なら、深香さんの行動は本人の意思なのか? 凝り固まった思い、紗羅への敵意はそんなにも深いものだったのか。


「………」


 深香さんが次に行ったのは、弓をつがえるようなポーズだった。するとそこに炎でできた弓と矢が生まれる。

 弓。ということは投擲ではなく。


「行きますよ」


 炎の弓から矢が放たれる。更に、次々と矢を生み出しては連射する。

 紗羅は、それも全て防いでみせた。せわしくなく首を動かし、炎の矢を睨みつけて無効化していく。


「さすがですね。では、これでどうですか?」


 再び引き絞られる弓。

 けれど、今度、生まれた炎の矢は一本ではなかった。

 深香さんの周囲、何もない空中に無数の矢が生まれている。


 これは光と炎、弾と矢の違いこそあれ。

 ――俺たちが太刀打ちできなかった、真夜の攻撃とほぼ同数の。


 深香さんの指が矢から離れる。

 同時に、すべての矢が俺たちに向けて飛来した。


「悠奈ちゃん、もっと後ろに!」


 紗羅が叫ぶ。それを聞いた俺は反射的に後退し――。

 指示を出した紗羅自身も後ろに飛ぶ。そして、彼女は飛び来る矢ではなく、自身の前方の空間を睨みつけた。

 すると紗羅が睨んだあたりの空間に不可視の防壁が生まれ、炎の矢を悉く弾き散らしていく。

 ……そうか。一つ一つを打ち消すんじゃなくて、壁を作ってまるごと防げばいいのか。

 真夜の時にそうしなかったのは、公園の広さ的な問題と、あまり俺を下がらせるわけにはいかなかったからか。あの時は俺の持つオカルトアイテムにも頼らないと攻め手が足りなかった。


 攻め手といえば。

 紗羅が攻撃しようとしていないのは、深香さんを気遣ってのことなのだろうか。

 と。


 はぁ、という深いため息が紗羅の口から漏れた。

 その意味するところは、呆れでも怒りでもなく……疲労?

 見れば、紗羅の肩がかすかに上下していた。


「そりゃそうでしょ。屋敷からここまで姿を隠して飛んできてるのよ?」

「あ……」


 そうか。

 真夜との戦いのときは、ある程度突発的ではあったものの魔力は十分だった。しかし、今回は俺たちを追ってくるのに力を消耗してしまっている。

 だから、紗羅は攻撃しない。

 攻めに回す程の余力なんて最初から残っていないのだ。


 勝機というか活路があるとすれば、杏子さんたちが来てくれるのを待つことだけ。

 でも、それまで持つのか?


「頑張りますね。では、これで如何ですか」


 深香さんが弓を消し、右手を軽く振る。

 虚空に出現し、彼女の手に握られたのは――剣。


「……っ」


 息を飲む紗羅。それを見て深香さんはくすりと笑い、真っすぐに砂の地面を蹴った。

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