監禁
目が覚めると、そこは小さな部屋だった。窓がないところを見ると地下室なのだろうか。四角くて、どこか夢の中で見た正方形の部屋とイメージが被る。もっとも、この部屋に魔法陣は無く、代わりに家具がいくつか置かれていたが。
床には厚手の絨毯。俺は一方の壁際に寄りかかる形でソファに座らされている。左手の壁には本棚があり、右手の隅には何やら蓋つきの容器。
入り口は俺がいる場所の正面にあった。音を漏らされないためなのか、厚くしっかりした扉だった。
服は……パジャマのままだった。首にかけたペンダントもある。ただし、右手首には金属製の枷が嵌められ、背後の壁に取り付けられた金具と鎖で繋がっていた。
……逃げられない、ってことか。
本棚には届くが入り口の扉まではたどり着けない。ある程度両手は自由になるものの、右手の枷が簡単に壊せるとも思えない。凛々子さんが言っていた通り「監禁」された状態だった。
「なんだよ、これ……」
呟き、ため息をつく。
とりあえず、この状況を整理しなければならないだろう。
今、俺は監禁されている。その理由は、おそらく羽々音家の人間たちにとって知られたくない秘密を俺が知ってしまったからだ。
『……悠奈ちゃん、見ないで』
あの時の紗羅、それから凛々子さんの様子からして『あの姿』を俺に見られるのは想定外だったはず。そして見られてしまえば単純な言い訳はもう利かない。だからこんな場所に閉じ込めた。
これからどうなるのかは――わからないが。
「慎弥が言った通り、やばい状況になったっぽいな……」
……そうなってみると、思った以上に辛かった。
困難な状況に陥ったのは、単なる自業自得だと納得できる。しかし、信じた人たちに裏切られるのは別だ。
紗羅のあの姿、そしてあの反応。
「紗羅は、悪魔だったってことだよな……」
そして、紗羅がそうだということはおそらく杏子さんも……世羅ちゃんも? あの時俺を眠らせた凛々子さんもそうなのだろうか。
せめて誰かに疑問を尋ねられればいいんだけど――。
と、俺がもやもやした気持ちを抱えていると、不意に前方の扉から物音がした。
がちっ、と鍵が開けられ、扉が開かれる。
「杏子さん」
「……悠奈さん。気分はいかがですか?」
部屋着姿の杏子さんがゆっくりとこちらに歩いてくる。寝間着でないところを見ると、既に夜は明けているのだろうか。
いつも通りの口調で聞いてくる彼女に、俺は皮肉っぽく答えた。
「いいわけないじゃないですか。これはどういうことですか?」
「御覧の通り、あなたを拘束させていただきました。これ以上、余計なことをされないように」
「余計なことって、紗羅の正体を調べたりってことですか?」
「そうです」
あっさりと頷かれる。既に知られた内容について隠す気はないということか。
じゃあ、まだ知らないことは?
「紗羅は、杏子さんたちは一体何者なんですか?」
「答える必要はありません。言っても、悠奈さんは忘れてしまいますから」
やはり、答えてはもらえなかった。
「忘れるって」
「記憶を消すということです。幸い悠奈さんは暗示の類にかかりやすいようですので、簡単に済むでしょう」
「な……っ」
記憶を消す。つまり、全部忘れさせられてしまうということか。
今、こうして交わしている会話も。
ふう、と杏子さんが息を吐く。
「こんな事になるなら、最初からそうしておけば良かったのかもしれませんね。そうすれば、あなたは『羽々音悠奈』として幸せに暮らせたはずですから」
――俺が『御尾悠人』だったという記憶も消されてしまうのか。
それは嫌だ。そうしたら今度こそ、俺は完全に俺で無くなってしまう。
「っ!」
衝動的に杏子さんに掴みかかろうとするが、鎖の長さがそれを阻んだ。もっとも、もしリーチが足りていても、女の身体では暴力にも限界があっただろうが。
やっぱり、何もできない。
杏子さんがじっと俺を見つめる。憐れむような、蔑むような目で。
「……処置の準備がありますので、失礼します。多少お待たせするかもしれませんが、食事は凛々子に運ばせますので」
言って彼女は部屋を出ていく。その背中を、俺は黙って見送った。
そこからはただ時間ばかりが過ぎていった。
右手の枷をなんとかしようと足掻いてみたが、鎖も枷自体もやはり外せそうにはなかった。むしろ、力任せに負荷をかけたせいで手首の方に痣ができてしまったくらいだ。
本棚に何か有用な物がないか探してみたが、当然のごとく本以外には見つからなかった。本を投げれば武器にはなるかもしれないが、それで状況が変わるわけでもない。
部屋の隅にあった容器は……まあ、いわゆる用を足すためのものだったが使う気にはなれなかった。できることなら必要になることが無いように願う。
部屋には時計がないため、時間の経過もよくわからなかった。
無為に時を過ごすうち、凛々子さんがやってきた。取っ手つきのカップに入ったスープとパンが二つ、それからミルクが乗ったトレイを持っている。
ことん、と目の前に置かれたそれを見つめていると、穏やかに言われた。
「お手伝いした方がいいですかー?」
なんとなく答える気にならず、俺は首を振ると無言で食事をした。凛々子さんは俺が食べ終わるまでそれを見ていてくれた。
なんだかんだ空腹だったらしく、残さず食べきると少しだけ心地がついた気がした。
「ごちそうさまでした」
「……はい。お粗末様でしたー」
殆ど無意識に漏れた言葉に、凛々子さんがにっこり笑う。それから彼女は空の食器が乗ったトレイを持って部屋を出て行った。
……余計なことを何も言わなかったのは、彼女なりの配慮なのだろうか。
それから二度、俺は凛々子さんの運ぶ食事を同じように平らげた。メニューはおにぎりになり、そしてパスタになったが、味はどれも美味しかった。
三度目の食事を終えた時、俺は凛々子さんに尋ねた。
「処置とかいうのは、いつになるんですか?」
「……そうですねー。今夜中には難しいかもしれません。今、ちょっと立て込んでおりまして」
立て込んでいる? 何かあったのだろうか?
凛々子さんのいなくなった後、一人で考えてみたが特に思いつくことはなかった。単に準備とやらに時間がかかっているだけなのだろうか。
そもそも処置とやらが具体的にどんなものなのかも俺にはわからない。杏子さんが暗示という単語を口にしていたこと、俺を眠らせた時の凛々子さんの様子からすると催眠術のようなもののように思えるが。
……悪魔だの呪いだの、オカルトが絡んでる時点でなんでもありか。
ため息をつく。
もう寝てしまおうか。凛々子さんが「今夜」といったところを見ると、さっきのが夕食だったのだろうし。
ごろん、とソファに横になり目を閉じる。
すぐには眠りにつけずぼんやりしていると――唐突に、室内へと耳障りな音が響いた。
金属が壊れるような音。それは部屋の入り口の扉からだった。
「え?」
今まで聞いた開錠の音とはまるで違う響きに、慌てて跳ね起きた。
直後、扉が音を立てて開かれる。そこから姿を現したのは――。
「……紗羅?」
翼や尻尾のない、いつも通りの紗羅だった。
目は泣きはらしたように赤く、外出用の私服の上から防寒着を羽織っている。また、手には俺の服と靴、そしてスマートフォンを抱いている。
俺と目が合うと、紗羅は恥ずかしそうに微笑んだ。
「来ちゃった」
「いや、来ちゃったって……」
何が一体どうなって。というかその服は。何で俺の着替えを。
いくつもの疑問が浮かべている間に、紗羅が視線を移動させる。彼女の睨んだ先が俺の手枷だと認識した刹那、それが音を立てて砕けた。
何十回、何百回振り回し、壁に叩きつけても壊れなかったのに。
自由になった右手を持ち上げた俺に、紗羅が言った」
「悠奈ちゃん。いっしょに逃げよう?」




