52話 飛べないバリア魔法はただのバリア魔法
でかい問題は一旦置いておくとして、目の前の問題に対処することにした。
あまりに大きすぎる問題は、時として人を現実から目を背けさせるからだ。
「すみません、シールド様。報告するにしてもタイミングを考えるべきでした」
「いや、いいんだ」
俺が明らかに動揺していたからアザゼルに気を使わせてしまうことになってしまった。
まあ、実際そこまで凹むことはない。
俺の聖なるバリアがある限り、敵は攻め入って来られない。
数がいくらいようが、結局はそうなる。
何を凹んでいたんだと開き直るほどに、簡単な問題だった。
俺のバリアは壊れない。ならなにも恐れる必要なんてないじゃないか。数の暴力に騙されたな……。
「アザゼル、俺はなんだか元気が出たぞ! さあ、ネズミを全力で狩るとしよう」
トラはウサギを狩るのにも手を抜かないという。
俺たちは絶対的な魔法を持っていながら、全力でダークエルフをねじ伏せに行く。これが一流ってもんよ。たぶん。
偵察部隊が掴んだダークエルフの潜伏先は、小さな島だった。
ミライエの小さな港から見える程度の距離にある孤島。
「以前から海賊共が根城にしていると噂の島です」
「海賊?」
海賊って俺の知っているあの海賊? 片目に眼帯、片腕がフックで、いつも酒を飲んでて……あんまり情報を知らなかった。
「ええ、噂程度でしたが、噂は本当みたいでしたね」
孤島の海岸沿いに大きめの船が何隻か見える。
単眼鏡を借りて覗き込めば、島には人が住んでいる形跡もあった。
「なんで海賊が放置されている」
「申し訳ございません。噂程度だったのと、規模が小さかったため野放しにしておりました」
聞けば、でかい商船なんかは狙わないらしい。
自分たちが相手に出来そうな小物ばかりを狙うらしい。
それにもっと悪い噂もあるとか。
「奴隷貿易!?」
「はい、ミナントでは禁止されている商売ですが、それも噂には上がっておりました」
うーん、放置しちゃダメな気がしてきた。けれど、アザゼルに罪はない。
むしろ、これらをのさばらせていたのは俺の責任だ。
日々新しいことばかりをはじめ、何かを作ってばかりいた。
こういう闇の部分には触れてこなかったのだ。
情報だけでも知っていたアザゼルのほうが数百倍偉い。
領地の運営に大きくかかわる事柄なら知らせていただろうけど、やはりこの程度では俺の耳に入れる程ではないと思ったんだろうな。日々数万人規模を動かす処理ばかりして、こういう小さな案件は耳にすら入れてなかった。
街づくりだけでなく、今後はこういう問題にも対処していくか。
「さて、いい機会だ。ダークエルフと海賊が揃っているんだ。まとめて潰そうか」
ミライエから少し離れた島にあるのもいい。
存分に暴れまわっても、俺の領地に被害が及ぶことはない。
従えてきたのは、アザゼルが選んだ魔族の精鋭20名。
ベルーガ、カプレーゼ、チクタクを筆頭に、他も強力な魔法を使う連中ばかり。
軍からはオリバーと、厳選した人間を3名連れてきている。
バリア魔法しか使えない俺には、誰が強いのとかいまいちわからない。
みんなおんなじ。俺のバリア魔法を突破できないなら、申し訳ないが皆一緒。判断がつかないんだ、フェイとかメレルくらい突出していないと。
アザゼルにあの三人は大丈夫なのかと聞いたが、問題ないとの返答を貰った。実力十分。
今回、自軍から被害は出したくない。だから中途半端な連中は連れてきていない。その意図を理解していて、選び抜かれた総勢26名で来ている。
全員目を輝かせて好戦的なのは、手柄を欲しているからだろうか?
そういえば、アザゼルとかベルーガばかり重宝しているからな。全員に活躍の機会を与えられる場というのは、もっと用意してあげた方がいいかもしれない。
ファンサみたいに、眠れる人材は魔族に限らず人間側にも多くいそうだ。
のし上がりたい者には、今後も機会を与えるとしよう。実力があれば、自ずと頭角を現すはずだ。
「俺からの命令は二つだけだ」
大事なことだから、声を張り上げて伝える。
「一匹も逃すな。そして、誰一人死ぬな。それだけだ」
盛大に盛り上がる声が響いた。
案外、俺は盛り上げ上手かもしれない。仲間の士気が高まったのを感じて、いよいよ進軍する。
魔族の大半が空を飛んで、島へと向かう。
船に乗ったのは、俺とオリバーと付き添いのアザゼルだけだ。
……こういうとき、恥ずかしいんだよな。バリア魔法しか使えないから。
みんな当たり前のように空を飛ぶ魔法を使うよな。そんなのどこで習ったの? 学校? 家? 俺は習わなかったけど!!
「まあ、先に行かせるか。敵はどのくらいいるんだ?」
「ダークエルフは300ほど確認できています。海賊を味方につけていれば、もっと数は増えるかと思われます」
なるほどね。島の規模からして最大で500くらいか。
すくなっ!
3万対500を考えると、とんでもなく簡単な戦いに思えてくる。
今回は正面から挑むが、最強のダークエルフイデアと戦うときは、バリアに引きこもっちゃおうかなぁ。
……いや、それはつまらない。どうせ俺のバリアが壊れないとわかると、小賢しい手に出てくるに違いない。
こちらも詭道で行くか。作戦がないわけではない。簡単に思いつくだけでも、数個アイデアが出てきた。
来たる本番が楽しみになりつつも、取り敢えずは目の前の敵に専念することにした。
エルフは特殊な魔法を使う。
生きた長さが違う故、鍛錬の時間も、知識の深さも全く違う。魔力をそのまま飛ばして矢としてきたときは、本当に驚かされた。
今回も、何か新しいものを見せてくれるだろう。ダークエルフとの戦いは学ぶことも多い。
先着組がすでに戦いを始めていた。
あらら、船じゃやはり空のスピードには追い付けないか。
島が騒々しい。かなりの数がいると思われ、あちこちで魔法が使われ、静かな島の姿は一瞬で消え去った。
激しい戦闘が繰り広げられる。
「どうやら、俺たちのお客さんもいるようだ」
島の対岸で、一列に並んだダークエルフの一団が弓を構えてこちらを狙っている。
「上は放っておけ。船に乗っているのがシールド・レイアレスだ。あれさえ討てば、我らの勝ちだぞ!!」
ダークエルフの声が、俺の乗っている船まで聞こえてきた。
こちらの襲撃も筒抜けだったか。
魔力に敏感なダークエルフに対して奇襲は難しいと思っていたが、まんまと罠にかかった状態だ。
船では機敏な動きができず、一方的に矢が当たる。
ダークエルフのあの強烈な矢が無数に降り注げば、船は木端微塵になるだおる。
俺の存在もバレているようだし。
結構危ない状況だな。まっ、俺がいなければだけどな。
「放てー!!」
ダークエルフの怒号とともに、空を黒く染め上げる程の矢が降り注ぐ。拡散する魔法の矢。
どういう魔法かは知らないが、弧を描いて飛んでくる矢は万を超す数だった。
あれが綺麗に同時に飛んで来たら、空の光も遮られるわけだ。
矢の中には、魔法で作られたもの、魔力だけで形作ったもの、更には本物の矢も混じっている。
なるほど、俺が相手の攻撃を反射するのも情報共有できているらしい。アイデアを捻って来たわけか。
気に入った。
「バリア」
俺が使う魔法は、ただのシンプルなバリア。人生で最初に覚え、最も得意とし、最も普遍的な魔法。ただ守る。その一点に関して、これ以上に強い魔法を知らない。原点にして最強。
万を超すありとあらゆる矢が空から降り注ぐ。その時間、10分にも及んだ。
その間、ひたすらにバリアで守る。
空から槍が降ってるっていうのはこんな景色なんだろうな。
張ったバリアは船全体を覆うもので、10分間の攻撃にもびくりともしなかった。
悪いな。この程度じゃ壊れないんだ。
ダークエルフの一団による、普通なら必殺に至る攻撃をいなし、島へと近づいていく。
なんとなく船から見ていて気づいてはいたが、俺たちが上陸したころには、島での戦いは終わりかけていた。
あとは残党を追いかけ回す段階に入っている。
船を狙ってきた弓矢のダークエルフの一団もたった一人の魔族に倒されて壊滅している。
矢が次第に収まったのは、彼のおかげか。
なんとも恐ろしいやつがいたものだ。
「よっと」
船から飛び降りて、島に上陸する。
ベルーガがグリフィンから飛び降りて接近してくる。
「生きているものは捉えて捕虜にしております。ダークエルフ、海賊共に2割ほど生きております。お好きなようにご利用ください」
なんとも仕事が早いことで。
船に乗って、バリアを張っただけで全てが終わってしまった。
いいのかこれで……。まあ、いいよね!
状況整理と残党狩りがほとんど終わり、捕虜たちが島の岸に並べられていく。
これから船を何隻か回して、順々にこいつらを連行する予定だ。
海賊は新しく見つかった鉱山行き。仕事はきついが、ちゃんと働けば真っ当な道を歩めるようにしてやる措置をとる。
ダークエルフはアザゼルが情報を搾り取るらしい。うー、怖い。情報を吐くことをお勧めするぞ。
今後の予定も決まったことだし、仲間の安否も確認しておいた。
「優秀だな。全員よくやった。命令通りじゃないか」
結構ボロボロになっているやつもいたが、命令通り皆生きて戻ってきた。
なんとも頼りになる。
イデアとの闘いで、俺が考えているアイデアでも彼らにお世話になることだろう。
今のうちに実力を見られたのはでかい。
戦いが終わったら、褒美を出してやらねば。
頑張った奴らが報われる、ミライエはそういう領地だ。
「最大の手柄はギガです。以前より強い魔族と知っていましたが、今日も存分に活躍したようで」
上陸した魔族たちの満場一致で、一番の功労者はギガと呼ばれた魔族ということになった。ベルーガからも太鼓判を押す程の活躍だ。
何せ海岸にいたダークエルフの弓矢部隊を一人で壊滅させた男だからな。俺も海岸での暴れっぷりは見ていた。
圧倒的な暴力、そう表現せざるを得ない強さだった。途中岩を武器にしていたときは、いろんな意味で目を疑ったほどだ。もっと効率のいいものがあるだろうに……とかは言わないでおく。
近くで見ると、両腕の筋肉が発達した魔族だった。刺青のような黒いゆらゆらとした線が描かれている。彼の一族に伝わる秘伝の魔法らしいが、詳しいことは知らない。
身体強化魔法を得意とし、自身の体のスペックの高さと合わさってぶっ壊れた肉弾戦の強さを発揮する魔族。それがギガという男のすべてだ。シンプルが故に強い。俺のただのバリアと同じ原理だな。
「ギガか。名前と顔を憶えておく。何か欲しいものは? 帰ったら用意しよう」
「物はいらない。ここでの生活は気に入っている」
「だが、困る。褒美を取らせねば、他の者が活躍したときにも、何も貰えないのかと変な噂が流れかねない。貰ってくれ。なんでもいいから」
いかにも無口そうで、硬派なギガが黙り込む。ちゃんと考えてくれているようだ。
なんでもいいんだ。これでも最近すんごい金持ち領主になってるから。
「……シールド様と戦いたい」
「ほう。俺は、ステゴロは無理だ。魔法を使うが、いいのか?」
「もちろん」
「ならいつでもこい」
バリア――物理反射
一瞬鈍く重たい音が波の音を打ち消し、またすぐに穏やかな波の音が戻ってきた。
海岸に打ち上げられた鯨のようにぐったりと倒れこんだギガを船に乗せ、俺たちは戻って勝利の美酒を味わうことにした。
うぇーいよー、今日はパーティーじゃあ。




