ユ:無詠唱に向けて
キーナが買い物から戻ってきたので、城から届いた書簡を一緒に確認する。
最近の情勢だと、手紙が来る心当たりは色々あったんだが……予想に反して内容は、忘れかけていた連絡事項だった。
「『ロストマジックの研究者がこちらへ到着。面会希望者として『鎮魂の魔女』と『死の導き手』と名前を伝えておいたので、都合の良い時に訪ねるといい』……だって。無詠唱関係の事だね」
「そんな話もあったなぁ」
確かに城で魔術師団長に無詠唱について訊いた時、春に研究者がこっちへ来るような事は言っていた。
「……それにしたってやる事が多すぎる」
「んん? どゆこと?」
「……今、春イベント中で」
「うん」
「敵対組織がいくつかあって、対策もしてる」
「だねぇ。……ああ、さらに無詠唱関係まで追加されたから、何からやればいいのか迷っちゃうって事?」
「そう」
こんなにタスクが並べられたら、アニバーサリーイベントに集中出来ないんじゃないか?
「んー……その辺は、ゲーマスAIが調整してるんじゃない?」
「……調整とは?」
「僕ら、ちょっとポイント集めっぽい事はしたけど、飽きたーって言って他の事始めたじゃんすか。ゲーマスAIはそれを聞いて、『あ、じゃあ敵対組織関係とか他のクエストのイベント起こしますね』ってなってるんじゃない?」
「……なるほど?」
アニバーサリーに興味が薄い層がやる事なくなってログインをやめないように、個別に調整してるって事か。
確かに俺達はもう報酬アイテムを課金で買う気ではいる。
「かもしれない、って僕が勝手に思ってるだけだけど」
「うん、そうかもしれないし、違うかもしれない」
真実は運営のみぞ知る。
「……で、どうする? 無詠唱進める?」
「んー……うん、欲しい。無詠唱はロマン」
「戦闘も有利になるしな」
敵対組織と戦闘になった場合に有利になるだろうし。
* * *
そういうわけで、改めて森夫婦の変装状態になった俺達は、ピリオノートへとやってきた。
魔術師団長からは『鎮魂の魔女』と『死の導き手』の名義で伝わっているらしいから、必然俺達はこっちの顔で向かう事になる。
(で、場所はどこだっけ?)
(図書館に入り浸ってるって)
ダンジョンのようにパーティ別処理になる図書館なのは地味に助かる。会話している時に他のプレイヤーの事を気にしなくていいし、実装直後でも混まないからな。
同じく連絡が行ったらしきプレイヤー数人からチラチラ見られながら、俺達は図書館に到着した。
中に入ると、パーティ外の他プレイヤーの気配は跡形も無くなり、図書館特有の静寂に包まれる。
つい最近にアヤカシが住んでいる裏の図書館に入ったからか、久しぶりな感じはあまりしないが、昼の図書館と夜の図書館はかなり雰囲気が違うなと感じた。
さて、目的のNPCは……?
(えーっと……あのヒトかな?)
(……かな、他にいないし)
読書用の椅子とテーブル。
そのひとつに……ローブ姿のエルフの女性が1人。長い髪を指先に巻きつけながら、テーブルに積み上げた本を読みふけていた。
「えっと……すみません。ロストマジックを研究している『エリンデルリン』さんですか?」
キーナが声をかけると、エルフ……『エリンデルリン』はゆっくりと顔を上げて、琥珀色の瞳で俺達を見た。
「そうだが……君達は誰だ?」
「魔術師団長さんからお話が行っていると思います、『鎮魂の魔女』と『死の導き手』です」
「……どうも」
「ああ、君達が例の……」
……なんだ、その生温いような、半笑いというか面白がっているような顔は。魔術師団長はどんな説明をこのヒトにしたんだ。
子供には見えないが年を取っても見えない、ファンタジーのエルフらしい年齢不詳さを持つエリンデルリンは、読んでいた本を置いて立ち上がった。
「私はエリンデルリン。ロストマジックの研究をしている、魔法研究者だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
挨拶を済ませると、キーナは手土産に知恵の林檎が数個盛られたいつもの籠を渡した。
エリンデルリンは、面白そうな顔をしながら、礼を言って林檎を受け取る。
「これはどうも。……さて、君達は失われた『無詠唱』の技術に興味があるとの事だったか」
「です」
「……はい」
「探究心、大いに結構。だが私もゼロから全てを説明するほど暇ではない。私の講義を理解するのに必要な知識は、君達自身で下地を身につけてきてもらおうか」
「知識の、下地?」
「そうだ。幸いにも、現在こちらの世界には私を含め様々な分野の研究者がやって来ている。彼らも、開拓地で活躍する冒険者の知り合いが増えるのなら、喜んで講釈のひとつやふたつ垂れてくれるさ」
……なるほど。
チェーンクエストの内容は、その研究者巡りをする事ってわけか。




