対決
「真夜、呪いを解くだけなら貴女に頼らなくても方法はあるんだよ。人間の霊能者にだって腕のいい人はいるんだから。それなら私たちはお金と時間を費やすだけで済む。そうなったら寿命を使い損だよね?」
「見え見えの挑発ね。だったら何故、こんなに切羽詰まるまでそうしなかったの? 安く済むのならとっくにそうしているでしょう」
――相対的にお買い得に見せ、値切りを誘う方法は失敗。
「じゃあ、私から五十年持って行ってもいいよ。それなら値段通りでしょう」
「駄目。それじゃあ想い人に先立たれて泣くお嬢ちゃんが見られないじゃない。それに、サキュバスは吸精で寿命を延ばせるでしょうに」
――ぎりぎりの妥協ラインを示してもあっさり却下される。
「ああ。なら、悠奈ちゃんだっけ? その子の性欲を無くすっていうのはどう? それなら同意してあげてもいいけど」
「言ったよね? 次に言ったら許さないって」
「紗羅。だから落ち着けって!」
「我儘ね。じゃあ、お嬢ちゃんの両腕と両足で手を打ってもいいわ。どう、悠奈ちゃん? 愛しの彼女の自由を奪って、好きなように嬲れるわよ」
「よし。お前、ちょっとそこに直れ」
「悠奈ちゃん、駄目!」
――真夜から示された代案は吞めないものばかりだった。
真夜が現れてから一時間が経っても話は平行線のまま。気を張った状態での交渉により、俺と紗羅の精神力は限界に達しようとしていた。
次の代案を必死に探す俺たちを前に、真夜がわざとらしく欠伸をしてみせる。
「で? もう話は終わり? なら帰らせてもらうけど」
「待って。まだ用件は終わってない」
答えて、紗羅がはあ、と息を吐いた。それから横目で俺を見てくる。
「悠奈ちゃん、もう無理だよ。これ以上は同じことの繰り返し」
「……わかった」
なら、今度こそ最後の手段だ。俺は頷いて数歩後退し、背負っていたリュックサックを身体の前に持ってくる。中身をいつでも取り出せるように。
それを見た紗羅が表情を引き締め、発光の後にサキュバスへと変わる。
「交渉に応じる気がないなら、実力行使させてもらうよ」
「……ふうん? ようやくその気になったのね」
真夜が目を細めて呟く。翼を持った女たちの間で剣呑な空気が高まっていく。
「わかってるわよね? 私は簡単に負けを認めないし、お嬢ちゃんたちを屈服させたら好きなようにさせてもらう。抵抗できるならしてもいいけど、戦いの後でそんな力は残ってないでしょうね」
「そっちこそ、同じ条件だってこと忘れない方がいいよ」
――開戦は突然だった。
不意に真夜が手を差し伸べると、その手の先、何もない空間に光が弾ける。おそらくは紗羅の攻撃を真夜が防いだのだろう。
次いで、紗羅が周囲の空間へ素早く視線を巡らせる。彼女が見た先でいくつもの光が弾けた。
不可視の力同士が激突している。その原理が魔力だとするのなら、魔力の流れを『視る』ことのできない者には戦いの詳細すら終えないということか。
以降も紗羅と真夜は静かに力をぶつけ続ける。攻撃側と防御側は時折入れ替わっているようだが、まだ互いの身体に傷がついたり、衝撃を受けている様子はない。
拮抗している? 二人の力量差は殆どないということだろうか。
「ふふ。少しは遊べるみたいね」
「……っ」
……いや。二人の表情、会話からそうではないことがわかった。
頬に汗を浮かべた紗羅はおそらく全力か、それに近い状態。対する真夜は余力を十分に残し、半ば遊んでいるに近い。
ということは、真夜がその気になれば。
「じゃあ、こういうのはどう?」
そんな声と共に、真夜が次々と指を鳴らす。すると彼女の周囲に黒く細長いモノが生まれ始めた。
絡まりあい、透明な粘液を纏うそれらは。
「触手?」
「もっと直接的な苦痛の方が私は好みだけど、この娘にはこういう方がお似合いでしょう?」
俺の呟きに答えるように真夜が笑った。
彼女の手が再び開かれると、無数の触手が紗羅を襲う。
「っ!」
紗羅は短く息を吐くと、向かってくる触手を睨みつける。視線を向けられた触手は千切れ、破裂し、あるいは切断されて勢いを失っていく。
しかし無力化された触手の後ろからは新たな触手が次々と現れる。それらに対処するため、紗羅は休みなく視線を移動させなくてはならないようだった。
その様子を見て、俺はなんとなく二人の能力を理解する。
紗羅は視線を用いて魔力それ自体を行使している。あるいは自分の身体であれば魔力を使って強化できる。
一方、真夜は指、腕の動きを起点に魔法を使う。紗羅と同じく魔力自体を行使することもできれば、物質を生み出し操ることもできる。
視線を媒介にする紗羅にとっては、魔力そのもののやりとりよりも物量で攻められ、死角から次々と押し寄せられる方が辛いというわけだ。
――なら、このままにしておいたらまずい。
このまま放置していたらいつか疲労か、あるいは単純に手数の問題から紗羅が押し負ける。そうならないためには、なんとかして突破口を開くしかない。
どうやって? 決まってる。手数を増やすのだ。
俺はリュックを探り、手近にあったお札の束を取り出した。そこから一枚を剥がして投げつける。
ふわりとお札が飛び、伸びてきた触手の一本に触れる。するとばちん! という音と共に触手が根元まで消失した。
……よし、いける。
ちゃんと効果があることに気を良くした俺は、二枚目を手に取り投げた。
今度のお札もふわりと舞い……交戦領域まで辿り着かずに落ちた。どうやらうまくひらめいてくれなかったらしい。
「あ、あれ?」
「あらあら。そんな投げにくい物を使うなら、もっと近づいた方がいいんじゃない?」
首を傾げた俺の元に、嘲るような真夜の声が届いた。
……ぐ。悔しいがあいつの言う通りだ。だが、これ以上は近づきがたいのも事実。
仕方なく俺はお札をしまい、破魔矢を引き抜いた。そして再び投擲すると、今度は空気を裂いて触手の真ん中に命中する。
細い穴が開き、向こうに真夜が見えた刹那、紗羅がその空間を睨んだ。当然、攻撃は防御されたが、攻防の間は触手も停止した。
よし、少しは持ち直した。
すかさず俺はリュックに手を突っ込み、十字架を取り出す。
「紗羅、あの穴をもう少し広げてくれ!」
「……っ、わかった!」
紗羅が触手を睨むと、要求の通りに穴が広がる。そこへ一歩踏み出しつつ、十字架を力いっぱい投げつけた。
さすが固形物。十字架は狙いを誤らずに飛び、その先にいる真夜に近づく。
「くっ……さっきからこの威力。それ量産品の安物じゃないの!? それとも使い手との相性でもあるわけ!?」
真夜が叫びつつ、不可視の盾で十字架を叫ぶ。空中で阻まれた十字架には見る間にヒビが入っていき、数秒で崩れ去った。
そこへ紗羅が追い打ちをかける。
「今のうちに……!」
展開されたままの盾の周りで光が弾ける。その間に俺は……ええと、そうだ。触手をなんとかしてしまおう。
触手が止まった今のうちにと紗羅の背中に駆け寄り、先ほどしまったお札を取り出す。でもって近づいたのをいいことにちぎっては投げまくった。
触れた端から触手が消滅していき、お札が尽きる頃には殆ど居なくなる。
「ああもう、面倒な!」
真夜の焦った声が心地いいと思ってしまうのはいけないことだろうか。
俺はにやりと笑いつつ、残ったアイテムを引っ掴む。
呪いの人形? いいや、投げてしまえ。
紗羅の頭の上から山なりに投げると、人形はやはり真夜の盾に触れ――じゅっ、っと一瞬で燃え尽きた。
「……えー」
ここに来て不良品かよ! いや、ここまで全部悪魔に効いてるのが異常だったんだろうけど!
ええい、こうなれば最後の勾玉!
残った小さなアイテムが盾にぶつかり、今度は大きめの衝撃音。
ばちばちと、十秒近くも滞空した後で消滅し、同時に真夜の周囲の空間にぱらぱらという光の粒が煌めいた。
「盾が……」
「破れた!」
息を飲んだ紗羅が真夜を睨む。
遂に真夜の身体に傷が入った。頬や肩、太腿、あちこちに細く、小さな裂傷が刻まれていく。
そこで真夜が叫んだ。
「……調子に、乗るなっ!」
指が弾かれる。
今度現れた真夜の武器は――おびただしい数の光の玉だった。




