作戦会議
慎弥と澪ちゃんへの状況説明は淡々と進んだ。俺と紗羅が手分けして話した事情を慎弥は神妙な顔で、澪ちゃんは目を輝かせながら聞いた。
そして話が終わった後、俺は胸に浮かんでいた疑問を口にする。
「あの。そういえば、たった一日で悪魔を見つけるのって無理なんじゃ」
「いや、おそらくそこはどうとでもなる」
しかし俺の指摘は慎弥によりあっさりと否定された。
どういうことだ? 当初紗羅と計画した時は「手がかりが殆どないから準備を優先する」って話だったのに。単に慎弥が勘違いしているだけか?
「羽々音さん、僕の認識で問題ないかな?」
「はい。悪魔と出会う方法は既に用意しています」
慎弥の問いに紗羅が頷く。どうやら本当に悪魔を見つける方法があるらしい。
「紗羅、それって?」
「悠奈、その話は後回しにしよう。特に面倒な方法でもないから、あらかじめ相談しておく必要もない」
「……わかった」
そう言われれば無理に話の腰を折る気もない。
代わって話題に上ったのは悪魔と会った後の話だった。
「件の悪魔、真夜と対峙するのは羽々音さんと悠奈、二人ということでいいか?」
「ああ」
「はい」
羽々音家の人間には頼れない以上、必然的にそうなる。いくらオカルトに明るいとはいえ、慎弥や澪ちゃんを連れていくわけにもいかないし。
「では、対応の手順は? 話を有利に進めるための切り札はあるのか?」
これは、俺には答えられない。俺が頼りにできるのはせいぜい胸のペンダントくらいだ。しかもこのペンダントだって慎弥からのもらいものだし。
ちらりと紗羅を見ると、彼女はゆっくりと首を振った。
「いいえ。殆どアドリブで話を進めるつもりです。交渉は失敗してもともと、力づくでいうことを聞かせる前提で」
「……だろうな」
紗羅の答えに慎弥が深く頷いた。そこを俺が制止する。
「ちょっと待った。そんな簡単でいいのか? もっと予測を立てた上で動くって」
「時間がないの。それに、会話するのが私一人なら、打ち合わせはいらないでしょ?」
「確かに、そうだけど」
本当に大丈夫なのだろうか。準備が疎かになればそれだけ成功率は下がるはず。絶対に成功させたい理由ができたからこそ、それが気になる。
そんな俺の不安に反応したのは、意外にも澪ちゃんだった。
「悠奈先輩、ご安心ください。あたしたちがばっちりサポートしますから」
彼女はそう言って、何やら手にしていた荷物をテーブルに広げる。
お札に破魔矢、勾玉、数珠、十字架に呪いの人形っぽいもの……様々なオカルトアイテムが詰め込まれたリュックサック。
「これを持って行ってください。いざとなった時、お役に立つはずです」
「これを、俺が?」
「はい。紗羅先輩と分けて使ってください」
これもペンダントと同じく、そういう相手に効力があるってことか。
どうしようかと思い紗羅に視線を送ると、彼女は「悠奈ちゃんが持ってて」と微笑んだ。
「多分、私とは相性が良くないと思うから」
「でしたら、それがいいかもしれませんね。持っているだけでもお守り代わりになるでしょうし」
「ありがとう、澪ちゃん」
俺は有り難くそれらのアイテムを受け取ることにした。使い方は? と尋ねると、適当に投げてぶつければいいらしい。適当だな、おい。
「こんだけ宗教がごちゃ混ぜだと、神様が喧嘩したりしないのか?」
「ここは日本ですよ?」
八百万の神がいる国で細かい事は言いっこなし。本当にそういう問題なのか、と突っ込みたいが、素人には突っ込み根拠も乏しい。
「じゃあ、本当に殆ど行き当たりばったりなんだな」
「うん。まずは説得してみて、駄目なら交渉。力づくは一応最後の手段にするけど……どうなるかはわからない」
結局戦う羽目になる可能性もかなり高いし、あるいは交渉の際に重い代償を支払うことになるかもしれない、と紗羅は告げた。
「悠奈ちゃん、私に任せてくれる?」
「ああ。ここまで来たら行けるところまでいくしかないだろ、二人で」
「ありがとう。私、頑張るから」
見つめあう俺たち。それを見た澪ちゃんが羨ましげに吐息を漏らした。
「……素敵です。お兄様、やっぱり私たちも現場でお手伝いを」
「駄目だ。人数が増えすぎると逆に不利になる。相手に誘惑の機会や、人質に取れる駒を増やすだけだからな」
「残念です……」
しょぼん、と肩を落とす彼女に、俺と紗羅は笑ってお礼を言った。これだけ助けてもらっただけでも十分すぎる。
それから、後は注意事項等の確認。
真夜との対話は人気のない広い空間――近所の公園で行うことになった。
メンバーは紗羅と俺、二人だけ。会話は紗羅が担当し、俺は基本的に黙って状況の観察に徹する。どうしても必要なとき以外は口を開かない。
悪魔は誘導や揺さぶり、心理的圧力等に長けているため、会話には十分に注意する。紗羅がヒートアップしたり言葉に詰まった時は、俺が声をかけて自制を促す。
説得や交渉が失敗した時は、とにかくありったけの武器を使って弱らせ、倒す。
――できなければ死ぬか、新しい呪いをかけられるか。あるいは目に見えた被害に遭わなかったとしても「現状維持」を選ばれただけで絶望が待っている。
対決は、今夜すぐに行うことにした。一日ゆっくり英気を養う選択肢もあったが、時間をかければそれだけ羽々音家の人間から横やりが入る可能性も高くなる。それならやる気の高まっている今、実行するべきだという結論だ。
「慎弥。失敗したら骨くらい拾ってくれよ」
「縁起でもない事を言うな。……成功報告を待っている」
「紗羅先輩。良かったらまたお話させてくださいね」
「うん。本当にありがとう、澪ちゃん」
慎弥と澪ちゃん。二人に送り出されて黒崎家を後にする。背水の陣にしては締まらない別れだが、きっとこれでいいのだろう。
失敗するつもりで赴くのではないのだから。
二人、夜道を公園に向けてゆっくりと歩く。その間の会話は少なかった。
「紗羅。本当に、武器はいらないのか?」
「大丈夫。……というか、下手に持つと反発しちゃうから。私はむしろ、その武器に攻撃される側に近いもの」
ペンダントが反応したように、サキュバスである紗羅にとって神聖な力は害になる。むしろ何も持っていない方が力を発揮しやすいらしい。
紗羅の魔力は、俺も少しだけ目の当たりにしている。
固い手枷を睨むだけで破壊し、普通の女の子の限界を超えた身体能力を発揮する。いざ戦いになったら、サキュバスである紗羅が主戦力だ。
……全く、締まらないな、俺。
女の子に殆ど全部任せっきり。できるのはただ見守ることと、与えられた武器を振るうことだけ。とても物語の主人公のように格好良くいきそうにはない。
けど、できることを頑張らないと。
「絶対、成功させような」
「もちろん。……悠奈ちゃんと二人で、絶対帰るんだから」
やがて俺たちは公園にたどり着いた。園内に据え付けの時計を見れば、時刻はもうすぐ午前二時。いつの間にか日付が変わっていたらしい。
丑三つ時。悪魔と出会うとはちょうどいいタイミングだ。
「始めるよ」
「ああ」
紗羅が公園の中央付近に立ち、俺は数歩下がってそれを見つめる。
そっと深呼吸をした彼女はゆっくりと口を開き、可憐な唇から力ある言葉を紡いだ。




