新しい学校
「羽々音さんたちって、姉妹じゃないんだっけ?」
「うん、紗羅と私は従姉妹同士」
女子校の昼休みは賑やかで華やかだった。
生徒たちが数人単位でグループを作り会話や食事に勤しむ姿は共学と一緒だが、ここには性別の壁がない。男女間で曖昧な境界線が引かれ、暗黙の不干渉が貫かれるような光景は見られない。そのぶんだけ皆リラックスしているような気がする。
……まあ、それ以外は変わらないといえば変わらないか?
「そっか。ちなみに羽々音さんと姫、どっちがお姉さん?」
「えっと、私は十二月だけど……悠奈ちゃんは?」
「一月。だから紗羅の方がちょっとだけお姉さんかな」
俺たちが顔を見合わせて答えると、一緒にお弁当を食べている数人の女子たちが「そっかー」と頷く。その後、すぐに別の質問に移っていくところを見るに、質問に大した意味はないのだろう。雑談なんてそんなものだ。
翌日に祝日を控えた木曜日。俺が清華に来て四日目になるが、未だに俺たちに関する質問は絶えない。
この時期に二人、しかも同じ苗字の生徒が転校してきたのが相当珍しいらしく、俺たちは色んな生徒から囲まれていた。
ちなみに「羽々音さん」が俺のことで、「姫」というのが紗羅のことだ。二人とも羽々音さんじゃ紛らわしいため、紗羅をあだ名で呼ぶことにしたらしい。
「あの、ところでどうして紗羅が『姫』なの?」
「んー? 特に意味はないけど」
「なんか姫っぽいかなって」
「なるほど」
なんとなくわかるな、と頷くと、紗羅が抗議の視線を送ってくる。
「悠奈ちゃん、そんなに簡単に納得しないで」
「でも、『お嬢』とかよりはマシじゃ?」
「あ、それいい!」
何の気なしに反論したら、クラスメートから予想外の反応。どうやら冗談っぽい気配ではあるが、紗羅からはジト目で睨まれた。
……いや、だって俺にとっては間違いなく紗羅は憧れのお姫様だったし。
「仲いいよねー、二人とも。さすが従姉妹?」
「お弁当も一緒だし、本当の姉妹みたい」
俺たちのお弁当は、世羅ちゃんの分も含め凛々子さんがまとめて作ってくれている。女の子向けっぽい、彩りと栄養を重視したラインナップにはここ数日でだんだん慣れてきた。
なお、お昼は紗羅も外面を気にして俺と同じ弁当箱である。
「そう、かな?」
と、当の彼女は控えめにお弁当を突きつつ、嬉しそうな顔をしていた。
昼休み以外でも「男子がいない」というのは案外いろいろと違ってくるもので、若干のカルチャーショックを受けることはあった。
例えば男子トイレがない(職員用は除く)とか、野球部がない(ソフトボール部はある)とか、植物いっぱいの中庭があるとか。あとは単純に「ベースとなる制服が一種類しかない」っていうのも結構な違和感があった。
女子しかいないのだから当然だけど、全員がスカートを履いているのだ。思わず「ズボンどこ行った?」と思ってしまう。
困ったのは体育の時間だ。
女子になった今、着替えも女子と一緒なわけで……どこを見たらいいのか困惑する。クラスメートもあまり人目を気にしないので余計である。
更に、
「え、教室で着替えるの?」
「そうだよー。部活用の更衣室はあるけど狭いから、体育の時は基本使わないかな」
「でも、男の先生もいるよね?」
「気にする子は隠れて着替えたり、家から着て来たりしてるよ?」
あっけらかんと言われショックを受ける。
……女子校ってすごい。まあ、この物凄い男女比の中でセクハラしようとするような|勇気(?)ある教員なんて殆どいないだろうけど。
「作って欲しいっちゃ欲しいけどねー」
「あー。海の上に新しい学校作ってる余裕があったら、ってね」
「なるほど……」
とにかく、郷に入っては郷に従え。これもおいおい慣れていこう。
幸い、女性化してから男性的な性欲は減っているっぽいし。興奮を明確に示してしまう器官もなくなってるので抑制は可能だ。
また、体育では身体能力の変化についても確認できた。予想はしていたが、やっぱり能力的には落ちている。男子の平均値から女子の平均値へ落ちた感じなので、女性化の影響とみて間違いないだろう。
……一方の紗羅は運動神経も抜群なので、微妙にコンプレックスを感じた。今度から体育はより真剣に受けてみようかと思ったり。
「でも、悠奈ちゃん。無理はしすぎないでね?」
「へ?」
その日の放課後、バスの中で紗羅から不意にそう言われた。
「無理って、そこまで無理してるつもりはないけど」
「うん、わかってるけど……夜のこともあるし、体調には気を付けて欲しいなって」
紗羅に吸われた分は早めの睡眠で補っているけれど、身体への負担は皆無ではないはず。となると日中の活動で負担はかけすぎない方がいい、ということだ。
「そう、だな。確かに」
「あ、もちろん、大変だったら夜のアレはお休みするし」
「……いや。紗羅、それは駄目だ」
「え?」
今度は紗羅が首を傾げる番だった。
きょとん、とする彼女を見ながら俺は告げる。
「その、なんていうか。あれを止めるのは嫌だなって。よっぽどのことが無い限りは毎日続けたい」
「……それは、私のため?」
「いや、自分のためにも、かな」
それは偽りのない本心だった。
あの儀式を止めてしまうと、それだけ紗羅との距離が遠くなってしまう気がするから。だからこのまま続けていたい。
俺の返答に紗羅は微笑んで頷いてくれた。
「わかった。じゃあ、そうしよう」
「ありがとう」
「ううん。……あ、そういえば」
そこで紗羅が思い出した、というような顔をする。
「私たちのコート、この前駄目になっちゃったでしょ? 明日、新しいのを買いに行かない?」
「……あー、そうだったな」
この前の戦いの際、俺たちの着ていたコートと冬服は焼かれ、使い物にならない状態にされてしまった。服の方はどうとでもなるが、コートは今のうちに買っておかないと後で困りそうだ。
「まだ殆ど着てなかったから、ちょっと気が引けるけど……」
「しょうがないよ。それくらいは必要経費だと思わないと」
「それもそうか」
あの真夜に勝って、数年来の呪いを解いたわけだし。
どうしても気になるようなら今後バイトすることを検討してみよう。
「よし、じゃあ、明日な」
「うんっ」
一応、二度目のデート……ってことになるのかな。
家に帰って杏子さんや凛々子さんにも話すと、あっさり了承してくれた。お金のことも気にしなくていい、とのことだ。
「悠奈さんも、うちの娘なんですから。遠慮しないでくださいね」
「そうですよー。無理して風邪を引かれる方が困ります」
「あはは、ありがとうございます」
気遣いが身に染みる。
他に行くあてのない俺を保護してくれて、身の回りの世話をしてくれて。紗羅を連れ出して勝手なことをしたことも許してくれている。
……結局、記憶も消されずに済んでいるし。
杏子さんたちには感謝しなければいけないと思う。
「ああ、そうだ。紗羅、それから悠奈さん」
「はい?」
「後で少しお話があります。世羅も交えて、今後の心構えについて……そうですね、夕食の後、お茶を飲みながらにしましょうか」
……あれ。心なしか杏子さんの笑顔が怖いような。
ともあれ、食後ということなら今考えても仕方ない。俺は紗羅と別れ、自室に戻ると私服に着替えた。
それから、明日スムーズに外出できるよう、今日の分の宿題を一生懸命片づけたのだった。




