閑話:それぞれの思惑
「そういえば、アルフレッド。何だか最近ルディとよく出かけているみたいね」
孫のアルフレッドに声をかける。私の名前は、アイーリャ・フォン・タスメリア。この国…タスメリア王国王太后の地位にいる。目の前にいるのはアルフレッド。私の孫にして、第一王子。その脇にいるのは、ルディ。アルフレッドの幼馴染にして補佐役の者。
「ええ、お祖母様。私も何かと忙しいので」
微笑みながら答えているけれども…我が孫ながら、この子は本当に表情から感情が読み取れない。張り付いたような笑顔は、けれども自然過ぎる。長く社交界という権謀術数が蔓延る世界に生きていた私でも、共に住んでいなければ分からなかったでしょう。
「私だって、知っているわよ。エルリアとエドが色々やらかしているのを、宰相と共にフォローしているのでしょう?」
残念なことに、我が国は現在も30年前のトワイル戦役の負債が残っている。とはいえ、返済は徐々に行っているので、下手な事をしなければ特に問題ない筈だった。なのにエルリアとエドは見事にやってのけてくれている。民への頻繁なる炊き出しや、いつ着るんだか分からないエルリアの公式行事用のドレス、エドの新しい婚約者の子のドレスも婚約者だからと言って買っていたらしいし…あと、その新しい婚約者の子…確かユーリとかいう令嬢だったかしら…がエドとリゾートに旅行に出かけた時の“ここは素晴らしいところだわ。もっと皆が楽しめるようになるといいわね”という言葉を誇大解釈したエドがそのリゾート丸々開発しようとした…なんてこともあったらしいわ。最後のは宰相が見事に反対し切ったみたいだけど…随分聞き分けのないことを言うもんだから、結局ユーリの衣服作成の反対をし切れなかったみたいね。
…本来ユーリの衣装を、王家の予算で作ること自体おかしいのだけれども。エルリアと彼女に甘やかされたエドワードの増長も困ったものだわ。
国の予算は、王家のものと国家運営のためのものに分けられる。
王家のものは、王家の生活やプライベートの為の資金。
国家運営のためのものは、その名の如く国家を運営するにあたって使用される資金。例えば私の場合、普段に着る服は王家の予算から出されるが、公式行事に出る時の衣装はそれ自体が国家の運営上に必要な資金として国家予算から出される。身の回りの世話をする侍女への給金は私個人の資金…つまり王家の予算から支払われる。けれども、王太后としての私の身の回りの世話をする女官は国家運営の予算から出される。
こうして言うと、あまり侍女と女官の違いが分からないかもしれないけれども…例えば、手紙を“私”の名前で出す時は、侍女で良いのだけれども、王太后として出す時には女官の確認や手助けが必要。何故なら、華押の位置まで細かな規定があり、その時々にあった内容なのか過去の事例も確認しつつ手紙を出さなければならないから。
衣装で言うと、私を着飾らせるのが侍女の仕事に対し、女官は私のその格好がその行事に合った服装なのかを確認する。
と話はそれてしまったけれども、王家の予算と国家運営は時と場合によってどちらにかかってくるかという決まりがある。
ただ、いずれにせよ…まだユーリはただの婚約者。王家の予算も国家運営の予算も何れも通常であれば使わせる訳ないというのに。
「ええ、金銭面でも色々やらかしてくれていますが、城内でも色々やらかしてくれてますからね。主に王妃の実家である侯爵家とその一派が。おかげで、良い人材がいつまで経っても日陰に追いやられています。その結果が、今のこれですね」
「頼りの王は、元々シャリアがいなくなってから無気力だったけれども…ここに来て、病床の上。情報統制をしているから、未だ外部にはバレていないけれども…やがてそう遠くないうちに露見するでしょうね」
「ええ。だからこそ、侯爵家側も勢い付いているのでしょうけれども」
「……アルフレッド」
穏やかに微笑むアルフレッドを見て、忠告の意味も込めて咎めるように名前を呼んだ。
「……ええ、分かっています。僕はまだ、死ぬつもりはありませんので。もう暫く、表舞台に立つことはできませんね」
「分かっているのなら良いです」
「全てを終わらせる準備が整うその時までは、今のままひっそりとしておきますよ」
「役に立つ人材を自分のもとへ引き入れ、膿を切り捨てる準備が整うまでということですね」
「…お祖母様には、隠し事ができませんね」
肯定はしてくれなかったけれども、その答えに満足だわ。アルフレッドなら、やってくれると信用できるもの。
「あら、ならば…最近ルディと共に出かけているらしいじゃないの。レティシアが寂しがっていたわ。その話はしてくれないのかしら」
レティシアは、アルフレッドの同母妹。エドよりも年下ながら聡明な彼女に、私はアルフレッドと同じように目をかけている。
「……それは、いずれ話させていただきますよ」
アルフレッドはまた、感情の読めない笑みを浮かべた。……これ以上、本当に話すつもりはないということね。
それから、幾つかの話をしてから、アルフレッドはルディと共に部屋を退出して行った。
「ふふ……」
部屋に1人残された私は、先ほどまでのアルフレッドとの話を逡巡する。そうしたら、つい嬉しくなって笑みがこぼれた。
アルフレッドはああ言ってたけれども…大体彼等の行き先は把握している。彼方此方行っているけれども…数度、アルメニア公爵領に赴いているということを。
私の思惑を、実現させることができるかもしれない…否、それができると思ったらついつい嬉しくなってしまった。
私の思惑は、公爵家令嬢と王家の者を結婚させるということ。…というのも、私、本当にメリーのことが大好きなの。あの人形みたいな可愛らしい顔立ちをした女の子を見た時から、是非とも娘にしたいと思ってたわ。でも、当時既にメルリスは公爵家の嫡男…ルイと婚約していたし、メリーは小さな頃からとてもとてもルイの事が大好きだったから、泣く泣く諦めたの。無理強いをして、メルリスに嫌われたら本末転倒だからね。
けれども、それで完全に諦めた訳じゃなかった。メリーが女の子を産んだら何が何でもウチの孫の婚約者にさせようと思ったの。
それで、私にとっての待望の女の子が生まれたとルイから聞いて、嬉しすぎて名前をアイリスと名付けさせたわ。私…アイーリャの“アイ”とメルリスの“リス”を取って。まだ顔も見てないのに時期尚早だったかしら…と思ったけれども、メリーが連れて来た幼いアイリスを見て、私はまた惚れ込んだわ。メリーソックリな顔立ち。瞳の色はルイに似て深い蒼色だったけれども、それはそれで趣があって良い。
絶対に私の孫にする……できれば、エルリアの息子であるエドよりも、アルフレッドの方が政治的に言っても良いわ…と思ってんだけど、シャリアが亡くなって、アルフレッドとルティシアに色々とあってバタバタしてた間に、エドワードと婚約してしまった。
一度王家に嫁がせない?とそれとなく打診はしていたのだけれども、私は何方ととは言っていなかったし、言わなくてもエルリアを嫌ってるメリーならエドとは婚約させないかと思ってたのだけれども……まさか、肝心のアイリスがエドに惚れるとは。
娘大好きな2人は、アイリスが言うのなら…と了承してしまったし。
…まあ、最終的に私の孫になるのだから良いかしらと私も渋々納得していたところで、まさかの婚約破棄。
それを聞いた時には、またもや思惑を外されたと思ったのだけれども……よくよく考えたら、これは私にとってのチャンスなのよね。今度こそ、アルフレッドとアイリスを必ず結婚させて…あの可愛らしい子を孫にしてみせる。2度あることは3度あると言うけれども…絶対、そんなことさせない。何が何でも結婚させて、あの子を孫にするの。
…そのために、私も動かなくてはなのだけれども……さて、まずは“社交界から追放された”アイリスを社交界に戻さないと。
いざ私の思惑通りになったとして、彼女が社交界から出たままでは、彼女の為にならないもの。
アイリスは、学園を追放させられた時から一切社交界には顔を出していない。…出たところで、婚約破棄をされた者など笑われ者とされる。
けれども今の彼女は領地で見事な経営をしているし、人気商会の会頭……寧ろ、そんな彼女を手放したというエドの方の失態が浮き彫りになるでしょう。
後は、社交界に顔を出させるキッカケを作り出すだけ。
さて、私も動き出しましょうか。




