30話 来客はバリア魔法が目的ではない
パタパタと蝙蝠が飛んできて、窓辺に着地した。
窓をこつんこつんと突き、中に入りたがる様子を見せた。
執務室にいた俺は、それが初めて会った日にアザゼルが使役していた蝙蝠だと気づく。
連絡用に飛ばして来たのだろう。
手紙を咥えていたので、それを受け取った。
頭を軽く撫でると、目を細めてか細い声を出して嬉しそうにする。
用事が終ると、すぐに窓から飛んでいった。
アザゼルと同じく真面目だな。
テーブルにあったナッツでもあげようと思ったのに。
「健気なやつだ」
手紙をさっそく開けて読んでみた。
「ふむ」
……なんだか恐ろしい内容だった。
ダンジョンの調査中、恐ろしい魔法使いに出会ったらしい。
あらゆる魔法を使いこなし、アザゼルたちに敵対しているとのことだ。
あそこにはゲーマグもいたはずだから、魔族と宮廷魔法師の足止めをできるほどの魔法使い?
誰だ?
そんなやつ、世界中探しても何人いることか。
それにアザゼルは腐敗の魔法を使う。
あれを防ぐのは至難の業となるだろう。
「んー」
だれだろうか。
本当にわからないな。
しかし、手助けはいらないらしい。
流石にあれだけの魔族を相手に、その猛者も苦戦しているらしい。
そもそもなぜ戦っているんだという疑問もあるが、アザゼルが大丈夫と言うならいいだろう。
「変なのがいるなー」
辺境の女神と言い、ダンジョンの猛者と言い、この領地には未開の部族でもいるのかもしれない。
早めに解決してくれたらいいんだが。
全てがうまく行っているように見えて、潜在的なリスクが見え隠れしている。そんな気がした。
報告を読み終えた頃、ベルーガが来客を告げに来る。
「美しい女性がお見えです。領主様の知り合いだとか」
「なぜ名乗らないんだ?」
「さて」
しかし、ベルーガの悪意フィルターには引っかかっていないので、通しても良いだろう。
名乗らないのは少し奇妙だ。しかし、美女が会いに来てくれているのに、断る理由もないだろう。
しばらくしてノックもなしに入ってきたのは、獣人イリアスで剣聖の称号を貰っている女性だった。
「私だ!」
白いコートを身に纏いし、立派な体躯の背中には大剣を背負っている。
今日も美しい立ち姿と強い目力で俺を鋭く見据えていた。
「お前か……」
俺たちの間に、テンションに大きく乖離があった。
やたらと嬉しそうなメレルだったが、あんまり得意な相手じゃない。
だって、絶対にあれを言われるからだ。
「私の夫となる準備はできたか?」
「うっ」
ほら、来た。
そのうち言われるだろうと思っていたけど、いきなりとは。
なんという積極性。
顔は綺麗だし、鍛え抜かれたその体は芸術的な美しさも感じる。もちろん女性的な魅力もあるが、どうもグイグイ来られると逃げたくなってしまう。そういう欲求がないわけじゃないが、なんか照れる。
「今回は完全に私用で来ていると言いたいところだが、行き先を告げたら女王に仕事を任された。ほとんど旅行な上に、金も貰えたからよしとしよう」
「仕事?」
「そうだ。イリアスの使者としても来ているから、屋敷に泊めて貰うぞ。我が未来の花婿よ」
なんか、それはずるくね?
実際にイリアスの女王からの手紙も持っているし、追い返すわけにはいかない。
部屋も空いているし、メレルの言う通り使者を追い返す訳にはいかないよな。
でも、それを泊まるための口実にしているのは気のせいだろうか?
「たっく、今はうるさいキッズも泊まり込みだが、良いのか?それほど広くない屋敷だ。会うことになるかもしれんぞ」
「子供は嫌いじゃない。シールドが望むのなら、私が何人でも産む。私たちの子だ、絶対に最強の子が生まれるぞ」
……少し想像してしまった。
メレルの身体能力を持って、バリア魔法も使える人物か。
たしかに凄く魅力的なお相手に思えてきた。
改めて見てみる。メレルはやはり美人だ。
ソファーに腰掛けた今も、座り姿だけで絵になる。
コートを脱げば少し露出の多い格好になるのだが、引き締まった体がとても色っぽい。特に個人的な好みを言えば、その引き締まった太ももは大変グッジョブ!
「ん?どうした、私の体を見て興奮でもしたか?シールドが良ければ、今から相手をしてやらんでもない」
「んんん!!」
首を横に振って拒否しておいた。
頬が赤くなっていくのが分かる。
そんなに積極的に来られるのはとても、とても恥ずかしいです!
「使者の方、おやめください。シールド様はこれでも結構初心なのです」
うんうん、そうだよ。って、ベルーガさん!?
「あっははは!わかっておる。かわいい花婿殿だ。して、魔族のお嬢さんはなぜシールドに仕えている?私の記憶が正しければ、魔族は数も少なく、人間に敵対していると思っていたが」
ベルーガは少し間置いて、問いかけに答えた。
「シールド様には仕えておりますが、他の人間に対する認識はあなたが言う通りで間違いありません」
「ほう、つまり私も敵だと」
「ミライエの領民はシールド様のもの故、敵としては見ておりません。あなたも使者である以上、私から手を出すこともないかと」
「なんだ、つまらん。せっかく魔族と戦えると思っていたのに」
「ハラハラさせる会話はやめてくれ」
二人が話している間、少しだけ危ない空気を感じたぞ。
それにしても、ベルーガは見た目だけなら、ただの美しい女性に見える。それを一瞬で魔族だと看破してしまうとは、流石メレルと言うべきか。
「ところで、なぜ魔族だと分かったんだ?」
「匂いで違いがわかるのさ」
自分の鼻を自慢げに指して、メレルが教えてくれた。
なるほど。獣人は身体能力だけでなく、嗅覚まで優れているのか。俺たちには嗅ぎ分けられないものを、嗅ぎ分けることが出来るのは便利そうだ。
「魔族を従えているなんて驚いたけど、私の花婿なら何でもありだ」
「そうか。思っているより悪い奴らじゃないぞ」
……断言したけど、100年後はどうなっているかなー。
フェイの指示で魔族が人間に牙をむく事もあり得る。でも今はそんなことないので、仲間だと言っておこう。
「私の剣が通用しないシールド相手に、魔族がどうこうできるとは思わない。だから心配はしていない。それより、私が危惧しているのは別のことだ」
メレルが立ち上がって、ベルーガに近づく。
仲良くするって話だったんじゃ!?
ベルーガの顎をくいっと持ち上げて、上背のあるメレルが上から顔を覗き込む。
顎クイだ!生で初めて見た、顎クイを!
「美しい顔をしているじゃないか。……シールド!」
「はい?」
「この娘に手を出していないよな?」
「も、もちろん!」
急に名前を強く呼ばれたから、なんだと思ったら、そういうことか……。
俺はそんなにスケベな男じゃないぞ!
ベルーガとはあくまで仕事仲間だ。そんな目で見たことはない。美人だとは思っているけれど。
「全く、この男の周りには自然といい女が集まる。油断していると、すぐに盛りのついた女どもに攫われそうだ」
グチグチと言いながら、メレルがソファーに戻っていく。
険悪な雰囲気にならなくて良かった。
心配したが、ベルーガはどこまでも冷静だ。
「私は別に。けれど、シールド様がそういう気持ちでしたら、断るようなことはしません」
「ベルーガさん!?」
思わず声を張り上げた。
ソファーに腰掛けたメレルまで再度勢いよく立ち上がった。
「この女……。こういうのが地味に強敵なのだ。私の花婿に手を出される前に、やはり首を飛ばしておくか?ガブリエルといい、アメリアの小娘といい、またもライバルが増えてしまった……」
メレルがジトっとした目つきでベルーガを観察する。
それほどまでに警戒するのか。かなりの強敵だと思ってる?
「傍にいる時間が長いのは、つよい……」
なるほど。そこを評価しているのか。
大丈夫だ。俺には理性がある。
仕事仲間のベルーガを襲ったりしないから、安心してくれ!
「この女とそなたの寝床は別だろうな?シールド!」
「もちろん!」
だから俺はそこまでスケベではない!
――。
「なんなのよ!?このダンジョンは!?」
村から移動魔法で移動した先は、ダンジョンだった。
久々に移動魔法なんて使うから、どう間違えたのかダンジョン最奥に飛んでしまったオリヴィエ。
手ごわい魔物を倒して地上に上がろうとする途中、魔族と遭遇した。
「あの魔法やばすぎる……。見間違いじゃなければ、ゲーマグもいなかった?それとも、幻覚魔法も食らったかしら?」
魔族の男が使った魔法が、肌を焼いていた。
最高回復魔法で何とか治療が間に合っているが、まともに食らえば危なかった一撃だ。
長期間の休養を必要としていたかもしれない。
戦えば何とかなる可能性もあるが、リスクを冒す必要性を感じられないでいた。
「もう!シールドに会いに来ただけなのに、なんでこんなことになるのよ!」
オリヴィエはまだシールドと会えない。
それどころか、アザゼルたちと死闘を繰り広げていた。




