キ:スキップ&ステップ
図書館のエリンデルリンさんから、有識者NPCスタンプラリーが始まるー……と思ったけど、エフォはもう少し古参に親切だった。
「では、ひとつずつ話をしていこう」
よろしくお願いします。
「魔法を扱う技術のひとつ、『無詠唱』。それを可能にしていたのは、今は失われてしまったいくつかの【刻印】だ。……では、この【刻印】について、君達はどの程度知識がある?」
僕と相棒は、仮面越しに目を見合わせた。
「えーっと……僕らの着ている服は【刻印】で模様を作ってまして、自分で配置したデザインを元に装備の職人さんに仕立てて貰いました」
「……あと、相棒は本も書いたよな?」
「ああ、うん」
「本? よければ見せて欲しい」
僕はインベントリから、いつぞや作ったフッシーが【刻印】の解説をしている本を取り出してエリンデルリンさんに手渡した。
「開拓初期に書いて、ここにある刻印の見本の写本と一緒に、冒険者達に売りました」
パラパラと本に目を通したエリンデルリンさんは、「素晴らしい」と言って微笑んだ。
「良いだろう、これを書ける程に理解があるのなら充分だ。すぐに次に進んでもいい。……ただ、それでも【刻印】の研究者と会いたいのならば紹介状を書くが、どうする?」
あ、選んでいいんだね。
知識有りなら、会いに行くクエストを飛ばして次に行けるし、あえて有識者NPCとお近付きになっておきたかったらお手紙貰って会いに行くクエストをやってもいいんだ。
エフォはAIがこういう柔軟な対応をしてくれるから嬉しいね。
(どうする? 研究者に会いに行きたい?)
(……いや、別にいいかな)
「次に進んで下さい」
「わかった」
──ロングチェーンクエスト『失われし刻印』系列クエスト。
──『刻印の講義』をクリアしました。
わぁ、クエストクリアだ。
開始が無いまま終わっちゃったよ。
僕らがそっとシステムウィンドウを閉じるのを気にせず、エリンデルリンさんは話を次に進める。
「では続けよう。……知っての通り、【刻印】は古い形態の魔法ではあるが、今もこうして便利に使われている技術である」
「私もこうして世話になっているからな」と言いながら見せてくれた手帳は、表紙に『保護』の刻印が書かれている。
「……しかし、そうにも拘わらず、その一部は失われた。今はもうどこにも残っておらず、誰も知らない、誰にも使えないロストマジックだ。……だが、おかしいとは思わんか?」
おかしい?
「【刻印】は、その名の通り『刻む』ものだ。その装束のように、この本のように、形として残る類の魔法なのだ」
エリンデルリンさんは、手帳の表紙の刻印を、そっと指先でなぞる。
「……なのにそれは失われた。【刻印】は、文字通りに刻んだ紋様が力を持つ術。だから、過去に刻まれた印がひとつでも残っていれば、それは使う事ができる。そういう物だ」
例えば、その手帳が後世に残ってさえいれば、少なくとも『保護』の刻印はこういう物だという事が伝わる。
途絶えない、実物があるから。
そして刻印は、そういう身近にありふれていて、残りやすい物だったから。
「にも拘わらず、それは失われた。……つまり、誰の記憶にも、一切の記録にも、世界に痕跡のひとつ、手がかりすら残さずに消滅してしまったのだ」
「おかしいだろう?」と、彼女は言った。
「例えば、新しく使い勝手の良いナイフを手に入れたとして、以前まで使っていた古いナイフが跡形もなく消えるなんて事。意図して処分したり盗まれたりしたのでもなければ、あるわけがない」
うん、そうだね……そう言われれば確かにおかしい。
『無詠唱』の刻印なんて、それこそ魔法使いは大勢使っていそうな物だから。それが、使わなくなったからって皆一斉に処分するとは思えない。
きっと、何人かは『一応保存しておこう』って考えそうなものなのに……でも、実際いくつかの刻印は失われてしまったんだね。
「では、魔法を失うとはどういう事なのか……いや、その前に、我々の世界における『魔法とは何か』だな」
「君達」とエリンデルリンさんは僕らを真っ直ぐに見つめた。
「見た所、魔法の腕前はそれなりの域に達しているようだが……『魔法とは何か』を師事した事は?」
んー? 僕は特に無い……はず?
【召喚魔法】を教わった時も、そういう話は無かったと思う。
(相棒は魔術師団長さんとかから、そういう授業は受けた?)
(いや、俺はあのヒトから【格闘術】しか教わってない)
魔術師団長さんなのにね!
「教わった事は無いですね」
「そうか。ではその道の専門家に話を聞いてくるといい」
そう言うとエリンデルリンさんは、紙にスラスラと何か書き付けて僕らに差し出した。
──ロングチェーンクエスト『失われし刻印』系列クエスト。
──『古い魔法の語り部』が開始されました。
「名前は『フォースィ』。フェアリーの女性で……確か『サフラン滝裏集落』という開拓地に居を構えていたはずだ」
そのフェアリーさんが、魔法の歴史を研究している学者さんなんだって。




