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決意と誠意

3/3

「ただ、連れて帰るだけよ」


そう言った瞬間、トーリだけでなくディダまで驚いたような表情を浮かべた。


それは、私の登場に対してなのか、それとも私の言葉に対してなのか……。


「ディダの主のアイリスよ。今回は随分とディダがお世話になったようで」


ニコリと笑って言えば、何故かボルティックファミリーの面々が一歩引いた気がする。


解せないわ……と、その反応に首を傾げつつ、けれども私は視線をトーリに向けた。


「さっきから聞かせていただきましたけれども、貴方も随分と御門違いな恨みを抱いていたのね?」


「なっ……」


「だって、そうでしょう?貴方、ディダの何を恨むというの?出世をしたこと?それは必死で訓練と主人のムチャな要求に耐えて成長をした彼の努力の賜物でしょう。……それとも、才能の違いかしら?それは、ディダもどうしようもないことでしょうし」


「テメ……グッ」


煽るように紡いだ言葉に見事にトーリは反応をしたけれども、起き上がろうとした彼をディダが抑えつける。


「境遇の違いというのなら、尚更彼を恨むのは御門違いよ。恨むべきは、彼しか掬い上げることができなかった、無力な私。……もしくは、我が家でしょう」


続けて言った言葉にトーリが……ディダが、驚いたように目を丸めた。


「とは言え、仮に貴方とディダが逆の立場だったとしても……どうかしら」


自分でも、思っていた以上に冷たい声が出た。


「だってそうでしょう?他者を妬んでばかりで、無関係の人々をも巻き込むような貴方じゃあ……ね。貴方は、ただ自分の中にあった現状への不満を、誰かのせいにしたいだけ。誰かのせいにして、自分は悲劇の主人公だ……と、それに酔っているだけ」


トーリは、何も言わない。


目を見開いたまま、表情すら変化がなかった。


「同情はしましょう。哀れみましょう。共感はできないけれども」


抜け殻のように、何の反応もなかった。


「……ディダ。彼と話したい事は、まだある?」


「いいえ。もう、満足です」


彼は、そう言って笑った。

いつもの明るい雰囲気は勿論なく、遣る瀬無さが表に出たようなそれだった。


「ならば、ディーン。彼を拘束して」


ディダはやり難いかな……と思っての言葉だったけれども、彼は首を横に振って、行動し始める。


「何もかも、今更。事ここにきてしまえば、どうする事もできないわ」


見逃す事などできないし、減刑も同じく。


分かっているわね……という気持ちを込めて視線をすべらせれば、ディダはその意図を理解して、それでも頷いた。


私は、彼らから視線を外す。


やるべき事も、言いたい事も言った。

あとは、あの困った坊ちゃんを迎えに行くだけだ。


「彼の名は、忘れない。忘れる事を、私自身が許さない。彼が事を起こした原因の一端として」


ボソリと、そう言った。

彼がやらかした事も、ディダに向けた想いも私は許容できない。


けれどもそれとは別に……私は、目を背けることをしてはならないのだと思う。


彼という存在を。彼が今回の事件を起こした原因を。


謝ることなど、到底許されない。

謝ってどうにかできるわけでもなければ、謝罪という行為自体、立場上、彼が主犯という時点でできないのだから。


だから、これはただの私の独り善がりの決意。

そして、精一杯の誠意。


「お前がディダっつう奴か?」


私が口を閉じた後、グラウスがディダに声をかける。


「……そうですけど?」


「俺はグラウスだ。こいつらに捕まっているって聞いたから、大した事ねえ奴だと思っていたが……中々どうして、オマエ、やるなあ。何で、捕まっていたんだい?」


グラウスの問いかけに、ディダは苦笑いを返すばかりだった。


そんな反応に、グラウスは笑う。


「オマエ、良い男だなあ。……大方、昔の仲間を信じたところで、騙されたって口だろ?嬢ちゃんの護衛としちゃ間違った選択かもしれねえが、オマエみたいなバカな野郎は嫌いじゃねえぞ」


ガハハ、と大きく笑っていた。


「腕っ節もあるしなあ。勿体無いぜ……お嬢さんが拾ってなかったら、俺が貰いたいところだぜ」


「あげないわよ」


私のツッコミに、グラウスは更に笑う。


「いや、まあ……そうだろうけどよ。言ってみただけだ、言ってみただけ。つまり、何だ……オマエは運だけじゃねえっつうことだ。まあ、確かにオマエは運に恵まれていたかもしれねえがなあ……幸運の女神様っつうのは気が短いんだ。差し伸べた手を掴んで離さねえよう自分で掴み取らなきゃ、どっかいっちまうんだ。オマエは、得た機会を最大限努力して自分のモノにしたんだ。俺が惜しいと思うぐらいの男になってな。なんて、俺に言われても嬉しくも何とも思わねえかもしれねえがな」


運だけの男じゃない。


だから、トーリの言ったことなど気にするな……そんな意図が見えるグラウスの言葉に、ディダは首を横に振る。


私も、グラウスの言葉には感嘆した。

男に尊敬の意味で惚れられる男って、グラウスのような男なんだろうな……と思って。


「……全く、お嬢さんの目には感服するぜ。自重してくれよ。ここの有望株を掻っ攫って行くのは」


「それは、貴方次第だわ。私は、虎視眈々と狙い続けるから」


そう言ったら、またグラウスは笑った。


「んじゃ、俺たちはこれで帰るぜい。エルリオら元ウチのメンバーの身柄は貰ったからなあ。丁度、お前さんのところの護衛たちも来たことだし」


「善良な一市民が、ボルティックファミリーがここを制圧したと警備隊には伝えるわ。まるで、正義のヒーローみたいに、街で語られるかもしれないわね」


「よせやい。柄じゃねえ。……野郎ども、帰るぞ!」


グラウスの言葉に、男たちは次々と裏口から出て行く。

その統率された様子に、彼の力量が伺えた。


「さ、ディダ。貴方は戻って」


「え?」


「安否の確認と身柄の確保のためにターニャに行って貰ったのに、出てくるとは予想外だったわ。多分、ターニャは責任を持ってドルッセンに邪魔されないように彼の意識が戻りそうになっていたら、それを奪っているでしょうから。彼と一緒にいて、一緒に護衛たちに救出してもらって。彼らと協力体制であったことを表沙汰にはできないし、かと言って貴方だけを救出したとならないように……ね」


「分かりました。……お嬢様、今回の件……」


「話は後にしてもらっても良いかしら。もう少しで、護衛たちが来てしまいそうだから」


ディダが珍しく……というか初めて私をお嬢様と呼んだからには、大切な話だというのは理解している。

けれども、護衛たちがすぐそこまで来ているのだ。


「……後で、ちゃんと聞かせて貰うから。貴方の話なら」


私の言葉に背を向けて、部屋へと向かっていた彼に語りかける。


「姫さんの、仰せの通りに」


そう言ってニヤリと笑った彼に安堵を覚えつつ、私もその場から離れた。


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― 新着の感想 ―
いずれにしても役立たずだったドルッセンはここに眠ってろ。 余計なことをして意識を奪われただけなんだから、もはや地位は期待できないぞ。
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