87話 料理は下ごしらえが、戦いはバリア魔法の下準備が必要!
世界を混沌へと導くシールド・レイアレスの味方をするのならば、それはすなわち同じ悪である。とヘレナ国は豪語し、ミナントとウライ国、更にはイリアスをも敵に回している。
そう、大陸中が見守ることとなったこの戦い、実はミナントもウライも、イリアスもこちら側についてしまった。
公には参戦しないが、かなりの援助を受けているし、皆ヘレナ国の侵攻を批判する声明を発表している。
大陸の覇権を握っていたヘレナ国が相手だから他国の出方が気になったが、まさかの結果に!?
ここ数年衰退傾向があるとはいえ、まだまだ存在感の大きい国だ。それなのに……。
俺のバリア魔法、結構人気しています!オッズがうなぎ登りです!
そういう訳で、こちら側についてしまったミナントも少し立場が危なくなってしまった。
今回の戦いはミライエでは行われない。
ヘレナ国とミナントの北の国境である城塞都市オーレルベアでの決戦となった。
ミナントの国土を踏み荒らされてミライエまで侵攻されるわけにはいかないから、この地での決戦というわけだ。
南のパーレル側からの侵攻のほうがヘレナ国には都合が良いのだが、それではミライエまでの経路が遠くなるのと、ヘレナ国内部の事情もある。
ミナントが大きな商会が集まって作られた国であるように、ヘレナは大物貴族が集って作られた連合国だ。
パーレルと接するヘレナ国側の土地は古くからミナントと友好的であり、パーレルから侵攻するとなると内部分裂を起こしかねない。
そういった事情もあり、ドラゴンの森の南に位置する城塞都市オーレルベアでの決戦となったわけだ。
外敵を阻むように聳え立つオーレルベアの城を見ると、ミライエにはこういうしっかりしたものってないなぁと思わされる。
ミライエは発展しているようで、まだまだ小国だなと実感させられる。
遅れてこの地にやってきた俺は、ベルーガとカプレーゼから報告を受けていた。
跪く二人は既に戦闘を行っているみたいで、どこか表情も精力的だ。
「既に偵察部隊となんどか接触をしており、ミナント軍を率いてそれを撃破。ただいま10数回の小競り合いで、全てこちらが勝っております」
二人がいれば、並みの敵では適うはずもない。
宮廷魔法師が出てきてようやく勝負になるレベルだが、偵察部隊にそんな大物を向かわせることができるはずもない。
こちらはいきなりベルーガとカプレーゼを使うほど戦力が充実している。
やはり魔族を始めとしたミライエの我が配下は有能すぎる。
「流石だ。ベルーガ、カプレーゼ。お前たちを向かわせて正解だった」
「ありがたきお言葉」
「カプレーゼが一番頑張ったのです」
撫でてほしそうにしてたので、カプレーゼを撫でてやった。
「やった」
子猫みたいに嬉しそうに反応する奴だ。
「カプレーゼばかりずるいです」
……なんだそのいじらしい反応は!
ベルーガは頭を撫でてあげる年齢差でもないので、言葉で再三労ってあげた。機嫌は取り戻したが、なんともまだ物足りないようで。
「今は最前線にギガがおります。常に警戒してくれており、非常によく働いてくれております」
ギガにも報いて欲しいというベルーガからの報告だが、あいつはちょっと違うよな。
もちろん報奨金は出すし、直接褒めてもやる。
しかし、あいつおそらく単純に楽しいだけだ。
戦闘狂どもめ。
戦費でこちらは頭が痛いというのに、部下たちは結構この戦いを楽しみにしている。
異世界勇者が出てくるというのに、戦闘大好き民たちは死ぬことを恐れていないどころか、異世界勇者に負けて散るなら本望らしい。
ミライエのために戦い、異世界勇者に敗れる。戦士としてこれ以上の誇りがあるか!だそうだ。わからん!俺にはわからん感情だ!
戦闘狂といえば、セカイももちろん付いて来ている。
俺と先にここに入ったのはセカイと、フェイとコンブちゃんだけだ。
異世界勇者は嫌だと言っていたフェイだったが、一応その姿を見ておきたいらしい。
「あれを倒したら、亡骸はワシが食べる」だそうだ。
美味しいところだけ持っていくつもりらしい。あいつと一緒にショッギョを食べると、脂身だけ取られる。赤身の部分を食べさせられるのはいつも俺だ。いつだって美味しいとこどり!
フェイは相手を食べることで相手の能力を手に入れることができる。
聖剣の魔法と、オリジナル魔法をも吸収された日には、フェイはいよいよ世界を滅ぼす力を手に入れてしまいそうだ。
恐ろしい。
そんな3人は、この城塞都市オーレルベアの温泉に入りにいった。
どうせ酒も飲んでいることだろう。気楽なことだ。
軍は遅れて付いてきている。オリバーが率いており、アカネとダイゴ、ルミエスも同伴させている。
天才キッズたちを呼んでおいたのは、彼らが大きく成長しているからだ。
体が大きくなっただけではない。
エルフの老害戦士ヌーメノンの育成が順調らしい。
ヌーメノン曰く、アカネはイデアを超える逸材かもしれないと。
ダイゴは特異な才能を持ち、ルミエスのバリア魔法は日に日に硬くなっているらしい。
才能あふれるルミエスに、なぜバリア魔法しか教えないのかと尋ねられたが、俺のただの娯楽なので適当に理由をつけて返答しておいた。
かかかっ、ただの意地悪なのでお気になさらず。最高だ、いつ思い出しても笑える鉄板ネタ。
「さて、準備に入るとしよう」
「お供します」
流石、ベルーガ。
俺がこの地に早くやってきて何をしたいのか既に理解している。
護衛兼付き添いとして一緒に付いてきてくれる。久々に乗ったグリフィンはやはり自分で飛ぶよりもかなりスムーズに移動ができた。ベルーガは有能だし、使役する魔獣も有能そのもの。
空から、最前線で圧倒的なオーラを放つギガを見つけた。
国境となっている川の向こうを睨みつけて、仁王立ちしている。
その迫力に味方のミナント軍も少し困った様子である。
「ギガ、おつかれ。休憩に入れ。決戦はこれからだからな」
「はっ」
城塞都市に戻って休んでほしかったが、ギガはこの地に野宿するらしい。
その方が心地いいんだと。
本人がそれでいいなら、俺から言うことはない。
ゆっくりと体を休めてくれ。さっそく焚火を作って、魚を焼いている。原始的だが、あれが城の飯よりうまそうに見えるのは、俺もこっち側の人間だからかもしれない。
さてさて、国境となっている川に沿って、俺が広大なバリアを張っていく。
聖なるバリアは時間がかかる。あれを作ろうとすると疲れるんだよな。
しかし、1枚のバリアなら簡単に作れる。
川に沿って、ヘレナ国を拒絶するように作った巨大なバリアだ。
バリアは空まで伸びる。これを突破しない限り、ミライエはおろか、城塞都市オーレルベアにすら足を踏み入れることはかなわない。
さて、異世界勇者よ、俺のバリアを前にどう出る?お前の本領を見せて貰おうか。
――。
「急報!国境付近に巨大なバリアが発生!城塞都市オーレルベアにシールド・レイアレスが入ったものと思われます」
「きたか……」
ヘレナ国の天幕内に急ぎの知らせが入った。
城塞都市オーレルベアに現れたバリア。
小さいバリアで、普通に壊れるレベルならだれでも作れる。
しかし、異常なサイズ、そして圧倒的なスピードで作られるバリアは間違いなくシールド・レイアレスのものだ。
見慣れた者なら、硬さを測るまでもなく、シールド・レイアレスのバリア魔法だとわかる。
「シールド・レイアレスが近くに」
あと1日もすれば、ヘレナ国側の城塞都市に入り、明日には最前線まで辿り着けそうなところまで来ていた。
今は天幕でカラサリスと戦いの詳細を詰めていたが、ひじりは未だに悩みの中にいる。
戦いへの決心がついていない。
それはやはり、ヘレナ国からもたらされる情報と、カトリーヌの語るシールド像が全く違うことに起因する。
何度も振り切ったはずだが、それでも呪いのようにまとわりつく。
シールド・レイアレスが悪なら、なぜ他国は全てミライエの味方に付いたのか。
なぜヘレナ国を批判する声明を出すのか。
ミナントに近づくにつれて、ミライエの発展する話もちらほらと聞こえる。やはり、真実が分からない。
悩んでも仕方ないことはわかっている。それでも……。
「どうした、ひじり。この戦いはお前にかかっているんだぞ」
「わかっています……!」
少し、苛立ちを抑えきれない。
カラサリスに言われずとも、そんなことはわかっている。
ヘレナ国も本気だし、大陸を巻き込んだ大きな戦いになっている。
自分が活躍しなければ、死者が多く出る。
それは活躍しても同じか……。
「とにかく、シールド・レイアレスのバリアを見てみたい。全ては、それからです」
そう、彼のバリアを壊さない限り、戦いにもならない。
これまであらゆる天才たちが破れなかったバリア魔法らしい。
一体どれほどのものかずっと気になっていた。しかし、不思議と勝てる自信はある。この世界に呼ばれた瞬間から、全能感に近いものが心の底にある。勘違いではない、確かな力だ。
ヘレナ軍は進む。
日が暮れた頃、国境付近の拠点に入りこんだ。
カラサリスとひじりは最前線の砦へと入る。案内された2階のテラスから、城主とカラサリス、ひじりの3人で巨大な壁のように聳え立つバリア魔法を見た。
始めてみるシールド・レイアレスのバリア魔法。
半透明なそれは、夕日に照らされて美しく佇んでいた。
「……え」
少し間抜けな声を漏らす。
ひじりの意外そうな反応に、二人はその顔を覗き込んだ。
「これって」
「どうした」
「どう見ても、ただのバリア魔法じゃないですか?こんな初級魔法が、なぜ壊せないんですか?」
「……壊れないんだよ、これが」
ひじりはまだそのバリア魔法の硬さを知らない。




