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聖女の妹、『灰色女』の私  作者: ルーシャオ


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第二十一話

 初めての王城への出入りは、緊張しすぎていて道中のことをほとんど憶えていない。


 案内役の礼服姿の男性に、私とアイメル様が通されたのは会議室だった。王城に無数にある会議室のうちの一つ、それくらいしか分からない。


 カーテンは閉ざされ、明かりは手元のランプだけだ。先に座って待っていた第二王子殿下の前にあるテーブル上にも一つだけランプがある。


 そこには、私が送った手紙もあった。


 おそらく二十代半ばくらいの現国王第二王子たるレオナルド様は、アイメル様には劣るものの立派な体躯に王族らしい肩章(エポレット)や複数の徽章付きの詰襟服を着ており、暗色の髪色は黒か濃茶色だろう。


 少し垂れ目がちで騎士というより策謀家風の顔ながら、その声色は紛れもなく高貴かつ尊大な王子そのものだった。


「よく来た。我が右腕アイメル、それにシェプハー夫人。遠慮はいらぬ、すみやかに本題に入れ」


 ろくな挨拶もなく、第二王子殿下は話を進めろとおっしゃる。


 ならば遠慮なく、私は手に持っていた封筒を見せた。


「こちらを。先にお渡しした手紙の内容について、詳細な説明等を記しております」

「うむ。読ませてもらおう」


 私はアイメル様を一瞥したのち、第二王子殿下の御前へと進み出て、持ってきた封筒をテーブルへと慎重に置いた。一歩下がり、対応を見守る。


 目上の人物に、それも王族に手渡しはありえない。本来なら侍従などを介して渡るべきであり、直接手に取らせることは不敬だ。


 だが、そういうことはさておいて、第二王子殿下は躊躇(ためら)いなく封筒を開き、中の書類に凄まじい速さで目を通していた。


 その最中も、第二王子殿下はアイメル様へ語りかける。


「今回の上奏については、陛下とも秘密裏に話し合った」

「陛下に……!? それほどのことだったのですか」

「ああ。そもそも上奏とは国王陛下に対して臣下が行うもの。形式を重視すれば、陛下を無視はできんよ」

「それはそうですが」

「どうやら、お前の妻はこの短期間に数奇な運命を辿ってきたようだな」


 とっくに読み終えた、とばかりに第二王子殿下は封筒と書類をテーブルに戻す。


 そして、私とアイメル様へ向けて、こう宣言した。


「結論から言おう。これらの内容は『シェプハー文書』と名付け、厳重に封印の上、我が名において永久に保管することを義務付ける。これより我が子孫は王国の危機に備えるため、『シェプハー文書』の守護と要約の伝承を行い続けることをここに誓おう」


 そこまで言い終えてから、第二王子殿下はアイメル様の驚きを隠せない様子を窺って、くくっと悪戯っぽく笑う。


「夫人よ、あなたの夫にはまだ話しておらんようだな?」

「はい。私だけでは、どこまでお伝えすべきか分かりませんでした」

「いい判断だ。あなたがそこまでの責任を負う必要はない」


 王族とはいえ、これほど素早く状況を理解し、判断を下せる人物はそういない。


 果たして第二王子殿下は、私の思惑を正しく読み取ってくださったのか。


 私より年上とはいえ、若いながらも第二王子殿下はキレのいい物言いをする。


「では聞け、我が右腕よ」

「はっ!」

「この王都において『灰色女(グレイッシュ)』と呼ばれる魔力を扱えない女性を生んだ原因を、お前の妻は突き止め、今後発生することのないよう対策を行なった」


 いきなりの要約した結論である。


 第二王子殿下が私の主張を鵜呑みにしていないか、と心配していたが、それは杞憂だった。


「詳しい技術的な説明は省くぞ。ともかく、それだけの対魔法技術だ。この国の貴族どもは血眼になってお前の妻を探し出し、情報を吐かせて殺そうとするに違いない」

「……!」

「だが、お前の妻はこれらの情報を惜しみなく王家へ開示し、王国の将来を憂いて決死の上奏を行なった。その勇気は賞賛に値する。また、その動機について……」


 ごくり、と生唾を呑む音が鼓膜に響く。


 一拍置いて、第二王子殿下ははっきりと、自らの立場ごと私の立ち位置と目的を示した。


「この国は長らく魔法に頼りすぎた。『灰色女(グレイッシュ)』である夫人も苦労したことだろう。魔法の大家である公爵家の令嬢として生まれ、聖女を妹に持ちながら、己は蔑まれ続けた。要するに、それらすべてへの復讐を企図した結果が、致命的ともいえる対魔法技術の誕生と実行へ繋がり、我々王城騎士団にとってこれ以上ない奇貨(チャンス)風潮(クライメイト)となったのだ」


 冷静な言葉遣いながらも、その言葉の裏には激動の運命を予期させる。


 少しばかり私は疑問が湧いたが、それよりもアイメル様のつぶやきが耳に入った。


「復讐、ですか……」

「気に入らんか?」

「いえ! そういうわけでは」

「清廉潔白、誠実な騎士からすれば、復讐など何も生まんとでも言いたくなるのだろうがな」

「そのようなことは断じて思いません!」

「嘘を吐くな。夫人を思うならば、正直に話せ」


 そのやりとりを横で聞いているだけで、私は鼓動が早まる思いだった。


 復讐、という言葉を聞いて、普通はあまりいい印象を受けない。アイメル様もそれは同じだろうし、そんな気持ちを抱いていたのかと裏切られたと思われてしまうかもしれず、私はそれが一番恐ろしかった。


(アイメル様だって、今まで苦労をしなかったわけではない。復讐したいと思うほどのことがなかったとしても、やり返すことが絶対的に正しいと思うような暴力的な思考の方ではないもの。私の気持ちは、理解してくださらないかも——)


 私は、今までさほど恐怖らしい恐怖を感じてこなかった。公爵家令嬢として守られていたから、『灰色女(グレイッシュ)』として見限られていたから、誰からも脅かされることがなかった。


 なのに、今更アイメル様を失うかもしれないと思って怖がっているのは、おかしいはずだ。


 おかしいのに、私は手の震えが止まらない。


 アイメル様は何を思っているのか、知りたくてたまらず、その言葉にひたすら耳を傾ける。


「殿下、我がシェプハー家にも『灰色女(グレイッシュ)』と呼ばれる女性は過去何人もおりました。皆、髪を黒く染めて『灰色女(グレイッシュ)』であることを生涯隠し続けた苦い過去があります。その苦労を知っているだけに、我が妻の成したことの重さを理解しているつもりです」


 ああ、やっぱり私の復讐をよくは思ってらっしゃらない。


 アイメル様には失望されただろうか。私は暗澹(あんたん)たる気持ちでうつむく。


 すると、第二王子殿下からお声をかけられた。


「シェプハー夫人、こちらへ来い」

「は、はい」

「この髪を近くで見てみろ」


 言われるままに私は一歩を踏み出し、「失礼いたします」と断ってから第二王子殿下の短く切った髪を見る。


 暗色の髪だ。暗がりでは色が分かりづらく、それでも——。


 目を凝らした瞬間、私は気付いてしまった。


「あっ……!」


 見覚えのある、独特の質感。私が見間違えるはずがない。


 その灰色はいくら染めても完璧には隠しきれない。『灰色女(グレイッシュ)』の髪色は染めていてもまるで紙のような質感が目に映ってしまう。


 まさか、第二王子殿下までそうだとは、一体誰が知るというのか。


 機密に触れてしまった私へ、第二王子殿下は愛想良くウインクした。


「これこそ、あなたの訴えを真剣に聞いた真の理由だ」


 第二王子殿下はそれ以上は語らなかったが、私には十分すぎた。


 思わぬ同類との遭遇は、墓まで持って行く秘密となった。


 下がる私へ、第二王子殿下は褒賞のような言葉をかけてくださった。


「あなたは誇るべきだ。多くの『灰色女(グレイッシュ)』の悲しみを断ち切ったのだからな。同じ悲しみを繰り返すまいと、そう思ったからこそ闇に(ほうむ)ることなく我々二人に打ち明けた。ただの復讐であればそのようにする価値はあるまいよ」


 一人蚊帳の外だったアイメル様は、第二王子殿下からそう言われてようやく得心がいったらしい。


「そう、ですね。そうですね! おっしゃるとおりです!」

「現金なやつめ。お前はしっかりと妻と話し合え。そうすれば、どれほどよい妻を(めと)ったか身に染みて分かるだろうよ」

「はい、尽力します!」


 第二王子殿下は、ふわあ、と大きなあくびをして、ついでに座ったまま伸びをした。


「さて、明日から忙しくなるぞ。早く家に帰って、明日からの出仕の支度をするがよい。俺は一旦寝る」


 要するに、今日はもう帰っていい、出勤しなくていい、とアイメル様へ命じてから、第二王子殿下は立ち上がる。


 傍を通る第二王子殿下へ、私は深く頭を下げ、礼を言った。


「ありがとうございます、殿下」

「うむ。ここでのことは、決して口外せん。互いのためにな」


 ——まさか、言えるはずがない。


 復讐のことも、第二王子殿下のことも、『灰色女(グレイッシュ)』のことも、あとは時が解決してくれる。


 こうして、私の復讐の計画は、すべてを終えた。


 第二王子殿下からしてみれば、今回のことは窮鳥が懐に転がり込んできたようなものだろう。今後、国内貴族に対して優位に立てる重大な情報を得て、上手くやっていかれるはずだ。


 それでいい。


 ちなみに、帰り際に第二王子殿下は、こんな独り言をつぶやいていた。


「そういえば、聖女アリシアは第一王子である兄上との結婚を予定していたが、無期延期となったらしい。なぜだろうな、はっはっは!」


 それはまた、別のお話だ。

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