第16食 もずく
誰しも大人になって初めて出逢う食材というものが少なからずあると思う。
私にとってはもずくがまさにそれだ。
何故かはわからないが、実家の食卓で彼を一度も見かけたことがない。
酢の物は時折姿を見せるのだが、我が家の定番はきゅうりとわかめにしょうが、時々かにかま。
彼の存在自体子どもの頃は知らなかったかも知れない。
私の食の世界が広がったのは大学生の頃。
それまでは外食の機会もそこまで多くなかったのが、サークルで飲み会をするようになったことでたくさんの未知のメニューに出逢った。
確かそれはいつも行く居酒屋チェーンではなく、行き慣れない店の見慣れないお通しの内の一品として出てきたように思う。
スーラータンメンの回でも書いたが、私は酢がそんなに好きではない。
よってメインの食べ方が酢に浸かっている状態の『もずく酢』を食べようと思ったことすらなかったのだが、折角だし頂こうと一口食べた。
そして、そのぬるんとした食感におや、と惹かれたのだ。
そう、私はとろろに代表されるぬるぬるねばねば系食材が大好きである。
ほんの一口ほどのもずく酢を楽しんだ私は「これならもうちょっと食べてみたい」と思うようになった。
しかし、その後私はもずくには当たり外れがあることを知る。
これはあくまで私の中の判定基準なのだが、しっかりとした食感があるやつと、どろんとした覇気のないやつだ。
後者は古いのかそれとも生来ぐでんとしているのか、口に入れてもべちゃりとしていて爽快感がまったく感じられない。
一方、前者はしっかりとした食べ応えがあり、私のもずく欲を適切に満たしてくれるのだ。
市販のスーパーで幾つか試してみた結果、当たり外れが少ないのはTHE チェーンのプライベートブランドだという結論に行き着いた。
当時は近くのスーパーでトップバリューブランドを取扱っていたのでひたすらそれを、今の家に引越してきてからはセブンプレミアムのもずく(三杯酢)を買っては冷蔵庫の中に溜め込んでいる。
お蔭さまで今のところ私のもずくライフは順調だ。
そしてもずくといえば有名なのは沖縄県である。
そもそも全国に流通している9割が沖縄県産というから驚きだ。
綺麗な海と温暖な気候がもずくの生育に良いのかも知れない。
地元にあった沖縄料理店で、初めて太もずくを食べた時の感動は忘れられない。
まず見た目からして違う。
スーパーで買うもずくよりも随分と太く、箸でつまんだ時にずっしりとした重みがあった。
するんと啜って歯を立ててみると、シャキシャキとしている。
いつも食べているもずくとはまるで別の食べものだ。
そんなわけで沖縄旅行に行った際にはもずくを堪能している。
サラダやお味噌汁、ヒラヤーチーというお好み焼きのようなものに入っていたり、もずくそのものを天ぷらにした料理などを楽しむことができるのだ。
普段はもずく酢ばかり食べているので、もずくの新たな一面を知ることができて新鮮である。
そんなもずく、実は漢字で色々な表記がなされることをご存知だろうか。
水雲、海雲、海蘊、藻付など――語源については諸説あるが、有力とされているのは「藻付く」ところからきているというものだ。
それにしても、水雲、海雲という表記は非常に風流である。
海の中でゆらゆらと揺れる様子を捉えたものであろうが、想像してみれば確かにそれは雲のようだ。
それでも、私の中では『もずく』というひらがな3文字がしっくりくるのである。
また沖縄料理屋に行ったらおいしい太もずくを食べたい――そんなことを思いながら、私は今日も冷蔵庫に溜め込んだもずく酢をおいしく頂くのだった。




