63話 開戦に備えて、バリア魔法を新しく
領内のことに集中したいが、時代の荒波はそうはさせてくれない。いよいよ戦いのときが来た。
俺として平和に生きていたいのだが、ダークエルフが攻めてくるから仕方ない。
大義名分などない、完全な侵略だ。
その矛先がミライエだったのは完全な不運だったけど、ここで食い止められたら大陸に被害が及ばない。大陸の盾の役を担ってやるとしよう。
さてさて、魔法使い史上最高の才能と呼ばれ、おまけに長年鍛錬を行っていると言われるイデアは、一体どれほどの存在なのか。
俺のバリア魔法を突破できる存在なのだろうか?
良い試金石となる。一代でダークエルフの帝国を作り上げた異端な存在と、俺のバリア魔法。一体どちらが上か、ぶつかり合ってみてもいいかもしれない。
お互いの至高の魔法をぶつけあって見ようじゃないか。
エルフの島の海岸に大量の船が並んだ報告を受けたとき、俺はまだ紅茶片手に優雅な時間を過ごしていた。
捕らえたエルフから作戦を聞き出しているのと、偵察部隊も機能している。情報がいち早く手元に入る。
相手の総数、3万。
事前に得ていた情報とほとんど同じ戦力。
流石に身震いする数だ。魔法に長けたエルフが3万もいるのは、普通なら世界が滅びかねない程の脅威。
しかし、こちらには聖なるバリアがある。
どれだけ強大な力でもバリア魔法が突破されない限り、領地にはなんら被害は及ばないだろう。
そして、この報告を受けてすぐに、俺は新しいバリアを張ることにした。
海の真ん中に、ミライエとエルフ島を完全に遮断するバリアを張る。
これは聖なるバリアとは違い、一切なにも通さないバリアだ。
相手の数が3万だろうが、このバリア魔法が壊れない限り何も通さない。
自軍にはこのバリア魔法の内側で戦ってもらう予定だ。
ちなみにこちら側からの攻撃は通るつくりにしてある。なんという便利さ。己のバリア魔法に惚れ惚れする。
相手の魔法や武器は完全にシャットアウトし、船の通過も許さない。
こちら側からはすべてが通る。
バリア魔法やはり最強か?
オートシールド付きの軍船をルミエスの港に並べ、正規軍500名を乗せる。
この船だけでも相当強いのだが、うちの精鋭たちの自信に満ち溢れた顔をしている。面構えが違う。
え?なに?この勝ちを信じて疑わない表情は?
もしかして日和ってるやついない?
一人捕まえて聞いてみた。
「どうだ? エルフ3万は流石に無理を強いる。無茶な仕事をさせてすまないな」
「いえ、むしろこの時のための日ごろの訓練ですから。それに我が領地にはシールド様のバリア魔法があります。負ける未来が見えません」
普段は訓練と領内の治安維持しかしていない正規軍が、ようやく正規の仕事ができるということで皆燃えていた。
実は恐怖もあるみたいだが、それ以上に戦う意義を見つけて奮起しているらしい。仕上がりすぎている。
俺氏、また泣いちゃいそう。
ミライエ、凄く良い場所です。人も土地もあったけぇ。
我が軍に隙はない。完全な一枚岩だ。それに加え、ウライ国から兵を1000名、ミナントからは1500名も兵をお借りできた。
友好関係の賜物だが、二国にも関係する戦いでもあるだからだろう。ミライエが滅びれば、ダークエルフの次の矛先はウライかミナントのどちらかになるなんて明白だ。
それだけが目的ではないかもしれない。俺に恩を売りたいんだろうな。
後日のお礼もしなきゃいけないよなぁ。なんて考えたり。
流石にこれだけの兵力をお借りして何もお返ししないのは無礼だろう。
全く、この戦いでエルフの島でも得なければ大損になるぞ。
「はっ!?」
自分で言って、自分で気づいたのだが、この戦いに勝利してイデアの首を刎ねたら、もしかしてエルフの島って俺のものになる?
エルフたちの反感を買うかもしれないが、支配から解放してやれば恩は売れるはずだ。
それにやりようによっては、エルフの島を手に入れるまではいかなくとも、有益な関係を築けるかもしれない。
ただただ大損するだけの戦いに思えていた今回の戦争が、思わぬ利益を生んでくれるかもしれない。正規軍に実戦経験を積ませられる機会でもある。意外と悪くないビッグイベントだったりする? そんな気がしてきた。
途端にやる気が沸いてきた俺は、正規軍を鼓舞し始める。
俺が声をかけてやれば、皆の士気が上がっていくのが分かるので、どんどん声をかけていく。ひたすらお得な行動だな。
声をかけるだけで皆のやる気が上がる。コスパ最強か?
ちなみに、フェイとリヴァイアサンは参戦してくれないとのことだ。
「お主が手に負えんかったら、助けてやらんこともない」
「エルフの方がちょっとだけ美しいですからね。やる気が出ません」
最強の二人がこの有様だ。
まあ、もとより戦力には加えていない。
あの二人が暴れたら、自軍にも被害が出そうなので大人しくしてくれているくらいがちょうどいいだろう。本陣にいてくれた方が、安心感もある。
領地を守るだけでなく、メリットも見えてきたこの戦い。
完璧に勝つ必要が出てきた。
軍船の指揮は、オリバーとカプレーゼに任せるとして、俺は本命の作戦をアザゼルとベルーガに伝える。
二人にはこの作戦に加わってもらう必要もあるので、詳細に話を詰める。
「リスクが大きいですが、一番被害の少ない方法でもありますね」
「予定通り、これで行こうと思う」
「シールド様自ら行く必要がないと思いますが……。何せ、今海に張ったバリアの内側で守れば時間はかかりますが確実に勝てるかと」
アザゼルは少しこの作戦に反対みたいだ。
俺のバリア魔法に絶対の信頼を置いているからこそ、安全に戦いたいという考え。
しかし、あまり時間をかけたくない。
軍の準備段階でさえ、すでに莫大な金が動いている。
この上、持久戦ともなれば一体どれほどの金が飛んでいくことか。
大陸最強のコーンウェル商会が補給を手伝ってくれると約束しているが、あのずる賢い商会が無償で働いてくれるはずもない。絶対に後からいろいろ要求してくれるに違いない。絶対に借りを作りたくない相手だ。
速めに決着をつけるのは、被害が少ないのはもちろん、金銭面でも非常に大きな恩恵がある。
だから、速めに決着のつくこの作戦を実行したいという考えだ。
「私は賛成です。シールド様が負けるはずがないですし、何よりアザゼル様。私たち二人がついていくのです。シールド様に指一本触れさせなければいいだけのこと」
おっ? アザゼルの意見に反対して、自らの意見を口にするベルーガを始めてみたかもしれない。その視線からは、彼女の強い意志も見え隠れする。
「ふむ。……ベルーガの言う通りですね。では、この作戦で行きましょう」
ベルーガのおかげで、アザゼルの賛同も得られた。
物凄く頼もしい。それに、ベルーガが何より凄く燃えている。
普段大人しくてまじめな彼女が隠れてヨシッとか言っているのがとても可愛らしい。
彼女は容姿がとても美しいので、たまに公私混同しちゃいそうになる。気をつけねば!
「ミナントからガブリエルが助っ人に来てくれるらしい」
「断ってください!」
ベルーガがなぜかガブリエルを激しく拒絶する。
空間魔法の使えるガブリエルは非常に重宝すべき存在なのだが?
今回の作戦でも、協力願えるなら非常に助かる。
「あれは駄目です。あれはハレンチです。戦いの場に相応しくありません」
プンプンと機嫌を損ねるベルーガが少しだけかわいかったけど、申し訳ない。ガブリエルはもうこっちに向かっているんだ。今更断れない。
空間魔法は役に立つんだ。居て困ることはない。
準備は大方整った。
士気も高い。
「さて、イデアにわからせる時が来た」
――。
今日も煌びやかなローブを一枚だけ羽織った半裸のイデアは3万もの軍勢を見下ろした。
城の屋上からは海を眺めることができ、無数の船が並ぶ光景に心地よさを覚える。
自分の圧倒的な力による支配が作り上げた光景だ。
なんとも言いえぬ快感が押し寄せる。下半身に熱が籠り、イデアはそれを誇るように堂々と立ち尽くす。
「イデア様、出撃の準備が整っております」
「わかった。それにしても……」
イデアは一つだけ気がかりだった。
既にミライエに忍び込ませたダークエルフたちがいつまで待っても、領内を乱すような行動を起こさない。
やられるにしても多少の騒ぎがありそうなのに、それすらない。ミライエがあまりに静かすぎる。
報告も途絶え、送り込んだダークエルフたちの行方も知れず。
「まさか本当にやられた? それも抵抗することもできずに圧倒的な力で抑え込まれた……」
一人で憶測を口にするが、それは考えづらいとどうしても思ってしまう。
鍛えぬいた部下たちが、人間ごときに遅れをとるとは考えづらい。
「確かな情報ではありませんが、シールド・レイアレスは魔族を従えているという噂が」
部下の報告に少し驚く。
「魔族を?」
しかし、その程度で恐れることもない。
どのみち勝ちは揺るがないが、部下やられた理由は少しだけ納得がいく。
魔族がいるなら、本当に抵抗もできずにやられた可能性が出てくる。
「まあ、どうせ碌な魔族ではなかろう。たかが人間ごときに使われるようではな」
「それが……これも不確かな情報ではありますが、あのアザゼルが人間に味方しているという噂も」
アザゼル。その名は当然イデアも聞き及んでいる。
300年前の神々の戦争時代に名を売った魔族の英雄だ。
アザゼルの戦いっぷりは、人間とエルフに絶望を与え、同族の魔族さえも恐れさせたらしい。
異世界からやってきた勇者がいなければ、あれを止めるのは不可能だったと。
ドラゴンという圧倒的な存在に唯一対等に扱われた魔族だと歴史に記されている。
「ふっははははは。そうでなくては。面白い! ようやくやる気が出てきた。あのバリア魔法を壊すだけでは物足りないと思っていたのだ」
「しかし、アザゼルは強敵。イデア様の身にも危険が及ぶやもしれません」
「赤いドラゴンを放て。シールド・レイアレスとアザゼルの首は余がとる。それに集中したい。他は赤いドラゴンに任せろ」
「しかし、あれはまだ調教不足。人間の領地が焼け野原になる可能性も……」
「それでいい。静観している人間どもに恐怖を与える必要があるからな」
ダークエルフ側の作戦は王道。
イデアがバリア魔法を壊して、その後は数で制圧。
グウィバーと並ぶ赤いドラゴンもいる。バリア魔法を壊して以降、蹂躙する未来が見える。
数も質も負けていないと思っているイデアは、勝利を確信していた。
何より、自分がいる限り、負けはないと理解している。
「シールド・レイアレスとアザゼルか。くくくっ、どちから食らってやろうか」
イデアが大陸に覇道を唱えるために、一歩を踏み出す。
ミライエへ向けての進軍が開始された。




