栗林義長、足高城に出現する
俺たちは手子生に戻ると出撃の準備をした。下妻から出陣してきた多賀谷重経殿の軍勢と合流すると、谷田部城から西谷田川沿いを下って牛久沼の西岸にある足高城を目指した。
川下りには小舟も出して牛久沼に入る。俺たちは船に乗り込んで沼から足高城を眺めた。
「対岸の泊崎を押さえないと牛久沼の周辺から包囲されているようになってしまいますね。」
と俺は旗艦…と言うほど大きくはないが軍勢の中では最大の船で多賀谷重経殿に話しかける。
「うむ。泊崎を押さえられば対岸の東林寺城や牛久城からの軍勢も牽制できるからな。」
「しかしそうなると谷田部から南下する中途の高崎城と谷田川のほとりに建つ若栗城を先に押さえないと。」
「それは分かっておる。今回はどちらかというと威力偵察というところだ。何分下妻から本隊を送るにはまず豊田城を押さえないといかぬからな。」
と重経様。
「どれどれ、足高城の様子を見てみよう。典薬殿、その双眼鏡とやらを貸してくれ。」
と俺から双眼鏡を借り受けて舳先に立ち、足高城の方を眺める。
「その手前の目にあたっているところの近くをくるくる回してピント…じゃなくて見え方がスッキリする所を見つけるのです。」
「…お、おお、見えたぞ。これは素晴らしい遠眼鏡だな!」
と興奮した面持ちで双眼鏡に夢中になる重経殿。
「む、なにやら城の方でも光って…」
と俺も城を注視するとキラッと光る物がある。
「これは…まずいかも!」
と俺は慌てて多賀谷重経殿を引っ張り倒す。
「うわ!何をする!」
と後ろ向きにころんだ重経殿が俺に抗議しようとしたその時
ターン
と銃声が鳴り響き、重経殿が元立っていたところの後ろに控えていた近習がバタっと倒れた。
俺は慌てて駆け寄ると近習の胸が鎧ごと撃ち抜かれてみるみるうちに血が広がっていく。
「馬鹿な。あの距離で。」
「重経どの伏せて!」
と頭をあげようとした重経殿の兜の鍬形が吹き飛ぶ。
重経殿は急いで竹束を舳先に持ってこさせて防ごうとするが、今度は竹束を構えていた侍が兜ごと頭を撃ち抜かれた。
「ばかな。ここからは城は300mはあるぞ。とりあえず鉄板!」
と俺が指示を出して俺たちは『こんな事もあろうかと』船に積んでおいた鉄板を盾代わりに並べて引きこもる。続けて射撃音がしたが、それは流石に鉄板は通らず鈍い音が響いた。
それから1−2発鉄板が銃弾を跳ね返した後、足高城からの射撃は止んだのであった。
「…あれは典薬の仲間か?」
重経殿が聞いてくる。目がちょっと冷たい。
「いや、仲間ではありません…というのは俺たちにはあんな長距離からでもこちらを撃ち抜けるような銃はないのです…」
と手の内をさらしてしまう。
「殿!船着き場から船が出てまいりました。」
と舳先で鉄板の隙間から物見をしていたものが報告する。
「なんだと。討って出たのか。その数は?」
「…それが一隻だけで。妙な音を立てております!」
俺が双眼鏡で見ると、たしかに一隻だけ小舟が足高城の船着き場から出てきた。
…その船は明らかにこの時代の木造和船ではなかった。オリーブドラブに塗られた現代のボートに室外機が付いている。
そしてその前に座ってボートを操っているのは
「…あの格好?まさか自衛隊!?」
俺は思わずうめいた。そう。ボートを操っているのは迷彩服に迷彩帽を被ったどう見ても自衛官もしくはサバイバルゲームマニアである。否、先程の銃撃の威力を考えると最低でも猟銃を持ったハンター、もしくは本職であろう。
ボートの男は船をこちらに近づけると、それほど距離を詰めずに、すくっとボートの上で立ち上がり、銃を構えた。
「あれはどう見てもアサルトライフル!20式5.56mmか!」
思わず俺はミリオタの血が騒いで叫んでしまった。
「いかん!重経殿!船を下げるんだ一旦退却を。」
「なにを言う。相手は単騎ではないか。銃を持った相手との先頭はお主らとの経験で慣れて…」
と言った重経殿の兜の残ったもう一本の鍬形が吹き飛ばされる。
それとともにダッダッダと軽快な射撃音が響き渡り、ボートの近くにいたこちらの船の武士が次々と打ち倒されていく。
「…これは確かにいかん!引け!引くのだ!」
合図の鐘を重経殿は鳴らさせ、こちらの軍船は川上に向かって引き上げていこうとする。
しかし川の流れに逆らって漕ぐこちらに対してボートの男はエンジンを操作して近づき、次々と銃撃を加えると、手榴弾を放り投げてきて小舟ごと爆散させていく。
「これはどうしたことじゃ!」
「ひとまず退却です!その後のことはそれから!」
「やむを得ん!」
散々こちらの軍勢に銃撃を加えた男は、こちらの生き残った船が西谷田川に接岸して逃げ出すのを確認すると、ボートの向きを返してエンジン音を響かせて足高城の船泊に消えていったのであった。
多賀谷重経殿は兵を一旦退けて谷田部城に入り、軍議を開いた。
「典薬殿、あれは確かに典薬殿の手のものではないのか?」
「重経殿、あれは俺達の持つ武器とは次元が違います…あれは本職です。」
「本職とは?」
「あの男は間違いなく軍人です。」
「軍人?とは?」
「専業の武士のようなものです。しかしなぜあの男はここに?」
「…あ、あれこそが栗林義長です。」
男に撃たれて負傷したが生き残った多賀谷の兵が言上した。
「あれが栗林義長…狐の化身と聞いていたが。」
と多賀谷重経殿。
「…狐じゃなくてワンマンアーミーですね…」
とそこに稲見薬局長が入ってきた。
「あの男を120倍拡大で撮影した画像が印刷できましたよ!」
と写真を持ってくる。
「おお、これはなんという精密な絵じゃ。」
と多賀谷重経が感心するが、俺達の印象は別のものであった。
「狐の化身…じゃなくてキツネ目の男ですね。」
「このがっちりしたほうれい線といい…ゴルゴ?」
「僕もそう思いました。どう見てもゴルゴ。」
「いや流石にゴルゴよりは命中率は低いと思うが…でないと私達は全滅だったろ。」
と稲見さん。
「と言ってもあのエンジン付きのボートと言い、小銃と言い、俺達みたいななんちゃって兵器じゃなくて現代兵器を持ち込んだ本職ですね。」
「仮に阿見の駐屯地ごと我々のようにタイムスリップしてきたとするとガチの『戦国自衛隊』になってしまうが…」
「いや、少なくともまるごとではないと思います。」
「何の話をしているのだ。あの栗林のようなものが何百人もいるというのか。」
と多賀谷重経殿が突っ込んでくる。
「いえ、その可能性は低いかと。駐屯地ごと来ているならばとっくに近隣の大名・豪族は制圧されているはず。流石にヘリが飛んでいるのを目撃した話はないですし。」
「へ、へり?」
「あ。すみません。そらとぶ砦みたいなものです。」
「砦が飛ぶのか?」
「流石にそれはないと思うのですが…」
ない、の意味がそのようなものが存在しない、ではなくここにはいない、の意味で俺は言ったのだが、重経どのはちょっとホッとしたようだ。
「ならばまだましか。」
「しかし栗林義長が単独なのか、チームなのかは慎重に見極めないと。ここは迂闊に攻めるのは危険すぎます。」
「うーむ。此度の戦では数十人が討ち取られる大損害であった。ここは典薬殿の言う通りまずは探りを入れるのが良さそうだ。典薬殿、そこは頼まれてくれるか?貴殿の同類のようなのでな。」
とニヤリとする。えー。危険な仕事押し付けてくるとはさすが多賀谷重経。
「その間に俺は豊田城攻略の手法でも考えておこう。」
「あ、毒はやめておいたほうがいいかと。」
史実では多賀谷重経は豊田城主豊田治親を毒殺してしまうのだ。
「なぜじゃ。」
「世評が悪くなりますよ。多賀谷殿。」
「世評など知らぬ。」
という多賀谷重経殿に家老の白井全洞殿が「若殿はそのへんを考えてもらなわいと将来が…」とボヤいていた。
今週はここまでです。次回月曜夕方更新します。飛んでしまってすみません。




