ユ:大山鳴動
うっかりいつもの時間過ぎてました。
いくらネビュラの足が早いとは言っても、さすがに転移に追いつける程じゃない。
工事現場に報告が行って、そこでリターンスティックでピリオに戻って周知。そこからフェアリータウンに転移するなら、俺達よりは早くなる。
街の近くで土煙を上げながら動くレイドボスの傍へ到着した時、そこには既に大勢のプレイヤーがいた。
盾持ちの重装備が遠距離職や支援職を庇う配置。
大型ボスの体の下に入った近接職は、ボスの足に踏まれないよう注意しながら立ち回る。
今回のボスは、野球ドームみたいな大きさをしている、貝の代わりに岩をゴロゴロと背負った巨大なヤドカリだった。
グランドハーミットクラブ Lv40
……デカいな。
このゲームのレイドボスってこんなサイズ出るのか。
「こんなデカいのどっから来た!?」
同時に到着した誰かの疑問に、別の誰かが返事をする。
「なんか山がひとつ崩れて出てきたらしいよ!」
「え、山は?」
「無くなった!」
「無くなったぁ!?」
当然のように山を消すな。
俺達から見れば家みたいな幅の足の爪が足踏みする度に、避けきれなかった前衛の何人かが瀕死になって後ろに下がる。
「焦らないでー! ただの足踏みは動作遅いから、よく見てしっかり避けてねー!」
ピリオ防衛で見た妖精がメガホン片手にレイドヤドカリの動きを実況している。
他にも鳥獣人やフェアリーなんかの飛行可能なプレイヤーは、振り回される巨大な鋏を掻い潜って顔を狙っているようだった。
「ハサミ振りかぶりー! 薙ぎ払い、来るよー!!」
足踏みはそれほどでもないが、鋏の攻撃は巨体の割にかなり速い。
避け損ねて正面から鋏が直撃した鳥の獣人が一人即死した。
「これのどこがちょっとなんですかねぇ!? 運営さんよぉ!!」
「AIにちょっとの意味学習させ直してこいやぁ!!」
プレイヤーが吠えながらレイドヤドカリに攻撃魔法を撃ち込んでいる。
俺達もそれに倣って、ネビュラに乗ったまま遠距離から矢と魔法を撃ち始めた。
全身甲殻な上に背負っているのは岩だ、見るからに硬いが、甲殻は少しずつでも傷は付き初めているから効いていないわけではないらしい。
と、その時レイドヤドカリがぶるりと大きく身震いした。
「背中の弾け攻撃! 来るよぉ!!」
「下がれー!!」
「盾職、防御ー!」
両の鋏を大きく真上に振りかぶる予備動作。
それを勢いよく地面に叩きつけるのと同時に、背中の岩が花火みたいに弾け飛んだ。
「っ!」
「うわあっ!?」
相棒の声が出たが、周りも阿鼻叫喚だから聞こえてはいないだろ。
レイドヤドカリが背負う大量の巨大な岩が四方八方に飛び散って降り注ぐ。
盾スキルであれを弾けるのもかなりとんでもないが、それでもさすがに全部を庇うのは厳しそうだ。
そこそこ離れてる俺達の所にも飛んできた。
ネビュラが避けてくれて事なきを得たが、降りていたら相棒が危なかったな。
ただ、岩が弾けた今ならレイドヤドカリの背中は柔らかいんじゃないかと目を向けて、俺は絶句した。
グランドゴロロック・リーダー Lv35
レイドヤドカリの背中に、大きな目を持つ岩系モンスターの親玉みたいな奴がしがみついてヤドカリの柔らかい部分を覆い隠している。
そして弾け飛んだ岩も、腕が生えてヤドカリの背中に跳び乗り、岩のリーダーをさらに覆い隠した。
ラージゴロロック Lv20
デカいのの二頭立て、プラス群れか。
キッチリ避けきった上級者の遠距離職は、その間剥き出しになっていたグランドゴロロック・リーダーの目玉を狙っていた。
だが、親玉の目玉を最後の大きめな岩が隠せば、すっかりさっきの形に元通りだ。
「敵のパターン覚えて、確実に背中の奴の目玉狙ってこー!!」
なるほど、まずは敵の壁役の弱点をついて剥がさないと、ヤドカリの弱点には届かないのか。
そしてヤドカリは少しずつフェアリータウンに向かっている。
それまでに削り切れなければ壊滅するんだろう。
そこまで理解した所で、俺達の横に白い髭の爺さんが滑り込んで来た。
「おお、いい所におったわ!」
……こいつ、ロックスで俺達を神輿に乗せようとした爺さんだ。
爺さんは何故か俺達を見てまたもニヤリと笑った。
「アレやってくれい、広範囲の防御低下! アレやったのあんたらじゃろ?」
相棒のデバフか。
あいつら相手にやるなら、少し準備がいるかな。
同じ事を考えたんだろう、後ろの相棒から念話が来る。
(相棒、声変わりシロップとメガホン買っていい?)
(もう買った、はい)
(おお、さすが相棒)
アイテムを手渡しして、声量が直撃するだろう俺は耳を塞いだ。
シロップを飲んで声を変えた相棒が、メガホンを口元に当てて大きく息を吸い込む。
「【トリック・オア・トリート】!!!!」
うわ、音量すごいな。耳塞いでて正解だ。
ザッと確認したけど、多分背中の岩も含めてボスの群の全体に防御低下はかかっただろう。
一瞬プレイヤーのほとんどが『何事だ?』みたいな顔でこっちを向くもんだから、背中の相棒が俺の服を強く掴む。
……場所移すか。
俺はネビュラに指示し、爺さんをその場に残して配置を移動した。
「うむ、助かったぞ!」
朗らかに礼を言う爺さんを後ろに、レイドヤドカリから一定距離を取りつつ移動する。
一瞬こっちに向いた視線は、すぐにボスの方に戻っていった。
全体に防御低下がかかったのを理解したプレイヤー……特に遠距離から撃っている魔法職は、誰かの声かけに応じてある一点に集中砲火を浴びせ始める。
その一点は、ボス岩の目を覆い隠している岩だ。
アイツさえ剥がせば弱点は剥き出しになる。
……そうだ。
俺はひとつ思いついて、ネビュラに後退を指示した。
(ちょっと下がるよ)
(うん?)
そんなに遠くじゃない。
ちょっと味方の視線を切りたいだけだ。
タイミング良くまた岩の撒き散らしが来たから、誰も俺達に注目していない。
少し下がった所にあるちょうどいい木に登って枝葉の陰に潜む、狙撃ポイント。
(どうするの?)
(コレ使う)
首を傾げる相棒に、俺は最近作った矢を見せた。
【奈落送りの矢】…品質★★
危険な秘薬が塗られた奈落送りの矢。
強靭なモノには多く撃ち込む必要があるだろう。
(わぁお)
(ボウガン使うから、あんまり見られたくなかっただけ)
イベント中に弓もボウガンも色々試して、ボウガンの方が狙撃と貫通に強いのは確認済。
硬い岩系に撃ち込むにはこっちの方が良いだろう。
ただ、俺はこの変装状態でボウガンを買っていない。
だから、人目を避けつつ……例の光学迷彩を使う。
……こんなに早く光学迷彩が必要になるってどういう事だ。
頭の中に小人のウェーニンさんのドヤ顔が浮かんだのを少しイラッとしながら振り払う。
インベントリの中で透明化させたボウガンを取り出し、見えないから少し苦戦しつつ奈落送りの矢をセットする。……一本でいけるか? ボスの取り巻きだから足りないかもな。予備を矢筒に入れておく。
「【追い風撃ち】」
小声で風を呼ぶ。
見えない武器を構えて……自分の指先を狙いの基準に敵へ向ける。
魔法があるからそこまで精密に狙わなくても当たってくれるのは助かるな。
弱点の目を覆う岩の敵を狙って……撃つ!
──命中
間を開けずに二射目。
……目を覆うデカい岩が、消えた!
(相棒すごーい!)
効果があってよかった。
周囲のプレイヤーはここぞとばかりに目を狙う。
……おっと、周りの岩が少し動いてるな?
まさか他の奴が目を塞ぐつもりか?
だがそれを許すほどプレイヤーも優しくない。
鳥獣人が数人、槍を突き立てて他の岩の移動を阻止する。
……これなら大丈夫だろ。
(前線戻るよ)
(オッケー)
潜伏していた木から降りて、俺達はもう一度ネビュラに乗って駆け出した。




