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51話 バリア魔法に忍び込んだネズミたち

あのフェイが体調を崩して寝込んでいるらしい。

バカとフェイは風邪をひかないと聞いていたのに、どういうことだ!?

そんなわけがあるかと信じられず、フェイの自室へと向かった。


「本当に寝込んでいる!?」

俺は目の前の光景を信じられず、気が動転する。

え? フェイが体調を崩すことってあるの?

世の理に反していないか?


「今朝から食事も水もいらないとのことで、人も近づけず」

フェイお気に入りの、よく働く次女マリーも心配そうに部屋の外で待機していた。事情を説明してくれたが、彼女もなぜ体調を崩したかは知らない。

見た目は何もケガや病気してなさそうだが、すやすやと寝ていた。

マリーに断って、室内に入る。


「おい、フェイ。どうしたんだよ。飯食うぞ」

寝ているフェイの頬をぺちぺちと叩いて揺り起こす。

ぺちぺち、ぺちぺち、ぺちぺち!


この作業、おもしろ。

ぺちぺち!!


「……なんじゃあ。鬱陶しいのお」

片目だけ開いたフェイが俺のことを面倒くさそうに見上げる。

「起きたか。おい、飯食うぞ。今日は祝いだから美味しいものをたくさん取り寄せている」

「……悩ましいが、寝る」

「は!?」

本気で言っている?


マリーから聞いたときは信じられない思いだった。しかし、こうしてフェイから直接聞いてもまだ信じられない。

どれだけ疲れてるんだ。フェイが御馳走より睡眠を優先するだと!?

空から槍が降るのがあり得ないように、フェイが食事を頭ワシにするのもあり得ないんだが!?


「おいおい、どうしたんだよ。医者呼ぼうか?」

「人間の医者など役に立つか! 眠っていれば直に治る」

「領内には回復魔法師とかもいるぞ。凄腕を呼べば早めに治るかも」

「別に大したことはない。寝るのが一番じゃ。我のことを思うなら、このまま寝かせろ」

目を閉じて、布団を頭まで被せて、しっしっと片手で追い払われた。

布団を剥がす。最後にもう一度頬をぺちぺちしておく。抵抗できないうちにこういう遊びはしておくものだ。


まじかー。世の中いろんな不思議なことがあるけど、フェイが体調不良で寝込むのかー。ミライエ七不思議に入れておこう。


「マリーを常につけておくから、何かあったら言いつけろ」

「おう、我はもう寝る」

扉を閉めて、静かに寝させてやった。

マリーが手を握って看病してくれているので、後は任せよう。


そろそろ使用人を増やさないとな。

今はマリーが良くやってくれているが、このままでは倒れてしまいかねない。

いくら給料払いが良いからといっても、そろそろ改善せねば。


新しい城はでかくなる予定だし、そろそろいい人材の確保に入るとしよう。


執務室でサマルトリの件について処理している間、アザゼルがやってきた。

「フェイ様はどうでした?」

「んー、あいつが寝込むなら、相当なものだろうな。けど、本人も言っていたが休んでいたら大丈夫そうでもある」

将来、俺のことを食べるとか豪語しているやつのことを心配するのもなんだか違う気がするけど、まあいなくなったらいなくなったで寂しいから、労わってやろう。いなくなるにしてももう少し先の未来でいい。

俺がヨボヨボになって耄碌したころに飽きて去ってくれたら、人類の未来も明るいし、俺の老後も安泰だ。そんな未来が理想的である。


「そうですか。やはり何か大きな戦いをしてきたのでしょうか? 先日の空の異常気象、あれはフェイ様かもしれませんね」

あれが?

ウライ国に旅立つ前に見た天変地異を思わせるあの光景か。


雲の上で凄いことが起きていそうだった。

フェイならあんなこともできそうだけど、うーん。あいつがまじめに何かをするっていうのが想像できない。

惰眠、暴食、暴言、暴力、それがフェイだ。空の上で暴力を働いて来たのかもしれない。それなら納得。


「変なものを食べて腹でも下しているんだろ」

「それだといいのですが」

まあ何があったにせよ、あいつが大丈夫だと言っているなら大丈夫だ。

今は回復を待つだけでいい。

どうせ目覚めたら死ぬほど食べるんだ。心配するよりも、極上の食べ物をたくさん用意しておくほうが、あいつを思う方向性としては正解だ。


「ところで、使用人が足りないんだが、魔族の中にいいのがいないか?」

なんでも魔族頼りは良くないなと思いつつも、実際別格に役に立つのですぐに頼ってしまいがち。

使い勝手がいいんだ。有能でまじめなやつばかりだから、上に立つ者としては非常に都合が良い。


「おります。すぐに手配いたしましょう」

いるんだよねー。

むしろ今まで声をかけなかったことが申し訳ないくらいに人材が溢れているんですよ。これがミライエの強みであり、魔族を味方につけた俺の強みだ。


アザゼルがすぐに手配してくれた。

スーパー召使いになれる逸材、ファンサがやってきた。

黒髪黒目で、メイド服を着た三つ編みの女性。背中に黒いカラスのような翼がなければ、ほとんど人間と変わらない見た目の眼鏡女子だった。


眼鏡のせいか、それとももともとそうなのか、利発そうな顔だちをしている。


「シールド様、お初にお目にかかります。ファンサと申します。何の仕事でもお申し付けください」

「助かる。侍女のマリーがフェイにつきっきりになっているから、彼女の仕事を全て代わりにやってくれ」

「それは当然です。その他には?」

その他って何?

それだけやってくれれば大満足なんだけど。


マリーの仕事ぶりは非常によろしくて、あのクオリティを維持してくれるなら何の文句もない。本当にそれだけでいい。


「取り敢えず、実力を見せてくれ。それから仕事を頼む」

「はい、畏まりました」

頭を下げて退出していくファンサは、さっそく仕事にとりかかっていた。


聞けば、ファンサはこれまでルミエス・ミライエの教育を任されていたらしい。

ルミエスは、先代領主の佞臣にして後に裏切り行為をしたヴァンガッホにより幽閉されていたので、ろくな教育を受けていなかった。それどころか心に傷も負っていたらしいが、このファンサのおかげで立ち直れて、まともな知識と常識も身に着けている。


よくよく考えてみれば、初めて会った時のルミエスの貧相な体と、生気を感じられない淀んだ瞳の色を思い出すと、ああして元気に俺から領地を取り戻すとか言っている今のルミエスは奇跡かもしれない。


もはや教育者というか、再生者である。

ファンサは魔法を教えるなという俺の言いつけを守り、バリア魔法だけは学ばせるという約束もしっかりと守っていた。

ルミエスがああしてバリア魔法を覚えたのも、ファンサが一から魔法理論を叩きこんだからだ。

人格の形成に、基礎教育、魔法の基礎、更には心の傷の回復まで。彼女は一体どれだけ緻密な仕事をこなしたことだろうか。

頭の下がる思いをしたのは、久々だった。


「彼女がいなければ、ルミエスは壊れていたでしょうね」

アザゼルの評価だ。

俺はこれまでファンサを知らなかったから、仕事ぶりを知らないが、アザゼルがこれだけ直接的に評価する魔族も珍しい。


ルミエスが必死にバリア魔法だけ使っている姿は最高に面白いので、俺の楽しみを作ってくれたファンサには感謝である。


「ファンサといるとき、ルミエスは驚くほどいい子ですよ。今後またシールド様に失礼なことを言わないよう、ファンサから言い聞かせましょうか?」

「いや、あれは面白いからそのままで」

何より立派じゃないか。

父の残した領地を想い、あの年で大の大人に対抗するメンタルは評価すべきだ。このまままっすぐ育てば、後に大きな存在になり得る。

今はゆっくり育つのを待とう。変にくぎを刺すのは良くない。


それに、やっぱりあいつが必死に抵抗したいにも関わらず、バリア魔法しか使えないってのが最高に面白いんだ。

才能も志も、素晴らしい血筋もあるのに、使える魔法はバリア魔法だけ。あっひゃひゃひゃ。最高の酒の肴だ、あれは。

ひとしきり笑いに笑って、俺は今日も仕事を淡々とこなした。


次の日、ボロボロになっている屋敷が驚く程綺麗になっていた。

ファンサはやはり口だけの魔族ではなかった。その仕事ぶりにマリーが彼女にあこがれの視線を抱いていた。あのマリーでさえ霞む腕前か。恐ろしい。

もう崩落直前かと思われた屋敷が、輝きを取り戻している……。


「ファンサ、要望通り新しい仕事を任せる。俺とアザゼルの代理を頼めるか?」

「代理を?」

アザゼルから、彼女について更にいろいろと聞いている。

彼女は事務作業も得意らしい。


これまで俺とアザゼルが担当していた執務を、しばらく彼女に代理して貰う。

もちろん後で俺も確認するが、仕事の手順を教えれば彼女でもやれるだろう。なんなら俺よりうまく、はやく……。


ベルーガではだめだ。彼女は優秀だが、感情移入してしまうようなタイプ。泣き落とし系の要望に滅法弱い可能性がる。合理的に、理性的な判断ができる人材が好ましい。


「できるか?」

「もちろんです」

表情を変えず冷静に受け答えする彼女は非常に頼りになる、そう思えた。


「領主様とアザゼル様はどちらへ?」

「ああ、俺たちは狩りだ」

全く、聖なるバリアは俺が作り上げた最高傑作だが、残念ながら完璧なものではない。

ネズミ共が領内に紛れ込んでいる。


アザゼルが解き放った偵察部隊がダークエルフ共を捉えた。拠点を見つけたのでそれをつぶしに行く途中だ。

全員仕留めるが、逃げられたダークエルフはオリバーとカプレーゼ率いる軍で仕留めきる。

一匹たりとも逃さない。


俺の発展マシマシの領内に忍び込んでテロ行為をしようとしたこと、後悔させてやる。

久々にやる気になり、アザゼル他、魔族の精鋭を連れて動き出す。


「よし、力の差を見せてやるか。ダークエルフ共に」

「御用商人ブルックスからも報告が来ております。軍船の調達に成功し、ダイゴの装置も間に合いました」

どこまでも順調だな。

ははっ、もはや戦いになるのかね? ダークエルフ諸君、侵略なんて考えをあきらめた方がよくないか?


「偵察部隊ですが、少し勝手な動きをしておりまして……。今後は忠実に仕事させることを約束させます」

領内に忍び込んだダークエルフの居所を掴んだのはその偵察部隊だ。優秀極まりないが、何かトラブルでも?

「どうした、仕事はしているように思うが」

「若さ故、シールド様に褒めてほしかったようです……」

俺というより、アザゼルに褒めてほしかったんじゃないだろうか? まあ、どちらでもいい。功を欲して働くのは悪くない気がするけど。


「勝手にエルフの島内部の情報まで取ってきております」

「なるほど、今後はしっかりと手綱を掴んでおかないとな」

偵察がそこまで独断専行すると、命を落としかねない。エルフの島まで行けたことは凄いが、やりすぎている。

命を落としたら、功績も何もない。すべてが無だ。


「エルフの軍勢は3万程と見積もっている、との報告も持って帰りました」

……我が領地の軍勢は元々300人。

選別があったものの、あれから豊かになり規模を拡大している。前回の報告時には500人と聞いたな。全員が精鋭だが、1000人にも達しない。


30000対500か。桁が違うなー。


終わったな、これ。

ダークエルフさん、戦う相手を間違えていませんか?

ち、力の差を見せつけられちゃう!!


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