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40話 バリア魔法と矛盾対決

ベルーガの操る角の生えた小鳥が俺に連絡を寄こす。

チュンチュンと可愛らしく鳴くその姿はとても美しい。見たことのない魔物だが、ベルーガの周りにはそういうのが沢山いる。強い魔物から、使い勝手の良い魔物まで、その数は計り知れない。魔物使いベルーガ。彼女もまた化け物の一人だ。


例のエルフが目覚めたらしい。

話を聞かないといけないので、早速外套を着こんで宿へと出向いた。


それにしても、アザゼルといい、ベルーガといい、可愛らしい小さな魔物を使役していて羨ましい。

俺も可愛らしい猫ちゃんの魔物とか使役したいのだが、体に張っているバリアのせいか野生の動物にはとても警戒される。もちろん魔物にはもっと警戒される。

飼い慣らされているペットなら嫌な顔されるくらいで済む。


地味にメンタルに来るんだよな。あの嫌そうな顔が。

それになんといってもバリア魔法しか使えない俺にとって、小さな魔物をどうやって使役しているのか全く原理が分からない。餌付けしながら徐々に教えるんだろうか……とか微笑ましい光景を想像するが、あの冷徹なアザゼルがやるはずもない。


想像した少し笑える映像が浮かんだ。アザゼルが蝙蝠たちに餌付けか……。かわいい!

ベルーガはやりそうだけな。イメージ通りだ。


屋敷を出て、宿に向かう際に門兵が付いてこようとしたが、断っておいた。

こうして一人でどこかへ行くのは久々かもしれない。

といっても、同じ町の中の小さな宿だ。直ぐにたどり着いた。


宿の主人に手を振ってあいさつしておく。向こうは慌てていたが、来なくていいと軽く伝えて、105号室に向かう。修理費を弾んでやったので、宿はちょっとだけ豪華な造りになっていた。良いことだ。


前回いきなり入って女性の裸を見る事故が起きているので、今回はしっかりノックしておいた。子気味良い、頑丈な木を叩いた音が鳴り響いた。


「どうぞ、シールド様」

ベルーガには俺だとわかるらしい。


扉を開ける瞬間、部屋の外、廊下の突き当り右に魔物気配を感じたが、あれはベルーガの使役している魔物だろう。姿は見えていないが、俺でも感じ取れる圧倒的な気配。魔族一の魔物使いであるベルーガ使役する戦闘むきの魔物か。いずれこの目で見てみたいものだ。

しっかりと護衛をしていてくれたみたいで、ベルーガは流石だと思った。


「シールド様、先に連絡した通りエルフが目覚めました。それと一つ謝っておかねばならないことが……」

「どうした?」

困り顔のベルーガが、少し言い淀む。

彼女ほどの存在が、困る事態? 俺は少しだけ注意して聞くことにした。


「オリヴィエ殿が昨夜より戻らないのです。何事もなければいいのですが……。私が魔物をつけておけば。まさか彼女ほどの使い手に必要とは思えず」

オリヴィエの失踪。

なぜこのタイミングで?


しかし、まずはベルーガを慰めたいと思う。

「お前が責任を感じることはない。謝罪も不要だ。オリヴィエに護衛が必要ないのは俺も同意見だからな」


それでも実際に失踪している。

彼女をどうにかできる生物なんて、この世に俺の指の数程もいないだろう。

考えられるとすれば、やはりダークエルフ。それもかなりの凄腕になるだろう。


イデア本人がこの地に来ている? それか幹部クラスが彼女の足止めをしているのだろうか。

それしか考えられない。


「お前も想定しているだろうけど、ダークエルフの襲撃があり得るな」

「はい、そうとしか思えません」

張りつめた空気が室内に流れる。


思っていたより、事態は進んでいた。エルフの支配者イデア、俺が想像しているより強大な敵なのかもしれない。まさかオリヴィエ程の魔法使いが……。

昨日、跡形もなく吹き飛ばしたダークエルフとは比べ物にならない程の力を有している可能性も考慮しなければ。


「いいえ、それはありません」

横から声がした。

俺たちの会話に混ざってきたのは、ベッドに腰掛けたままのエルフだった。

先ほどまで横になっていたように見えたが、今は座り込んでこちらを見ている。


「もう起きて大丈夫なのか?」

「ええ、あなた方の介抱によって命を救われました。この御恩は一生をかけてお返しします」

おいおい、そんな簡単に言ってもいいのか?

エルフの一生は1000年だと聞くぞ。

そんな長い期間を俺達人間のために費やすつもりか。お使いとか頻繁に頼んじゃうけど、いいの?

深夜に頼んじゃうぞ。


「感謝の気持ちは、お前を蘇生した人物に言ってくれ。といっても、今はいないんだけどな。一つ聞く。お前の恩人がダークエルフに襲われていないと、どうして言えるんだ?」

俺たちの考えを否定したからには、なにか知っているのだろう。

彼女のもたらす情報は大変貴重なものだ。ゆっくりでも全てを教えてもらう必要がある。


「ダークエルフはまだ私の追手しか動いていない情報を持っているのと、オリヴィエ様と私はどうやら繋がっているようです」

メンタル的な?

そういうポエミーな話は苦手だが、茶化す雰囲気でもないので腰掛けて真面目に聞いておいた。


「蘇生魔法というのは凄いですね。まさに命を繋ぎ止められた感じです。オリヴィエ様の強い魔力によって引き戻された私は、今や彼女と気持ちが通じ合うようです。彼女の感じているものが手に取るようにわかります」

不思議な話だが、蘇生魔法自体が常識はずれな代物なので、一概には否定できない。

むしろ、彼女の穏やかな表情から嘘をついているとは思えなかった。


だから、聞いてみた。

「それで、オリヴィエは今何を感じている?」

「……焦り、羞恥」

どんな状況!? 余計に分からなくなってしまった。


「俺にはわからん。どんな状況に置かれるとそんな感情が芽生えるのか」

あらゆるパターンが想定出来過ぎる。一つに絞るのは無理だ。

やはりオリヴィエの現状を知るのは難しそう。


「例えば、迷ってしまいそのことを自分で恥じている、とかでしょうか?」

ベルーガが考えられる可能性を口にしてみた。

確かに可能性としてそれはある。あるかもしれないが、あり得ない。


「あのオリヴィエだぞ? 万を超す魔法を使うと言われる天才オリヴィエが道に迷って帰って来られないとか、ないないない。天地がひっくり返ることはあっても、それだけはない」

「……それもそうですね。馬鹿なことを口にしました」

全く。頼むぞ、ベルーガ。

お前はしっかり者ポジションなんだ。

そんなお前が訳のわからぬことを口にしだしたら、いよいよ我々は終わりだぞ。

ボケとボケが組み合わさった先にはカオスしか生まれないんだ!


「オリヴィエの話はここまでだ。彼女がどうにかなるとは思えない。私用ができたと考えるのが妥当だろう」

「同意です」

「……おなじく」

満場一致。オリヴィエにはでかい借りが出来た。

彼女がいつそれを受け取りに来てもいいように、盛大なリターンを準備しておいてやろう。


いなくなったか。理由も告げず。少し寂しい気持ちはある。


ずっと彼女の気持ちを勘違いしていたのも申し訳なかった。

もっと早くに彼女の気持ちに気づいてやれば、俺はヘレナ国でもっと幸せに生きられたかもしれないな。

……いや、やっぱそんな未来はない。あいつ宮廷魔法師時代、滅茶苦茶無口だったもん。あれで気持ちに気づけってのが無理な話だ。


「さて、それでは肝心の話を聞かせてくれ。手紙を読んで粗方理解しているつもりだが、委細聞いておきたい」

「はい。……我々エルフは、今やダークエルフイデアの奴隷です。あなた方にもその危機が迫っております」

海を越えてきたエルフは、弱弱しい声色で、これまであったことを語ってくれた。


エルフの島では長いこと戦いが続いていた。

ダークエルフイデアが率いる軍勢に対抗すべく立ち上がったエルフたちの軍勢が、島の覇権をめぐって今尚戦い続けている。

しかし、その戦いは直に終わる。


イデアの圧倒的な力の前に、エルフたちは蹂躙され続けている。

支配を盤石なものにしつつあるイデアは、大陸に目をつけ、次にこのミライエを狙っていた。


反乱軍の一員であった彼女、エルフのリリアーネは大陸に危機が迫っていることを知らせるように仲間に託された。

唯一航海術を持つ彼女が託され、なんとかこの地に辿り着く。

航海の途中でダークエルフに追われた彼女たちは、リリアーネだけが生き延びて無事にフェイに手紙を託したのだった。


それにしても、託した相手がフェイでよかったよ、本当に。

あいつの強運には恐れ入る。たまたま飲んでいた場所でエルフを拾うって、どんな確率だ。

黄金のドラゴンにはやはり我々人間では理解できないものがあるみたいだ。

いきさつが分かった。やはり彼女は相当無理をしてこの地に来てくれたらしい。


「なるほど、追手が止まったのはそういうことでしたか。フェイ様とオリヴィエ様があの場にいたから、私の命が救われたのですね」

そういうことになる。

手紙を託したのがあの二人だったから、ダークエルフの追手は追撃をやめたのだろう。

そりゃなぁ。あんな化け物二人だ。魔力に敏感なダークエルフが戦闘を避けるのも無理はない。


人間の街に行ったら、いきなりラスボスと遭遇するような事故だ。少し同情する。


「イデアはおそらく、既にシールド様のことを知っておいでです。大陸の情報を集めておりますので」

「ダークエルフが入ってきたのは、何も最近って訳じゃないのか」

「そうなりますね。……我々はもう戦いの日々に疲れました。森で静かに暮らしたいだけなのに。あなた方にも争いの日々を送ってほしくはありません。イデアとは戦わないことをお勧めします」

戦わないことを勧める?

ではなぜ、この地に命がけでやってきた。

俺たちに備えさせるためではないのか?


「イデアに領地をお渡しください。そうすれば余計な被害が出ることはないでしょう。戦ってしまっては、この地は焼け野原になってしまいます」

なるほど、そういう心積もりでやってきたのか。

しかし、せっかく貰った領地を簡単に開け渡す訳にはいかない。


俺は窓を開けて、領地の聖なるバリアを見せた。

自己評価と、ヘレナ国の評価が低かった聖なるバリア。しかし、最近になってその真の価値が判明しつつある。自慢のこいつをエルフに見せてやった。


「イデアの軍勢はこれを突破できるのか?」

「わかりません。しかし、イデアが破れなかった魔法を見たことがありません。彼は最強の攻撃魔法の使い手です。これまで見たどんな使い手よりも凶悪な魔法を使います」


それ、とても楽しみだね。

俺のバリア魔法と、最強の攻撃魔法、どちらが勝つかとても興味深い。


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