ほんとうの姿
「で、今日のお題は?」
「え。えーっと……そうだなあ……うーん」
「紗羅、やっぱり調子悪いんじゃ」
「大丈夫。ちょっと眠いのかも。でも、まだ寝るには早いし」
いつも通り騙しあいの練習をしようと思ったら、紗羅がそんな調子で話が進まなかった。確かに本人が言う通り、体調不良というよりはぼーっとしてる感じではあるが。
なので、今日は少しだけ趣向を変えてみることにした。
「二枚チェンジ」
「じゃあ、私は交換なしで」
「まじか。じゃあ……降りる」
「ふふ、良かった。役なしだったの」
「な……」
二人対戦のポーカー。トランプは紗羅がどこかから調達してきて、チップは財布に入っているコインを使った。ただし、賭けてるわけじゃなくて後で回収する。
これなら多少、集中を欠いていてもできるだろうという考えだ。ついでにゲームなら紗羅に勝てるかもという思惑もあった。
……結果はぼろ負けだったけど。
ぽやっとした表情のせいで紗羅の思考が読みにくいのだ。かといってよく観察しようとじっと見つめると。
「?」
何の気なしに見つめ返され、思わずこちらから視線を逸らしてしまう。
なんというか、俺が紗羅のことを好きな時点で勝ち目なかったんじゃないか、これ……。
「悠奈ちゃんは顔色がわかりやすすぎだよ」
「それは重々承知してます……」
何度か対戦を繰り返し、俺の手持ちコインが殆どなくなったところでお開きになった。トランプを片づけながらの紗羅の言葉に、俺は苦笑を返す。
慎弥にも言われたしな……。根本的に騙しあいに向いていないんだろう。
「このままだと、もし悪魔に会えても交渉は紗羅に任せっきりになりそうだな」
「私は、それでもいいよ。悠奈ちゃんは一緒にいてくれれば、それだけで力になるから」
「? どういう意味だ?」
片づけが終わり、トランプの箱がテーブルに置かれる。
顔を上げた紗羅が俺を見つめた。その瞳は、いつも以上に潤んで見える。
「そのままの意味だよ。悠奈ちゃんが傍にいてくれれば、それだけで私は頑張れると思うから」
「……っ。う、嬉しいけど、変な意味に聞こえそうだな、それ」
一瞬にして真っ赤になった顔をどうしたらいいか迷いつつ答える。いつもながら紗羅は不意打ちで破壊力のある台詞を出してきすぎだ。
しかしそこへ更に追い打ちがかかる。
「変な意味、って?」
「へ……?」
「悠奈ちゃんはどういう意味で想像したの?」
かなり近い距離で目を合わせたままの囁き声。
……こんな事されて、勘違いしない男がいるだろうか。いや、いるわけがない。
まあ、今の俺は女だけど。たぶん、紗羅は「クラスメートの御尾くん」じゃなくて「悠奈ちゃん」としての俺に親近感を抱いているんだろう。これまで見ていた感じ、同性には割と過保護っぽいし。
――でなければ、これが俺を騙すための演技か。
「……っ」
「悠奈ちゃん?」
「あ、いや」
……やっぱり嫌だな。紗羅を疑うのは。
使ってしまおうか、あのペンダントを。
『下手に突けば、出てくるのは蛇では済まないかもしれない』
慎弥の言葉が頭をよぎる。
賢いやり方を考えるならその通り、このままやり過ごすのがいいのだろうが。
これ以上、もやもやしたままでいたくない。
「なら、紗羅。ちょっと手を貸してくれないか?」
「え? 手を?」
紗羅は突然の頼みに首を傾げる。しかし、その後すぐ素直に手を差し出してくれた。
「変な事しないよね?」と言う彼女に頷いて見せつつ、俺は彼女の手を握る。
その柔らかさに驚きつつ、そっと自分の胸へと導いていく。
「え、あの。悠奈ちゃん」
「大丈夫だから。紗羅、じっとしててくれ」
すぐに済む。これで何の反応もなければ、ある程度は安心できる。
『悪魔とかそっち系の相手になら多少は効果があるかもしれん』
少なくとも紗羅が悪魔でないことは証明できるのだから。
信じてつかってみろ、という言葉に従い、ペンダントのご利益があるようにと願いながら、パジャマ越しに胸のペンダントに紗羅の手を触れさせる。
「何かアクセサリー付けてるの?」
固い感触を察した紗羅が小さく呟く。
……何も、起こらないか。
やっぱり俺の思い過ごしだった。これで安心できると胸を撫で下ろす。
反応は、その刹那だった。
胸のペンダントが突然熱を帯び、かすかに発光を始める。
嘘だろ……?
「え、何、これ――?」
紗羅もまた予想外の事態のようで、呆然と声を上げる。咄嗟に思い至らないのか、あるいは俺の手が支えていたせいか、彼女の手はペンダントから離れない。
そのうちに熱と光は強くなり、ある一点で突如、視界がフラッシュした。
「や、やだ、どうして……!?」
同時に紗羅の悲鳴が聞こえたかと思うと、光が収まり。
ぴし、と軽い音が聞こえた。
そして目の前には。
「……悠奈ちゃん、見ないで」
妖艶にその姿を変えた紗羅が、胸を抱くようにしてこっちを見ていた。
背には大きな蝙蝠の翼、お尻の辺りからは先端の尖った尻尾が生え、額からは小さい真珠色の角が覗いている。そしてパジャマは何処かに消え去り、代わりに漆黒の、水着のような衣装が最低限の部分だけを覆っている。
頬の紅潮は更に強まり、また瞳も潤んだまま。はあ、とかすかに漏れる吐息はそれだけで俺の中の『男』に強く訴えかけてくる。
――髪や瞳の色は変わっていないため、話に聞いた真夜の姿とは少し違うが。
年頃の少女にはあまりに煽情的すぎるその姿は、まさに「悪魔」と呼ぶに相応しいものだった。
……そんな。
俺は眼前に広がる光景が信じられず、呆然とため息を漏らす。
本当にペンダントの効果があった。
本当に、紗羅が悪魔だった!
嘘だ。
誰でもいいから、嘘だと言ってくれ。
「見ないで! 見ないでよぉ……っ!」
そこへ、紗羅の大声が再び響く。
羞恥、悲哀、憤懣――様々な感情を込めた視線が俺を刺す。
しかし、俺はどうしても目を逸らせなかった。
まだ、この状況を理解しきれていないから。目を逸らしてしまえば二度と、チャンスは巡ってこないような気がして。
「紗羅、お前は一体何者なんだ……?」
「……っ」
殆ど無意識に漏れた呟きを聞いた紗羅が息を飲む。
まるで泣きそうな表情になりながら彼女は俯き、黙ってしまう。
それはどういう意味なのか。
黙っているだけじゃわからないよ、紗羅。
紗羅の唇が、身体が震える。
「それは……」
「お嬢様!」
ようやく答えが聞けるかと思った直後、思わぬ邪魔が入った。部屋のドアが勢いよく開かれ、息を切らせた凛々子さんが飛び込んできたのだ。
室内に視線を巡らせた彼女は一瞬で状況を察したようだった。
「悠奈さん、あなたを拘束させていただきます」
一方的に、いつもと違う声音で宣言するとこちらへゆっくりと歩み寄ってくる。その姿に、俺は言いようのない不安を覚えた。
「待ってください。まだ何もわかって――」
「知る必要はありません。知れば無用の混乱を生むだけです」
抗議の声もきっぱりと遮断されてしまう。
そんな中、紗羅は凛々子さんの乱入により緊張が切れたのか、ぺたんと床に座り込んでしまう。凛々子さんは彼女の横を通り過ぎざま、そっと微笑みかける。
「お嬢様、お辛いでしょうがしばらく我慢してくださいね」
「凛々子、さん……」
「さて。それでは悠奈さん『しばらく眠ってください』」
俺の方を振り返った凛々子さんがそう言うと、がくんと頭が落ちた。
猛烈な睡魔が唐突に襲ってきて、体勢を維持できなくなる。そのまま前のめりに倒れそうになったところを凛々子さんに支えられ、ベッドに横たえられた。
駄目なのに。
何もできないまま、俺の意識は闇の中へと落ちていった。




