下総相馬を攻めてはいけない
「ほれ見よ。妾が言った通りだったじゃろ。」
と布団で寝込んでいる俺の横で五月姫がこどもをあやしながら話している。
「だからお主は出なくて正解だったのじゃ。」
そう。下総相馬の守谷城攻撃を多賀谷重経殿に命じられた俺たちだったのだが、五月姫が俺に
「どうしても出るな。妾が出る。」
と言い張り、なんとしても折れなかったので俺は手子生城で待っていることになったのだ。
出陣して数日目。庭を掃いていた俺に、縁側から長男の重胤(佐竹義重様から偏諱を頂いた。)が声をかけてくる。
「…父上、なんか透けております。」
「透けているってなにが?お主も女人の服が透けていたほうが良いとか思う年頃になったのか。」
「父上、冗談ではありません。父上が透けております。」
「へ?」
と俺は自分の手を見ると…たしかに透けている。手を通して庭石が見える。
「これは?」
と、ワタワタするうちに俺の体はどんどん透けていき、衣装がぼとぼとと庭に落ちていく。
「いやーん。」
「いやーんではありません。父上。」
「…重胤、お主も透けているぞ。」
「ええ?」
その騒ぎを聞いて正室のさくらさんが駆けつけてきた。
「ご両人、何を騒いで…なに真っ裸でいるのですか!…透けている?」
「母上―。みやも透けております。」
とさくらさんについてきた次女も透けている。
「…私は大丈夫なようで…なんと面妖な。とにかく部屋に入るのです!」
と透けている一同は部屋に集められ、『面会謝絶』と張り紙を出されて布団で寝込むことになった。
と言っても下着とか薄がけなら体に乗るが、重い布団をかぶろうとするとすり抜ける。
「これはなにかの呪いか?」
「江戸崎の天海様に人をやるのです!」
とさくらさんが慌ただしく指示を出していると…半日ほどして俺と俺の家族が透けるのは治った。と言っても妙に体力を消耗したので一同寝込んでいた。
それから2日ほどして、五月姫が兵を率いて帰ってきた。その凛々しい武者振り、もう五月姫だけでいいんじゃないかな。
「翔太郎!無事じゃったか。」
「…というと姫、なにか知っているので。」
「うむ。あれは1昨日のこと、我らが多賀谷勢とともに守谷城を攻め立てていたのじゃ。我らの攻勢の前に大手門を破り、ついに突入。その際多賀谷重経は『根切りじゃ!根切りにするぞ!』と銘を発した途端…妾がそなたに感じている『つながり』がフッと薄くなっていくのを感じたのじゃ。」
「『つながり』ですか。」
「まぁ赤い糸のようなものじゃな。」
と言って五月姫は笑う。
「してな、二の丸の門を破るとそのつながりがザクッとという感じで薄れていくを感じた。妾は『いかん。これは翔太郎になにか起きたのに違いない。』と思い、神通力でガシャドクロを手子生城の庭に出したのじゃ。」
と言われて外を見ると、たしかに庭の大木の陰に、骨格標本のような感じで立っている髑髏があった。
「そしたらお主と子らが薄れてきているではないか…つまり守谷城が根切りになるとお主は祖先を失って消滅するのじゃ。」
…そうだったのか。誰かはわからないけどとにかく守谷城中の誰かが俺の先祖で、それが全滅してしまうと俺も消えてしまうのか。
「そこで妾は軍を止めて、多賀谷重経に言ったのじゃ『ここは和議じゃ。』重経は当然ながら『何をいう。我らの勝利は目前ではないか。』そりゃ当然じゃ。しかし妾にはちょうどよいものが見えていた。『北条氏照の援軍がそばまで来ておる。ここで城を落としてもかえって包囲されるのは我らのほうじゃ。今なら優位な条件で和睦できようぞ。』4里ほどのところに氏照率いる5000の援軍が本当に来ていたのじゃ。『ならばやってみよ。』と重経が折れてくれたので妾は守谷城の相馬と北条相手に守谷の北方10か村の割譲で和議を結び、領地を重経に渡すことで手打ちにして兵を引くのに成功したのじゃ。和議が整うとともに翔太郎たちも戻って安心したぞよ。」
…助かった。しかしこれで分かったことがある。オレたちの誰かがうっかり先祖を殺してしまうと、俺達は消えてしまう、ということだ。やはりここは天下を取る、とか言わないで慎重に過ごしてきて正解だった、と思うことにしよう。




