栗林義長あらわる。もしくは太田官兵衛さんと長篠の戦い。
天正5年。相変わらず多賀谷重経殿と俺たちは栗林義長から逃げ回っては、彼が不在の城を荒らして回っていた。
そんなある日、もう爺ちゃんになっている飛加藤さんが報告をしてきた。
「旦那、栗林義長がこの手子生城に向かってますぜ。」
「ここは谷田部などの前線よりは奥まっているけど、いきなりここに軍勢を?」
「いや、それがどうも単身でして。しかし奴め実に素晴らしい忍びですな。動きを捕まえるのにえらい苦労をしました。」
と迎え撃つ準備をしているうちに城に矢文が打ち込まれた。いきなり俺を狙撃とかじゃなくて良かった。
「…ふむふむ。義長はこの城の近くの廃寺にいるから俺に来い、と言っている。」
「旦那それは罠では?」
「一人で来い、とは言われてないから忍者軍団の太田官兵衛さんたちにも付いてもらうよ。」
「この飛加藤も連れて行ってくだせぇ。あと剣豪の斎藤伝鬼房さんも一緒のほうがいいでしょうな。」
と結局俺+近習に5騎ほどの騎馬武者と従者各2−3人+伝鬼房さん+伝鬼房さんの弟子10人ほど+忍者軍団10人と結構な大所帯かつフル装備で廃寺に出かけることになってしまった。これ見たら『敵対するつもりはない』とか言っても駄目だろうな、と思いつつも五月姫も
「ちゃんと備えはしていくのじゃ。」
とぞろぞろついていくのを後押ししていたのだった。俺は念の為F○○−9(3Dプリンター製自動小銃)とウマレックスHDR50ガス拳銃を持っていった。
廃寺に着くと本堂の前庭に一人の自衛官が立っていた。俺は配下に合図をして留めると下馬して男の前に進んでいった。幸い罠などははられていないようだ。
「栗林義長殿ですか?」
俺は声をかけた。
「…ボディーアーマーに装甲を貼り付けた甲冑にヘルメットを元にした兜、そなたが相馬典薬か。」
「いかにも、相馬典薬こと翔太郎です。」
「……その出で立ち、この地に現れた異人めいた者どもから奪ったものか?……」
どうも栗林義長は俺がこの時代に流れ着いた現代人から装備を奪ったと思っているらしい。しかし話し方になんか…という静寂が入るのがテンポが乱れて手間取る。
「いえ、これは俺たちがいた店の物資を使って作ったものです。ここ『つくば市』のホームセンターの。」
「……『つくば市』か…相馬殿、つまり貴殿らはホームセンターごとこの時代に流れてきたと……」
「そうです栗林殿。あなたもですか?我々の近くだとすると阿見の陸上自衛隊駐屯地ではないかと思うのですが。」
「……『阿見の陸上自衛隊』……貴殿が現代人であるのは間違いなさそうだな……俺の後ろに立つな。」
といきなり振り返りざまに近づこうとしていた忍者に手刀を飛ばして昏倒させる。
「……これは貴殿の差配か……ならば。」
「い、いえ、ゴ、ゴルゴ、いやデューク東郷。」
と呼ばれて栗林義長は20式自動小銃にかけようとしていた手を止めた。俺はその風貌と行動から思わず栗林義長を『ゴルゴ』と呼んでしまったのだ。
「…俺はゴルゴではない…しかしゴルゴに憧れているのは事実だ……」
だから『…』が多いのね。
「……俺はあの日阿見駐屯地の武器庫で点検をしていた…異常な気象の中共に来ていた者は外に様子を見に行き、俺だけがこの時代に来たのだ…」
なんか自分語りをして状況を教えてくれてます。
「…一人で武器庫ごとここに来た俺は武器庫を人に見つからないように偽装し、人影を求めて歩いていた…そしていつの間にか俺の前には狐が歩いていた……狐を付けていくと城にたどり着き、そこの岡見様に雇ってもらったのだ……」
だから『狐の化身』とか呼ばれているのね。まぁ一人で神出鬼没に戦っているのもあると思うけど。
「…俺はこの力で岡見様とともに天下を目指そうと思っている…しかしなぜ相馬殿はそれを邪魔するのだ…見た所俺が現代のものであるのは分かっているだろう……」
「そうだったのですか。俺たちはこの辺りの領主の小田氏治様に仕官しておりました。今じゃ負けて佐竹義重様の配下の多賀谷重経殿の差配を受けておりますが。」
「……佐竹?…あの秋田県知事の?…ここは茨城でなくて秋田だったか?…」
どうも栗林殿、戦はめっぽう強くても歴史は詳しくないようだ。
「いや戦国時代は茨城の大名だったんですよ、佐竹氏。」
「岡見様が北条の言うことを聞いているから俺はてっきり鎌倉時代だと思っていたのだ。」
いや栗林殿、北条は北条でも小田原北条だって。鎌倉時代に現代の銃持ち出したらモンゴル征服でも狙えそうだな(嘘)
「ところで栗林様、天下統一ってどうやるつもりだったので。」
「うむ。北条の力を借りて関東を統一し、西へ攻め挙がって武田信玄と真田幸村を配下にして豊臣秀吉を倒すつもりだったのだ。」
鎌倉時代じゃなかったのかい!それはともかく
「…残念ながら武田信玄はもう死んで長篠の戦いも終わっている頃ですぜ。まだ本能寺の変は起きてないから秀吉じゃなくてノブナガだし。ちなみに真田幸村くんはまだ7歳から10歳(諸説あり)。」
「…幸村がその様な子供だったとは…」
驚くのはそこかい!どうやら今が何年か教えてもらってないか和暦なのでチンプンカンプンなのか。
「…ところで長篠の戦いといったがあれは俺も戦史を学んだから知っている…同じ場所で戦はあったがあの様な武田の大敗はないのでまた別の話だと思っていたのだ……」
「え?」
今度は俺がキョトンとする番だった。小声で
「飛加藤さん、その辺知らない?最近栗林さん相手にしていて遠国の事情収集サボり気味だったから今ひとつ」
「それなら旦那、あ、栗林様、こちらで話していて良いですか?」
「……よいだろう。俺も噂だけだから詳しく聞きたい……」
と栗林義長殿の許可も出たので飛加藤さんが話し始めた。
「それがですね、武田勝頼が長篠の奥平貞昌を攻めて包囲し、それを救援するべく3000丁の鉄砲を揃えて織田信長が出陣した、というのは旦那が前に話していた通りだったんです。」
「うんうん。それで酒井忠次は鳶ノ巣山の砦を夜襲で落とした、と。」
「それは凄い激戦だったんですよ。」
と口を挟んできたのは年取った飛加藤さんに代わって実質現在の忍者軍団の頭領、元盗賊団首領の太田官兵衛さんだ。
「え?なんでそれ太田さん知ってるの?」
歳上なのもあり、俺の配下なのだがなんか「さん」づけで呼んでしまうのだ。
「それがですね、『現地徴用に応じた地元民』のふりをして徳川家康様の陣に潜り込みましてね。そしたらなんか気さくに声をかけてきた家康様と妙に気があってしまいましてな。そう『女はちょっとふくよかでしっかりしているのがいい!ッテ』
…女の好みが家康様と合うとは、角兵衛恐るべし。
「それで酒井様の隊に紛れて鳶ノ巣山を攻めたのですよ。夜陰に紛れて門を開けたから我らの大勝利。」
「それってそのまま家康様に仕えていたほうが将来が開けたのでは?」
「あ、忘れてましたわ。てか俺かあちゃんと子どもたちこっちにいるから。」
「…って地元民に化けたのではなかったのかよ。」
「いやあ、遠縁を頼って逃したって言っておきましてね。」
この元盗賊、首領やっていただけはあってどこでも才覚を表すらしい。
「それは置いておいて翌日なのですが、連子川の向かいに馬防柵を並べて待ち構えていた織田信長の軍勢の対岸には武田の兵はわずかしかおらず。」
「へ?」
「そこへ織田に打ち込まれた矢文には勝頼の書状が。『佐久間が裏切るとか適当書けば俺たちが突っ込んでくると思ったんだろうがそうは行くか。もういや俺帰る。』と。」
「なんじゃそりゃ。」
「織田信長は烈火のごとく怒ってそのちょろちょろ残された武田兵を追撃。」
「そうなるよな。」
「すると長篠城を過ぎて寒狭川を北上下辺りの街道にですな、武田が柵を立ててましてな。街道脇の高地に陣取る武田兵。3000とは言わないけど数百丁の鉄砲を並べて立て籠もってましてな。」
「おい、野戦築城で立て籠もっていたのは織田でしょ。この場合。」
「武田は『上杉謙信を退けた相馬典薬の戦法、ここで使わせもらうわ!』
と殿の馬場美濃守が大音声。隘路を塞ぐ目的ですんで、大量に鉄砲を任された馬場隊が織田の侵攻を止める、と。」
「…変なところで人の名前が出たが、それはおいておいてどうなったの?」
「馬防柵に突っ込んでないんで無事だった真田信綱や土屋昌続が山間から織田勢にちょっかいを出し、打ち破れない間に武田勝頼の率いる本隊は離脱。豊川を迂回してきて鳶ノ巣山の酒井と合流した徳川家康の部隊が別方向から現れた時点で馬場や土屋たちは撤退し、結局逃げ切られて痛み分けだったと。馬場美濃は旦那に以前聞いた『小牧長久手の戦い』の堀久太郎みたいな見事な用兵ですな。」
「何その中途半端な痛み分け。」
「まぁ徳川家にしたら長篠城の救援は成功しましたから勝利、と。」
「……という訳でなんとも半端な戦だったようなので俺は長篠の戦いが別だと思ったのだ……」
と話を聞いていた栗林義長。これ武田の弱体化は遅れてこの先読めなくなりそう?
「…だからこれを基にして俺たちが天下を取る目もあると思う……」
「それは難しいのでは?大体弾薬だって限りがあるでしょう。」
「…減ってはいるがオレ一人だからまだまだあるのだ……」
嫌なことを聞いたな。
「ところで栗林殿、今日はなぜわざわざこちらに?」
「お前たちが現代人なのかどうか確かめに来た…俺はデューク東郷に憧れる一介の自衛官…どうだ、相馬俺の仲間にならないか。」
「ですから北条は小田原征伐でやられるからそこからじゃ天下は取れませんってば。あと戦国自衛隊とか仁JINとかやりすぎるとヤバいっておもいませんか?」
「仁は名作だった…俺にもあの様な現地のパートナーが欲しい…」
…そのへんはゴルゴよりは純情なのね。
「お互い立場もあるでしょうからこの場で仲間になれ、とは言えませんが我々の方では栗林さんの気が代わったらいつでも迎え入れます。ちなみに俺は一応医者で薬局と薬剤師も一緒に来てますからなにかこの時代で困ったことがありましたらご相談を。」
「……。」
栗林義長もすぐには返事をしない。さすがに岡見様への義理もあるのだろう。
「…では相馬殿たちがあの子煩い多賀谷重経を追い払って俺と手を組むことはないのだな…」
「残念ながらそれが良い手とは思いません。」
「…ではまたいずこかで会おう…」
と言い残して栗林義長は去っていった。手出しをしようとする配下を『待て』と静止し、ゆうゆうと立ち去るのを見ていた。だって手出ししたら絶対撃たれるもん。




