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聖女の妹、『灰色女』の私  作者: ルーシャオ


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27/27

おまけ:第二王子はざまぁしたかったようです

 第二王子レオナルドは、王城騎士団長であるとともに、ある特権を持っている。


 それに関しては両親である国王と王妃、実兄である第一王子、一部の大臣しか把握していないものの、レオナルドの発言力と国王の贔屓を見ていれば誰でも「何かしらの特別な権力を持っている」と分かる類のものだ。


 そして、そういうものに限って不文律であり、口にすることははばかられるため、誰も詳しく説明はしないものである。


 なので、レオナルド自身は実際のところそれについて、たまに無礼者が引っかかる罠、くらいに思っていた。





 王城の人々は、日も昇らぬうちから動きはじめる。


 それはレオナルドも同じで、王城騎士団長としての書類仕事から国王や第一王子からの相談事の処理、自主的に行っている王城内警備の強化確認など多忙を極める。


 昨今では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も抱えており、そちらの円滑な対応や適切な人材配置、それに伴うトラブル解決も頭を悩ませるところだ。


 何せ、レオナルドの右腕たる王城騎士団副団長アイメルは、そういった事務仕事や腹芸が不得意だ。


 実質的にアイメルが王城騎士団を現場で率いる立場なので、それ自体は問題ないのだが、その分レオナルドは裏であれこれ支えなければならない。秘書官が何人いても足りることはなく、信頼できる有能な、という枕詞がつく秘書官はいつでも片手の指で数えられるほどしかいないものだ。


 今日もまた、特大のトラブルがレオナルドの元にやってくる——ことになっている。


 ため息を吐きながら、レオナルドは指定された場所へ向かう。


 王城の奥、王族が暮らす区画でもっとも華やかな庭園に囲まれたテラスだ。大聖堂を思わせる装飾柱の数々、清浄さを示す白百合が咲き誇る花壇、たかがソファとテーブルに贅を尽くした快適な空間。


 はっきり言って、レオナルドは無駄だと思う。だが、無駄こそ王族が担わねばならない。


 たとえ、そこの主が未だ王族ではなく、聖女とかいう胡散臭い肩書きで悦に浸る小娘だったとしても、だ。


 朝日を浴びて輝かんばかりの豊かな金髪の、白い古代風ドレープドレスを身に纏った、十六にしては大人びた令嬢が、ゆったりとソファに座ったまま訪れたレオナルドを呼んだ。


「こちらですわ。ようこそ、殿下」


 そう言って微笑んでいるのは、聖女アリシアだ。


 オールヴァン公爵家出身の、『癒しの魔法』と膨大な魔力量から大聖堂の主教たちに選ばれた『聖女』。終身職であり、日夜王国と民の安寧を祈り、病や怪我を癒す責務を負った高貴な女性。


 そのはずだ。


 レオナルドは舌打ちを我慢して、大股で聖女アリシアの前にやってくる。


「ごきげんよう。して、何用か」

「あら、どうぞそちらにおかけになって。立ち話も何ですもの」


 今度こそ、レオナルドは舌打ちした。


 おままごとに付き合っている暇はない、と言わんばかりに豪奢な生地と金枠のソファにどかりと座り込み、巨体を受け止めたソファが今にも死にそうな悲鳴を上げる。しかし、レオナルドは無視した。


 眉をひそめる聖女アリシアへ、レオナルドは先手を打つ。


()()()におかれましては、日々の執務がお忙しいでしょう。私のような粗暴な騎士に貴重な時間を割かせてしまっては、王国ならびに民へ申し訳が立たぬゆえ」

「そのようなこと、殿下はお気になさらずとも。それよりも、第一王子殿下……パトリス様から、折りを見て休養を取るよう勧められておりますの。先日は王城騎士団にお付き合いいただきましたけれど」

「ああ、姉君にお会いしたとか。ついでに、我が右腕にこうおっしゃったそうで——追って沙汰を下す、と」


 レオナルドの垂れ目は、さほど苛烈さを感じさせない。だが、軽く睨んだだけで、聖女アリシアは居住まいを正し、威圧されたように感じたようだ。


「それは、あの方がひどいことをおっしゃるのだもの。私だって、もっと聖女としての役目を十分に果たしたいと思っているのに、まるでそうしていないかのように……私は傍目からはそう見えているのでしょうか?」

「ええ、そうでしょうね」


 バッサリである。


 レオナルドの取り付く島もない反応に、涙を見せようとした聖女アリシアは目を剥いていた。出すはずの涙も引っ込んだようだ。


 レオナルドとしては、十歳近く年下の小娘相手に大人げない真似をしたいわけではない。


 ただ、大人を舐め腐ったガキが嫌いなだけだ。


 聖女アリシアはようやく闘争心か反抗心に火が点いたらしく、語勢を強める。


「そのような言い方はいかがかしら。私が聖女としてどれほど現状に心を痛めているか、パトリス様だって認めてくださっておりますわ。それに国王陛下も、今は魔法の回復に専念せよと気にかけてくださっていて」

「なるほど。『癒しの魔法』が消えた聖女でも、使い道はあるとおっしゃったか」

「なっ……!?」

「父上も兄上も人が悪い。どこまでもあなたを利用するつもりのようだ」

「何ですって!?」

「現実をしかとご覧になればいかがか、聖女様。魔法ありきのこの国で、我々は魔法が使えぬ人間のことを、何と罵倒してきたかご存知か?」


 聖女アリシアは反論しようとして、やっと気付いたらしく慌てて口を閉ざした。


 聖女アリシアの姉こそ、生まれつき魔法の使えない『灰色女(グレイッシュ)』だ。オールヴァン公爵家において恥とされ、聖女アリシアと違って外にも滅多に出してもらえなかった名ばかりの公爵家令嬢。


 要するに、今のお前は()()と同じなのだぞ、という遠回しな皮肉だ。


 もし聖女アリシアが気付かず、「それとこれとは関係ないじゃない」とでも反論してきたなら、レオナルドはこう答えただろう。


「あなたの姉は立派に我が右腕の妻として働いておられる。魔法が使えずとも、その役目を十分に果たしているのだ。そんな立派な淑女たる姉を誇るかと思いきや……」


 その機会がなかったことは残念だが、存外、聖女アリシアは自制心を少しは持っていたようだ。


 それとも、すでに姉を笑い者にしようとして反撃を喰らって逃げてきた経験が活きているのか。


 何にせよ、レオナルドは年長者として慈悲の心を見せた。


「聖女としての役目とおっしゃるが、兄上の提案を憶えておいでか? 王国各地の聖堂を巡って、主の苦難に思いを馳せ、民の信仰に応える巡礼の旅に出てはどうか、という」

「私に王都を離れろと? まだパトリス様との結婚だって済んでいないわ。歴代の聖女たちだって王子との結婚の儀を済ませてから巡礼に出たはずです。前例に倣えばそのようにすべきですわ」

「兄上の意図するところは、魔法など使えずとも聖女の健在を万人に知らしめてくるべきだ、ということと思われるが」

「魔法など、ですって!? 『癒しの魔法』を使うべき聖女が、魔法を軽視などできません!」

「軽視ではなく、あなた自身の資質を示すことが重要では?」


 ああ言えばこう言い返される、聖女アリシアは怒りのあまり頬が真っ赤だ。


 その怒りが、判断を誤らせた。


 不意に、聖女アリシアは勝ち誇った表情を浮かべ、レオナルドを見下した嫌味を口にしたのだ。


「ああ、そうでしたね。レオナルド様、あなたは魔法が使えないのでした。失念しておりましたわ。あなたに魔法の重要性が分かるとは思えませんもの」


 聖女アリシアは、とことん魔法を使えない人間を見下し、差別している。本人は至って平然と、魔法も使えない無能が見下されて当然と思っているに違いない。


 差別する者は、己の差別意識に無頓着だ。


 一方で、差別される者は、それが差別だと怒り、悲しむだけでは終わらず、どうすればいいのかを考える。


 レオナルドは、心の中で聖女アリシアの幼稚さを笑った。


(安い煽り文句で。目の前にいる男が、王城騎士団の騎士だと知っているだろうに)


 それ以前に、レオナルドは王族では珍しい『灰色女(グレイッシュ)』の男性だ。


 魔法を使えない灰色髪の女性ばかり蔑まれることから 『灰色女(グレイッシュ)』と蔑称がついたものの、男性にもまれに現れる。短髪や丸刈りにすれば髪の色はさほど気にならない上、男性の場合多くの社会的義務があり、魔法だけが取り柄とはならないために目立ちにくいだけだった。


 とはいえ、魔法至上主義の国で生まれた 『灰色女(グレイッシュ)』の王子は、さすがに表沙汰にはできない。


 そのため、レオナルドに王位継承権はない。公表されていないため表向きは王位継承権者として振る舞っているものの、すでに国王夫妻との密約がある。


 レオナルドは第一王子パトリスの王位継承を支え、万一パトリスが継げなくなった際には復帰して王位に就く。それと引き換えに、国王の信任厚い複数の重臣を通じて第二王子の分を超えて国政に携わる特権を得た。


 それらは複雑で緻密な密約内容によるもので、決してレオナルド自身は兄に取って代わろうという野心はない。兄弟仲もよく、互いに価値観のズレもない、であればレオナルドが王になる必要など一切ないのだ。


 ただ一つ、『灰色女(グレイッシュ)』に対する同情を通り越した奉仕精神を持つことだけが、兄パトリスとレオナルドの違いだった。


 だからこそ、レオナルドは『シェプハー文書』の策定と手に入れた機密情報の最大活用を望み、政治的に動くことを決断したばかりだった。


 黒く染めた髪を掻き上げ、レオナルドはわざと低い声で目の前の聖女をたしなめる。


「王城騎士団の騎士は、むしろ魔法を使ってはならぬのです。使えるのは、一部の特殊技能を求められる騎士のみ」


 魔法は突き詰めれば貴族のものであり、魔法に頼ることはすなわち国を貴族に明け渡すも同義だ。


 過去の国王たちには、貴族に頼らねば国を維持できない事情があった。


 しかし、今となってはもう過去の話だ。


 この国は変わるべきときに来ている。


 レオナルドには、その嚆矢(こうし)となる覚悟があった。


「対して、あなたはどうか。魔法も使えず、聖女の役目も果たさず、結婚さえも婉曲に拒否されている現状、一体全体何の役に立っていると主張されるのだ?」


 あからさまに怠慢の指摘を受けては、聖女アリシアもショックなのか、それとも恥辱に打ち震えているのか、声を震わせていた。


「け、結婚は、パトリス様が私のことを、か、考えて」


 レオナルドはトドメとばかりに、衝撃の事実を明かす。


「ちなみに、兄上は公妾(愛人)をすでに二人お持ちだが」


 聖女アリシアは、ぽかん、と口を開けて、しばらく黙っていた。


 第一王子パトリスは聖女と結婚することが義務だ。ならば、正妃は聖女としても、側妃や公妾は持てる。


 というよりも、そうしなければ国王直系の血脈が途絶えかねない。


(兄上はモテるからなぁ。あの色男(ロメオ)がこんな小娘に満足できるわけがない……義姉上たちも大概美しいが悪女すぎるし、聖女アリシアにまだ近づかないよう気を遣っておられたんだな)


 それは衝撃というよりも公然の秘密だが、つい先日まで尊い公爵家のご令嬢だった聖女アリシアがそんな事情を知っているわけがない。


 聖女アリシアは我に返った途端、大声を張り上げる。


「はああ!? 何ですのそれはぁ!?」

「なぜそんなことも知らぬのか……もうあなたをお飾りの正妃に据えておく価値さえないとお思いなのに」


 はあ、とため息を吐こうとしたレオナルドだったが、その瞬間、聖女アリシアの振りかぶった右手が襲ってくるとは想定外だった。


 直撃はギリギリ避けたものの、凄まじい金切り声とともに顔面を引っ掻かれたレオナルドは、声を聞きつけて駆けつけた使用人たちに後を任せ、さっさと逃げ帰った。


 後始末は自分の管轄ではない、そう思いつつも、兄に何をせびろうか考えつつ。






 目ざとい副団長アイメル・シェプハーは、出勤してきた王城騎士団長レオナルドの左頬に複数の引っかき傷があるのを見過ごせなかった。


 言いたいことを言ってしまう性分から、ついそれを尋ねてしまう。


「……あの、殿下、なぜ顔に引っかき傷が?」

「ん? じゃじゃ馬の機嫌を取り損ねただけだ、気にするな」

「はあ。そういえば、カレン様はお元気ですか?」

「凄まじく元気だ。隙を見て剣で襲いかかってくるくらいにな」

「ははは、将来有望な王女殿下ですね」

「次の王城騎士団長になるのだと言っているが、ううむ、あいつは俺がそう簡単に引退すると思っているのか?」


 いつもどおり、和気藹々(わきあいあい)とした上司と部下のやりとりだ。


 レオナルドは何かと女運が悪い。それは周知の事実で、四歳になる実の娘にも手を焼かされている有様だ。


 そして、レオナルドの娘であるカレン王女もまた『灰色女(グレイッシュ)』であることは、王族とごく一部の関係者以外には極秘とされている。


 実際のところ、『灰色女(グレイッシュ)』の発生条件は定かではない。


 マナが関係していることは確かではあるものの、遺伝の可能性も依然無視できず、『灰色女(グレイッシュ)』の子は通常よりも 『灰色女(グレイッシュ)』になる確率が若干高い、と言われているだけだ。


 それゆえに、親としてもレオナルドは 『灰色女(グレイッシュ)』への偏見と差別をなくさなければならないとの使命感を持ち合わせている——が、それもまた彼だけの秘密だ。


 どのみち、彼一代だけの仕事ではない。


 アイメルとともに王城騎士団の訓練場へ向かう最中、第二王子殿下、と呼ぶ声がして、レオナルドは振り返る。


 息を切らしてやってきたのは、最古参の大臣だ。白髪痩身の老人ながら今も悍馬(かんば)のごとくよく働くため、国王の信頼も厚い。


「こちらにおられたか、殿下。探しましたぞ」

「何だ?」


 息を整え、大臣は声をひそめて報告する。


「例の、魔法道具を王城備品から排除する案ですが、国王陛下の裁可いただきましたゆえ、段階的に進めてまいります」

「ああ、頼むぞ。魔法のない他国を参考にしていい、それから貴族も排除してくれ」

「無茶をおっしゃいますな。我が国の大臣官僚にどれだけ貴族がいるか」

「だからだ。やつらがいては、いつまでも魔法が王城から姿を消さぬ。既得権益は腐敗の温床だ、一度しっかりと掃除をせねばな。そのあたり、兄上が大いに賛同してくださったではないか」

「はあ……しかし、本当にこの国から魔法がなくなるのですか? この老体にはとても信じられませんぞ」


 大臣のいぶかしむ様子は、生まれてから何十年と魔法至上主義の国に暮らし、その中心たる王侯貴族の巣窟で生き抜いてきた者の感情としてはごく自然なものだ。


 そんな大臣さえも、この国が魔法を失う未来へ連れていかなければならない。


 レオナルドは尊大な口調で、鼻高々にこう言った。


「その未来の可能性がある以上、希望を持って備えねばならぬ。それだけの話だ」


 まるで明るい未来が見えているかのように、レオナルドの顔は晴れやかで、嬉しさを隠しきれていない。





 こののちレオナルドは兄王の摂政となるが、多忙の中でも王城騎士団副団長とその夫人を頻繁に(おとな)い、家族ぐるみの交流を続けていく。


 そうして『シェプハー文書』はますます充実していき、魔法は少しずつ王都から姿を消すことになるが、レオナルドの後継者たちもその方針を貫きつつ変革を続けていく。





 それが、かつて存在した名もない一人の 『灰色女(グレイッシュ)』の復讐の結果と、望む未来である。

ざまぁ成分を足しました。2025/11/20

楽しんでもらえれば嬉しいです。


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