93話 バリア魔法は誰も拒まず
「お前は馬鹿か?」
「ギリギリ生かしてやっていたけれど、殺す」
「こいつが一番狂ってないか?」
異世界勇者を連れて帰ったことで、3人のドラゴンから袋叩きである。
こんなにも詰められるようなことした?みんなをまもるために、がんばったのに!
わっ、泣いちゃった。
「そんなこと言わず、どうするか一緒に考えてくれ」
俺が抱きかかえているひじりは未だ眠りの中だ。
拘束するのか、軟禁するのか、それともここで殺すのか……。みんなからの意見が欲しかった。
一歩前に進み出ると、ドラゴンたちが後退った。
……なんだこれ。
もう一歩前に出ると、また後退りする。
……おもしろ。
一歩進むと、ドラゴンたちが一歩下がる。
右へ左へと微調整し、部屋の隅へと追いやる。
「「「ひぃー!!」」」
完全に異世界勇者を嫌がるドラゴンたちを少しいじめて俺は気分が最高に良い。
ひとしきり笑ったが、ドラゴンたちの視線が後で覚えていろって感じで俺のことを睨んでいたので、このくらいで勘弁してやる。
俺自身のためにもここら辺がちょうどいい。
「シールド様、後が怖いですよ。そのくらいに」
ベルーガにも窘められた。
了解です。
優秀な部下の忠告には従っておくのが良い。
「ところで、本当にその方どうするつもりですか?」
少し困り気味な表情でベルーガも尋ねてくる。
やはり気になるか。
気にならないはずがない。自陣営にでっかい爆弾を持ち込んだような状態だからな。
「どうしよう……」
本当に困った。あまり今後を考えずにつれて帰ったから、見通しなんてない。
「ほーれ見ろ、馬鹿なんじゃ、あいつは。頭空っぽで、なにも考えとらん」
「捨てて来なさい。いますぐ!」
「変な病気を貰っても知らんぞ」
また言いたい放題始まったので、ドラゴンたちをいじめておく。隅に追いやって、異世界勇者を近づける。
「「「ひいいいいいいいいい!!」」」
抱きかかえた異世界勇者は、やつらを黙らせるのに最高の材料だ。使えるな。
俺の腕の中ですやすやと眠る異世界勇者は、これから自分の身に何が起こるかなんて知りようもないのだろうな。
だって、俺も決めてないから!
誰にもわかりません!
流石に重たいので、ソファーに寝かせた。
安らかな顔で眠ってやがる。
さきほどまで俺と死闘を繰り広げたのなんてなかったみたいに、安心しきって寝ている。
無理もないかもな。
聞けば、異世界から召喚される勇者様ってのは、この世界にやってきてから偉大なる聖剣魔法の力を与えられ、圧倒的な身体能力や魔力も備わると聞いてる。
もとの世界は平和な世界らしい。
それなのに、こんな物騒な世界に呼び出されちゃって、さぞや苦労したに違いない。
そう思うと、敵だがなんだか憎めない相手に思えてくる。
見れば腕や手に細かな古傷がある。
戦っていた時は気づかなかったが、頬にも斬り傷が残っていた。
古傷をなぞるとむずむずと異世界勇者が反応する。
もう痛みはないらしいが、触るとくすぐったいらしい。
ぷっ、おもしろ。
「ベルーガ。こいつ、少し汗臭いぞ」
「女性に対して失礼ですよ」
しかたない、事実だ。
本人が目覚めていないのでギリギリセーフ!!
「風呂に入れて、服も着替えさせてやれ。療養所か、この城でもいいし、適当に休ませてやれ」
「良いのですか?目覚めたら、また敵になるかもしれません」
それはそう。
ごもっともな意見だ。
今殺してしまえば、一番楽なのだろう。
しかし、異世界勇者ひじりの顔の傷を見た時、なんだか俺はこいつが愛おしく思えたんだ。
訳も分からない自分と関係のない世界に呼ばれたのに、綺麗な顔に傷をつける程特訓したんだ。
全ては俺を殺すために……。尊いって思ったやつ取り消しで!
ま、まあ冷静になろう。俺が言いたいのは、そんな辛い思いをしてまで頑張ったこいつには、安らげる場所を提供したいってだけだ。
うまく説明すれば、俺が魔族やエルフと共存していることを理解してくれるかもしれない。
そうしたら戦わなくてもいい未来があるのでは?
そうなればいいな。
「ベルーガ、こいつが暴れたらまた俺が倒す。俺のバリア魔法、絶対に壊れないみたい」
「それは知っていますけど……」
聖剣魔法にも負けないらしい。
なら大丈夫だ。
「ミライエは、ドラゴンも、魔族も、エルフも、異世界勇者だって、来るものは拒まない。そういう国だ」
「……ふふっ。少し笑ってしまいました」
ベルーガが嬉しそうに笑う。彼女は笑顔が綺麗なんだ。場を明るくする華やかさがある。
「シールド様はそういう方でしたね。異存はありません。ベルーガ、行って参ります!」
「おう、頼んだ」
女性のであるベルーガが担当してくれるならありがたい。
異世界勇者の身柄を引き渡して、世話してもらうことにした。
異世界勇者に勝ったので、この戦争も勝ったみたいなものだろうと思ったけど、この日のうちにヘレナ国側は大きく攻勢に出る。
10万の軍を動かし、人海戦術でバリア魔法を壊しにかかるが、残念ながらびくりともしない。
聖剣魔法でさえ壊せなかったんだ。もう壊れないと思うよ……あれ。
何か自分のバリア魔法を他人事のように考えてしまった。
だって硬すぎるんだもん!
そりゃバリア魔法には自信があったし、絶対に壊れないようにひたすら修行をした。工夫もしたし、何よりバリア魔法が大好きだ。
しかし、自分でも想像していたよりはるかに硬い。俺のバリア魔法が硬すぎるんだが!?
とにかく、異世界勇者が壊せないなら、もうヘレナ国側に勝ちはあり得ない。
数日バリア魔法内から遠距離攻撃し続けて、相手の心を折るように伝えた。
軍は精力的で、命令にも忠実。
バリア魔法に守られたぬるい戦いは嫌うかと思ったが、そうでもないらしい。
集中が途切れないのはなにより彼らが優秀だと示していた。
そんなヘレナ国側の攻勢は、たったの二日で収まる。
一方的な被害で壊滅する前線。敗れた異世界勇者。ヘレナ国側の士気は既にボロボロだった。
伝説の傭兵団アトモスも動いたが、俺のバリア魔法の前にはどうしようもない。
迂回する軍がないかと心配したが、偵察部隊は常に放って警戒しているし、俺のバリアは長く国境に沿って張っている。早々簡単には抜けられない。
抜けるほど身動きしやすい数でもないだろう。
「勝っちゃった……」
戦いは決着がつくその瞬間まで油断しちゃだめだけど、これ勝っちゃいましたわ!
10万の軍も恐れるに足らず!
そう思っていると足元を掬われるようなことが起こっちゃいがちだ。ちょうどぴったりなタイミングで異世界勇者が目覚めたと報告を受ける。
「げっ」
なんか嫌なフラグを立てちゃったかもしれない。勝っちゃいましたわ!って思ったやつも撤回で!
「シールド様、異世界勇者がお会いになりたいと申しています」
「俺に?」
いや、俺以外知ってる人もいないか。
敵のトップだし、会いたがるのは当然だった。
話をする気があるだけで十分ありがたい。
ベルーガが俺に付き添って、彼女の寝室に向かった。
城の客人に使わせる部屋を与えている。
いきなり襲ってくるなんて勘弁しろよ。風呂も入れてやったし、最高のベッドで寝させてやったんだ。
室内の入ると、ベッドの上で静かに座って、窓辺を眺めているひじりの姿があった。
「……シールド・レイアレス」
ノックはしたが反応がなかったので入ったが、彼女が人の気配を感じて急いで眼鏡をかけた。
ぼんやりした雰囲気は消え去り、強い視線でこちらを見据える。
「おっと、怖い顔するな。飯は手を付けていないのか」
おそらく目覚めたタイミングでベルーガが気にかけて飯を運ばせたのだろう。
焼きたてのパンと肉と野菜を煮込んだスープ、フルーツ盛り、どれにも手を出していなかった。
「よっこいしょ」
ベッドの隣にあった椅子に腰かけ、スープを飲む。
「なんであんたが飲むのよ!!」
異世界勇者に凄い勢いでツッコまれた。びっくりして噴き出すところだった。勘弁してくれ。
「だって、飲まないんだろう?冷めたら勿体ない」
「話しながらパンにまで手をしてるし!!」
「だって食べないんだろう?冷めたら勿体ない」
「聞いた!それ聞いた!」
ついでにフルーツにも手を出しておく。
こうなったら全部俺のものだ。
「……しんど、あんた何者なの?寝起き早々叫ばせないでよ」
「シールド・レイアレス、バリア魔法使いだ!」
「……知ってるけど」
知ってるのに聞いた!?何この子、なんか嫌な子ね。
「何者ってのはそういうことじゃ……」
ああ、バリア魔法のことか。それは俺もよくわかっていない。頑丈すぎるバリア魔法には、自分でも驚いているくらいだからな。説明を求められても無理だ!
「まあいいや。外は静かだけど、まさか戦いがもう終わったとか?」
「いいや、カラサリスが一旦軍を立て直してるだけだ。でも、こっちが勝ってることに違いはない」
「そう……」
ひじりは少し凹んでいた。
自分の敗北が大きく影響していると思っているのだろう。
違います!ヘレナ軍がバリア魔法を突破できないだけです!
「聞いてもいい?」
「なんだ」
「なぜ私を殺さなかったの?寝ている間に殺せばよかったのに」
「だって俺の方が強いし」
「は?……凄いイラっと来た」
だって俺の方が強いし……。ね、ベルーガ。
振り返って助けを求めておいた。
少し険悪な雰囲気になる。
どうしたものか。こいつが好きそうな話題とか知らねー。
そんな呑気なことを考えていると、室内に強烈な音が鳴り響く。
グウウウウウウウ!
「な、なんだ!?敵襲か!?」
「……シールド様、異世界勇者がお腹を鳴らしただけです」
お腹の音?
まじかよ。異世界勇者は腹の鳴る音まで規格外なのか!?
顔を見ると、ひじりはほっぺを真っ赤にしてうつむいていた。
恥ずかしがることないのに。腹が減るのは健康な証だ。
二日も寝ていて、何も食べてないなら腹が減るのも無理はない。お腹が減れば飯がうまくなるし、誇ることだぞ。
「うまい飯を用意してやったのに」
「あんたが食べたじゃない!」
だって、冷めちゃいそうだったから……。
「それに、パンはあんまり好きじゃないのよ……。はあ、お米が食べたい。あったかい、炊き立てのお米が。あるわけないけど」
「あるぞ」
「米があればなぁ……。でもこんな異世界に米なんて。いっそのこと、このまま飢え死にでもしたほうが楽なんじゃ」
「あるぞ」
「うっさいわね!お米があるわけないじゃない!」
「いや、あるけど……」
何この子、こわー。
更に空気が悪くなった。事実を言ってるだけなのに……。わっ、泣いちゃった。
俺が真剣な顔をしているから、ひじりも薄々嘘じゃないと感じ始めたらしい。
「え?本当にあるの?」
「あるぞ」
「ええええええええええええええ!?」
3度目の返答で、ようやく反応して貰えた。




