エピローグ
――――♪。
僕は布団の中で、リズムの良い音がしているのに目を覚ました。
いつもの音。楽さんの料理の音。
楽さんのおかげで、僕は幸せな音はいい匂いがすることを知った。
僕がここに来てから4ヶ月。
お母さんのもとに行ってわがままを言ってから、1ヶ月が経っていた。
もうすぐ一学期が終わって、夏休みがくる。
変わったことと、変わらないことがあって。
「んん……あれ、詩音、おはよぉ」
寝ぼけたような、お母さんの声が耳元で聞こえる。
がっちりと抱きしめられていて、僕は目を覚ましたけれど起き上がることが出来ない。でも、この起きる前の温もりの時間が、とても優しくて僕は好きだ。
あの後、お母さんを置いて僕たちはちゃんとお祖父ちゃんの家に帰ってきた。
一つの約束をして。
『…………ただいま』
『うむ……よく帰った』
そして少ししてから、お母さんはお祖父ちゃんの家にやってきた。
とても短いやり取りをお母さんとお祖父ちゃんは交わして。
『まぁ、うむ、だけじゃなくなっただけマシだな』
楽さんが少し呆れたようにそんな事を言って。僕達は四人家族になった。
◇◆
「おはよう」「おはよー」
「おう、朝飯は今日はサラダと味噌汁、それに卵焼きに鮭を焼いたやつだ」
まだ寝ぼけつつあるお母さんを引っ張って、僕は食卓にやってくる。
すると、お祖父ちゃんはもう座って新聞を読んでいて、楽さんは作ったご飯を運んでくれていた。
「今日は、ちっと夜はいないから、ご飯は別ですませてくれや」
「うん、茜さんと?」
楽さんの言葉に、もしかしてと思って僕が尋ねると、楽さんが照れくさそうに頷く。
「まぁ、映画を見にな」
「……ふわぁ、ちゃんとエスコートしてあげなさいよ? っていうか、まさか東京くんだりにまで一緒に来てもらっておいて、まだ恋人じゃなかったことにびっくりだったよこっちは」
「うっせぇ余計なお世話だ。寝癖ひでぇぞ? 直してこいよ姉貴。そっちこそ、今日は検診だろ? 気を付けてな」
それに、お母さんがからかうように言って、楽さんは答える。
楽さんと茜さんはあの後帰ってきてから、無事恋人同士になったらしい。
お母さんが来たのと同じくらい、変わったことの一つ。茜さんに話を聞いていた僕としても、とても嬉しい。
「うん、検診。でも竹さんに紹介してもらった病院の先生は、今の環境が合ってるって言ってくれてるし、少し気が楽」
お母さんがふとしたときに忘れてしまう時も、たまにある。
でも不思議と、怖くなかった。
きっと左手で触れると、すぐに思い出の温もりが伝わってくるから。
そして何より、思い出せなくても母さんは必ず僕を抱きしめてくれるのだった。
「さて、詩音。お前もそろそろ食べちまいな。あいつらが来るんだろ」
「うん!」
朝ご飯を食べて、歯磨きをして、水筒とランドセルを持つ。
玄関のチャイムが鳴って、絵美と絵夢の声がする。
「「詩音ー、行くよー」」
「うん、今すぐ行くー!」
そして、玄関を開けて外に出る。初めてきた時は不安で、でも今は安心できる家になった、この場所。
「行ってきます!」
今日もよく晴れた、いい天気で、幸せの音が、響いた。
たどりびと ~記憶のかけらに触れる時~ Fin
ここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございました!




