妹の策略 肆
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そっと、レティ様は立ち上がった。そして、俺に背を向けてそのまま窓際まで進む。
何をされるのかと思いきや、そのまま窓辺で眼下に広がる景色を眺めているようだった。
「……覚えていて?ルディ。私たちが、初めて会った時の事を」
「ええ。そりゃ、もう。アルフレッド様に連れられて来た王城で、レティ様に初めてお会いした時、レティ様はアルフレッド様の背中の後ろにいらっしゃって、中々顔をお見せいただけませんでしたね」
「……そんな事もありましたわね」
少し恥ずかしげにレティ様は同意すると、懐かしむように微笑んでいた。
「楽しかった…とても、楽しかったですわ。この下の庭園でもよく遊びましたわね?幼い頃、この城から一歩も外に出れなくて。城下は疎か、王宮にも行った事がなくて。お兄様が貴方を連れて来られるのを、とても楽しみにしていましてよ?…お祖母様とお兄様それから貴方が私のセカイの全てでしたわ」
「……レティ様…」
「ルディ、そんな顔をしないで下さいまし。私、幸せですわよ。確かに、社交界がどんなところなのか…だとか、学園はどんなところなのか…後は同世代の子達がどんな話をするのかだとか、気になることは沢山ありますけれども」
幼い頃から病弱という設定で通していて、同世代の子達と交流を持った事も、学園に通う事もしていない。…正に、籠の鳥という言葉が当てはまっているような状況の中で暮らしている。
「……でも、それ以上に守られているという事が、理解できていますもの」
エルリア様との確執。そして、現状の貴族社会での陣取り合戦。レティ様を、それらに近づけない様に徹底的に王太后様とアルフレッド様がされたことを指しているのだろう。
「……お祖母様はどうか知りませんけれども。お兄様は、私を道具として扱わない。この状況下で、私を嫁がせるという手法を思い浮かばなかった訳ないでしょうに」
確かに、そうだ。レティ様を対抗する貴族の中でも、他家に影響力を持つ家に嫁がせる事もできただろう。
「…まあ、中立派とあの兄の派閥の家の者との婚姻に関しては、それで下手に子を産んでしまって、お兄様にとって面倒な事になるという事もあるのでしょうけれども」
レティ様の仰る通りだ。その理由で、アルフレッド様は王太后様を抑えている。
“エドワードを排斥した時に、レティが子供を産んでいたら?”と。
今の王家の直系は、少ない。アルフレッド様とエドワード様、そしてレティ様。
アルフレッド様とエドワード様は、現在争いの最中。エドワード様とそのご実家が、エドワード様に王位を継がせる為に起きた、貴族を巻き込んだこの争い。負ければ最悪死、良くて生涯幽閉というところだろう。
仮に…縁起でもない事だが…アルフレッド様が負けた場合、十中八九待っているのは死だろう。エルリア様が、幽閉なんて生易しいもので済ますとは到底思えない。
それ故に、アルフレッド様も身を引けない戦いとなっているのだが…。
閑話休題。
どちらが勝っても、片方が王家から転げ落ちるのは明白。
アルフレッド様が勝利を収めた時に、先にレティ様が結婚をされて子を産んでいた場合。
王族直系に残されたのは、アルフレッド様ただ1人。…その状況で、レティ様が降嫁された家は必ずこう思うだろう。
“もしもアルフレッド様に“何か”あれば、自分の家から王が出る”と。
…それは即ち、新たな争いの火種になりかねない。
そう、アルフレッド様は王太后様を押し留めているのだ。
「でも、お兄様の派閥の者との婚姻を勧めないのは、エルリアとの決着をつける前に此処から出して、彼女に狙われないようにする為でしょう?表舞台に立たせずに病弱を装わせるのは、そうした思惑から私を遠ざけるため。……本当に、私はお兄様に守られていますわね」
「…それだけ、彼の方にとってレティ様は大切なのでしょう」
「……ふふふ。そうですわね。…そうなると私が嫁ぐのは、お兄様が勝利を収めてからという事になるのかしら?ああ…敗れても、他国に嫁がせるだとか何かで、あの兄に程の良い駒にされるのでしょうけど」
……嫁ぐ、というレティ様の言葉に、僅かに胸にチクリとした痛みが走った事を感じた。
けれども本当に僅かな時だったので、気のせいだろう…とすぐに、レティ様との話に集中する。
「……不安な事も、寂しく思う事もあったけれども。やっぱり、あの頃が一番楽しかったですわね」
レティ様は、そう言って寂しげに微笑んだ。やがてその笑みを引っ込めると、決意の込もった真剣な表情に変わる。
「……ルディ。私たちは、勝たなければならないのですわ。お兄様の為にも、私の為にも。アルメニア公爵令嬢の為にも」
「そうですね」
「差し当たっては、アルメニア公爵家の通商妨害への対抗策でしょうか。お兄様の事だから、それについてはもう手を付けていて?」
「ええ、まあ……」
「私も手伝える事は何でも致します」
ニッコリと、レティ様は笑って締めくくった。




