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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
一章 俺とあの子と悪魔の呪い

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18/202

対峙

「――おばさん」


 ……ん?

 思ったのと違う展開に首を傾げる。てっきり悪魔を呼び出す魔法の呪文でも唱えるか、あるいは真夜の本当の名前を突き止めたんだと思っていたのだが。

 紗羅の可愛い顔には似合わない暴言が飛び出したような。


「真夜とか言ったっけ。悪魔だもん、きっと私たちとは比べものにならないくらい生きてるんだよね。でも、歳の割に性格も幼稚なんだろうな。わざわざ私みたいな若い女の子の恋を邪魔するくらいだし。性格悪すぎるよね。きっとまともな恋愛したことないのかな」

「ちょ、ちょっと待った。紗羅?」

「なあに、悠奈ちゃん?」


 慌てて呼び止めると、紗羅が首を傾げつつ振り返る。良かった、表情はいつも通りだ。特に気が狂ったわけではないらしい。


「その、悪口が悪魔と会うための秘策なのか」

「そうだよ。悪魔は地獄耳で、性格も悪いから。こうやって馬鹿にしてあげれば出てくるしかないの。呪いという形で繋がってる私が相手なら猶更ね」


 ……えっと、今の説明は素だったんだろうか。これも十分悪口に聞こえたが。

 だが、まあ。理屈はなんとなくわかった。そんな簡単な方法を、今まで俺に伝えなかった理由も同時に察する。


「さあ、真夜おばさんはいつまで我慢できるかな? それとも、小娘ごときに何を言われても悔しくない、とか言って泣き寝入りするのかな?」


 刹那、周囲の空気が凍った。

 紗羅が言葉を止め、かかった、とでも言いたげな笑みを浮かべて中央に向きなおる。


 すると――。

 ちりん、と小さな鈴の音が響く。それはあの交通事故の時、そして予知夢のような悪夢を見た夜に聞いた音だった。


 瞬き程の間。

 俺たちの視線の先、その地面に、いつの間にか一匹の黒猫がいた。

 あの猫は。


「――好き放題言ってくれるじゃない」


 喋った。

 黒猫が口を開き、大人の女の声を発した。それに俺は驚くが。

 次の瞬間、猫の中心に光が瞬いたかと思うと、そこに『悪魔』が立っていた。


 黒がかった紫の髪に同色の瞳。蝙蝠の翼に黒く細長い尻尾。露出度の高いボンテージ。以前に紗羅から聞いた通りの姿。

 紗羅が小さく呟いた。


「真夜」

「久しぶりね、お嬢ちゃん。調子はどう?」

「最悪だよ、お蔭さまで」


 悪魔――真夜は悠然と、紗羅は淡々と言って睨み合う。しかし、二人の言葉の端には隠しきれない苛立ちが滲んでいた。

 俺はそれを見つめながら深いため息を吐く。

 つまり、紗羅がこの方法を口にしなかった理由がこれだ。悪口を言って「怒らせて」呼び出すのだから、相手と最初から喧嘩腰にならざるを得ない。

 手っ取り早いが故に、大きすぎるリスクを負う手段なのだ。


「それで、何の用かしら? そっちの子まで連れちゃって」

「とぼけないで。私たちの用件くらいわかっているんでしょう?」


 真夜の瞳がこちらを向き、一瞬びくりとするが、すぐに紗羅が返してくれる。すると真夜はつまらなそうに頷いた。


「まあ、ね。……じゃあ、とりあえず場を整えましょうか」


 真夜が左手を上げ、ぱちんと指を鳴らす。

 その音を合図とするように、公園内を包み込むように不可視のドームが形成される。見えないのに認識できたのは、ドーム外の景色から色が失われたからだ。

 いわゆる結界の類だと認識すれば、おそらく間違いではないだろう。


 真夜は更にもう一度指を鳴らす。と、今度は紗羅と真夜との間に四人掛けのテーブルが出現した。その上にティーポットとカップが三つ。


「とりあえずお茶でもどう? 長々と立ち話もなんでしょう?」

「おかまいなく。悪魔を相手に、出された物へ不用意に手を付けるほど考えなしじゃないから」

「あらそう。残念」


 大して残念そうでもない口調で呟くと、真夜はポットからカップへ紅茶を注いだ。それからカップ内の液体を飲み干すと、再度指を鳴らしてテーブルと食器を消去する。

 ……簡単そうにやってるけど、これって多分、結構な大事なんだよな。


「真夜。私の呪いを解いて」

「嫌よ。決まってるでしょう?」

「なら、対価を支払うから。それならどう?」

「……へえ?」


 面白がるような声。立場的、力量的に圧倒的に有利だという自信の表れか、真夜の態度はどこまでも超然としている。

 身に纏うボンテージとその美貌も相まって、女王然とした威厳があった。


「このまま呪いを維持していても、貴女の手に入るのは満足だけでしょう? だったら、実際の利益を取った方が良くはない?」

「利益ねえ。そう言われても、お嬢ちゃんに呪いをかけるのに私も魔力を使ったのよ。そう、寿命が削れるくらいにね」


 悪魔の呪いにも代償はあるのか。

 ただ、削った寿命がどの程度のものか、悪魔の寿命がどれだけあるのかがわからなければ、代償の重さは計りようがないが。


「寿命って、具体的にはどの位?」

「……四十年を二人分。それだけ払ったら解いてあげてもいいわ」


 紗羅の問いかけに答えた真夜はそんな答えた。

 ――四十年。それだけの寿命、しかも二人分となれば相当な年月だ。人間なら人生の半分、悪魔としても決して短い時ではないだろう。

 だけど、それで呪いが解けるなら。元の身体に戻れるなら。


 俺は息を飲んで紗羅の動きを待った。交渉は全て紗羅に任せてある。もし、彼女がこの条件を飲むのなら、俺はそれで構わない。

 しかし。


「話を逸らさないで。貴女が削った寿命は何年か、って聞いてるの」

「……ちっ」


 紗羅は冷静にそう告げ、真夜が小さく舌打ちした。それを見て俺は初めて気づく。

 二人の会話は噛みあっているようで噛みあっていなかったのだ。「呪いの代償に支払った寿命はいくらか」尋ねた紗羅に、真夜は「合計八十年で呪いを解く」と答えた。

 これは別に「呪いの代償が八十年だ」と答えたわけではない。単に話題をすり替えただけだ。


「まあ、費やした寿命は五年ってところかしら。少しは頭が回るのね、お嬢ちゃん」

「ありがとう、全然嬉しくないけど」


 五年が、八十年に。

 もし俺が交渉を担当していたら、実に十六倍もの代価を要求されていた。

 ……うん。やっぱり騙しあいには向いてないな、俺。


「じゃあ、二人で合計五年分。それで呪いを解いてくれるよね?」

「はあ? 解くわけないでしょう。今答えたのは呪いで費やした寿命の年数であって、要求した対価じゃないわよ」

「……だよね。わかってる」


 頷いた紗羅が少しだけ残念そうに息を吐いた。


「じゃあ、倍の十年。それなら利益も出るでしょう?」

「嫌よ。それじゃあ一人五年分の寿命で二人とも幸せ、末永く仲良く暮らしました、で終わっちゃうじゃない。そんなつまらない結末は認めないわ」

「……やっぱり性格悪いなあ」

「何とでも言いなさい」


 あっさりと切って捨てた真夜はそれから「五十年」と要求を提示した。それだけあれば呪いを解除してもいいという。

 元手の十倍。いくらなんでも暴利もいいところだ。これまで紗羅が苦しんできた年月を考えれば、こちらの痛手はそれ以上だというのに。


「……駄目。それは払えない」

「そう? なら別の物でもいいわよ」

「例えば?」


 そこで真夜がちらりと俺を見た。彼女の唇が愉しげに吊り上がる。


「そうね。その子の前で、別の男に処女を捧げなさい。そうしたら許してあげる」

「な……っ」


 何を、言ってるんだ。

 そんなの認められるわけがない。俺や紗羅の感情を差し引いても、その条件は問題がありすぎる。さっき本人から聞いた通り、好きでもない誰かに抱かれた時点で紗羅の衝動は暴走するのだ。

 そうなったら何もかも意味がない。


 まさか、この条件を飲んだりはしないよな?

 慌てて紗羅を見れば、彼女は俯いて身を震わせていた。


「待て、紗――」

「馬鹿じゃないの」


 冷たい声が公園内に響いた。

 きっと顔を上げた紗羅が真夜を睨みつける。


「私は絶対にそんな事しない。もしもう一度言ったら許さないから」


 俺が止めるまでもなく、紗羅は自分で思いとどまった。

 しかし――彼女は良くない方向に熱くなっているように俺には見えた。


「へえ? 許さないって、具体的にはどうするの?」

「貴女がいなくなれば、私の呪いは解ける。だったらそうすればいいだけだよ」

「っ。待て、紗羅!」


 このままだと決定的な決裂になる。

 そう思った俺は弾かれたように動き、紗羅の腕を掴んだ。


「悠奈ちゃん」

「落ち着け。交渉を諦めるな。まだ最後の手段に向かうのは早いんじゃないのか?」

「あ……」


 丸く目を見開いた紗羅が、こくんと頷く。それを見た真夜がくすくすと笑った。


「なかなかいいコンビみたいね。さっきからお喋りしてくれないから、単にお嬢ちゃんの言いなりなのかと思ったら」

「悠奈ちゃん」

「大丈夫。そんな挑発には乗らない」


 紗羅の腕を離し、真夜に向きなおる。すると紗羅も俺に並んだ。

 まだ、もう少し。諦めるのは足掻いてからだ。

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