キ:魔法とは何か
フォースィさんは優雅な動作でロッキングチェアに腰掛けて、小さなマグカップを傾けながら話の糸口を思案するように目を閉じた。
「『魔法とは何か』……それはね、簡単に言うと、『世界との約束事』なのよ」
薄く開いた小さな目は、瞳がエメラルドのように緑色が煌めいている。
「あなた達は、魔法を詠唱するわね? そうしたら、この手足でどう頑張っても出来ないような事象が起こるわね?」
水は高い所から低い所へ流れ
炎は熱と光を発しながら天へと燃え上がり
風は軽いものを乗せて運んで重い物の間をすり抜ける
魔法は、それらの理をある程度無視する事も出来る。と、小さなフェアリーは歌うように告げる。
「魔力……マナは世界を動かす力。森羅万象は、マナと引き換えに動くもの。だから魔力が強ければ強いほど、大きな事象を起こす事が出来るわ」
ふむふむ、魔力とかマナは、そのままMPの事で良さそうだね。
「ただし、森羅万象に動いてもらうためには……『こう動いて欲しい』って『ワタシが希望している』って事を、何かの方法で世界に伝えなければならないの」
ただ思い描くだけで世界が動くのなら、生き物が考えるだけであちこちが動いて、世界がグチャグチャになってしまうから。
そして世界が、生き物が思い描くだけでマナを根こそぎ吸い上げてしまうから。
そうならないように、神様が決めた世界の決まり事。
「それが『魔法』よ」
ふむふむ、なんだろう……大元は『便利な能力』って感じじゃなくて、『安全装置』って印象。
「あなた達は冒険者でしょう? そう考えれば、ワタシ達のように言葉で詠唱出来ない命が、どんな風に世界へ伝えているか、なんとなく分かるんじゃないかしら?」
鳴き声を上げるモノ
何かを打ち鳴らすモノ
体の一部を動かすモノ
器官を明滅させるモノ
プレイヤー視点だと『予備動作』に当たる動きが、魔法の詠唱に該当しているって事だね。
「特にヒト属は、とてもとても色んな事を複雑に考える生き物だから。魔法も複雑に、とてもとても色んな事がしたいって考えるヒトが多いのね。だから神様にお願いして、新しい決まり事をたくさん作ってもらってきたわ」
「例えば、魔道具とか」とフォースィさんが口にして、僕らはなるほどと頷いた。
ヒトは言語で詠唱する事が最初のルールなのだったら、発動方法が多岐に渡る魔道具は、確かに、技術が発展してから生まれた新しい決まり事になる。
……そこで、相棒が何か考えるように首を傾けながら口を開いた。
「……って事は、『無詠唱』をするには、言葉を発しないで伝えるための決まり事が何かある?」
「ああ、やっぱりあなた達も『無詠唱』がしたくてお話を聞きに来たヒトなのね。あの子はロストマジックの事が好きだから、そのお勉強をさせてもらっているのでしょう?」
昨日も沢山プレイヤーが来ていたから、そうだと思って話をしてくれていたらしい。お手数おかけします。
「そう、かつて『無詠唱』として世の中の魔法使いが用いていた刻印は、世界に意思を伝えるための紋様。様々な種類があったけれど……それらは失われてしまったわ」
「……神様が決めた約束事なんですよね? それが無くなるなんてこと、あるんですか?」
そう言いながら、僕はひとつの心当たりを思い出していた。
ピリオノートの図書室裏で、本を溶かしていた使徒。
あれの毒牙にかかったら、きっと世の中から刻印が根こそぎ消えた、みたいな事になるんじゃないのかな?
でもフォースィさんは、穏やかに微笑んで指を3本立てた。
「そうね……主な理由は3つかしら」
「3つ」
「ええ。……まずひとつめは、悪意のある存在によって、盗まれてしまった場合」
うん、それがあの図書室裏の使徒なんだろうね。
「時折ね、そういう形の無いモノを失わせてしまう怖い存在が現れるのよ。その存在に持ち去られてしまったら、完全に消えてしまう前に取り戻さないと、それは永遠に失われてしまうわ。……でも、刻印が失われた理由はこれじゃあない」
あ、違うんだ。
断言するって事は、原因はちゃんと分かってるんだね。
「ふたつめは簡単よ。ヒトが、神様との約束事を忘れてしまった場合」
例え神様が覚えていて、その決まり事が有効だとしても。
それを扱うヒト属が忘れ去ってしまったら、再びその決まり事に辿り着かない限り、それは失われた事と同じ。
「……でも、『無詠唱』に関しては、ヒトは忘れていないですよね?」
「そうね……でもある意味、きっかけはこれに近いのよ」
きっかけ?
1部の刻印が失われる事になったきっかけ。
フォースィさんは、寂しげな顔で、みっつめを口にする。
「みっつめはね……神様を怒らせてしまった場合なの」
……ああ、それはストンと腑に落ちた。
「約束事をヒトは忘れかけてしまった。『もういらない』って言ってしまったの。神様は当然それに怒って、ヒトの世から消してしまったのよ」




