幕間:渾身のヘルモード
『助けてくれ、出来れば極秘で』
そんな救援要請が、一部のアリストフェアリープレイヤー達へ個人メッセージとして放り込まれた。
差出人の名は『カステラソムリエ』。β勢の古参フェアリーとして、そこそこ有名なプレイヤーである。
故に、メッセージを受け取ったアリストフェアリー達は、『あのカステラソムリエが救援要請!?』『何が起きた!?』と、そこそこに慌てた。
そうしてアリストフェアリープレイヤー達が集まったのは、ピリオノートが闘技場。そこの1室にわらわらと、小さき飛行種族達が集ったのである。
なんと言っても小型種族は文字通り小さいので、いつぞやのダンジョン召喚会議のような円卓は無用の長物であった。
なので部屋の一角に大きめのクッションが雑に置かれ、その上に集った五人程のアリストフェアリー達が雑に寝転がる事となった。
小種族を選択したプレイヤーは巨大な周辺環境を全身で堪能して遊ぶようになっていくので、この雑なリラックスモードは種族特性と言ってもいい。
そしてそこに、他のアリストフェアリー達と同じように、救援要請を出した当人『カステラソムリエ』も転がった。
「……なんか疲れてません?」
「カッちゃん、どしたん?」
「虫祭りでもやった?」
カステラソムリエは、精も根も尽き果てた様子でひとつの筒のような容器を取り出してクッションの上に転がした。
「これを見てくれ……」
「なにこれ?」
「宝石っぽいのついてるなぁ」
「それ【解析】使うやつな」
言われた通り、【解析】を使ってからアイテムを見たアリストフェアリー達は、その状態に驚いて身を乗り出した。
「え、何これ」
「なんやこの赤い糸……」
「糸で筒見えなくなったんだけど?」
カステラソムリエは経緯をざっくりと説明した。
どれくらいざっくりかと言うと、『とある筋から【封印魔法】を伝授してもらって、このアイテムはレベル上げ用に作って貰って持ち帰った物』というくらいのざっくり加減であった。
どこぞのダンジョンにいるドラゴンや幻獣の事など欠片も出さす、それを見つけた夫婦の事も『とある筋』とだけで情報を一切出さないようにする念の入れようであった。
そんな説明を受けたアリストフェアリープレイヤー達は……『十中八九、森夫婦に貰ったんだろうな』と、心の中で結論付けた。
だって、あの一味の森フェアリーって、絶対このヒトだもん。
確かめたわけじゃないけど、わかるよ。このヒトじゃなかったら逆に怖いわ。別にバラしたりしないけど。
なんなら今も【解析】の視界で見たら、羽になんか【幻術】使ってそうなボヤッとしたオーラ見えてるもん。
なんか特殊な虫と交渉して、検証勢に縋りつかれそうな羽になってるんだろ? それを【幻術】で隠してるんだろ? お察ししてますとも。別にバラしたりしないけど。
ヘルプに応じた者達の心の声は一致したので、そんな事より件のアイテムである。
【封印魔法】、森夫婦が習得しているらしいそれは、習得方法がハッキリとは明らかになっていない幻のスキルのひとつと化していた代物。
そんなスキルを目の前の同士は伝授されたと言うのだ。
同じ【解析】持ち種族プレイヤーとしては、実に気になる所である。
『とある筋』からは情報公開する許可は得ているらしいので、アリストフェアリー達はこれ幸いと詳しい仕様を聞いた。
「……って感じで、この紐を解くと封印が解ける」
「へぇ~」
「【封印魔法】ってそんな感じなのかぁ~」
「面白そう!」
「……で、カステラの救援要請って……まさかコレ?」
カステラソムリエはスッと目を逸らした。
「……解けねぇんだよ」
「え」
「マジ?」
「まぁ筒が見えないほど縛って……というか編んであるなコレ?」
「まさかカステラソムリエともあろうお方が……!」
「仕様聞く限りゲーム側で必ず解けるようには調整入ってそうやけど?」
「まず糸の端が見つからねぇんだよ!」
カステラソムリエ、渾身の床ドン……もとい、クッションドンであった。なお、クッションはドンとは鳴らず、フェアリーの小さなお手々をモフッ……と優しく包み込んだ。
「属性1種類しか使ってねぇんだから糸の端もひとつのはずだろ! そこを見つけりゃ追いかけていくだけだってのに……その端が見つかりゃしねぇ! 誰か! 誰でもいいからヒントくれ、ヒント!」
「あーらら」
「なんだ、助けてくれってそういう……」
「本人にヒント貰えばええんとちゃいますの?」
「それは悔しいからイヤだ!」
謎のプライドを発揮してしまったカステラソムリエに一同苦笑い。
まぁ、そんな事もあるよね。
β勢という事で知識量や対応力が高く、何かとここにいる面々を助けてくれたカステラソムリエである。その恩返しと思えば、この程度なんという事は無い。
集った一同は軽い気持ちで封印を眺め……数分後には本気の顔になっていた。
「え、マジで糸の端無くね?」
「編み終わりの処理を上手いことして結び目にならないように隠してるんだと思いますよ……これ手芸経験者の仕事だと思います」
「何故ベストを尽くしたのか……」
「カステラさん、妹さんとかはこういうの得意だったりしないの? 何の職業か知らないけど【解析】持ってたよね?」
「アイツはコレ見て5秒で奇声を上げて虫のダンジョンを焼き討ちに行った」
「ドレッドノートちゃーん!」
「そっかー、妹魔法少女ちゃんはこういうの苦手かー」
「そして兄の方もそれほど得意じゃないっていう」
「兄妹の意外な弱点やな」
「いや、俺らもこれ解けないと同じ穴のムジナだから」
フェアリー達は本気でこの難関に取り組んだ。
これにより、駆けつけた5人の内、3人が【封印魔法】を使いこなす事を諦め、1人は金の匂いを感じ、1人はとても楽しいので絶対に【封印魔法】を習得しようと心に決めた。
そしてしばらく奮闘した後に、ようやく糸の端を見つけたのである。
「あ! あった! 見つけた!」
「ちょちょ、どれ!?」
「ぬあー! これだー!」
「マジか! 助かった! マジで助かった!!」
「うおー! 記念スクショ撮ろうぜ!」
「よっしゃー! 並べ並べー!」
フェアリー達は筒が写らない位置に並んでスクショを撮った。
実に晴れやかな記念撮影であった。
それが終われば、いそいそと封印解除の続きへと戻る。
「じゃあこうなって、こうなって……お、編み物エリアに入ったじゃん」
「編み物なんか引っ張れば解けていくんだから、楽なもんでしょ」
「余裕だな」
テンションの上がったフェアリー達にやんややんやと喝采を浴びせられ、カステラソムリエは意気揚々と糸の端を引っ張った。
スルスルと解けていく編まれた糸は……しかしすぐにビンッと引っかかって止まった。
「あれ?」
「えっ」
「何?」
「……おいまさか」
そんな簡単な話は無かったのである。
編まれていた糸は、その途中の部分が下に巻かれた糸に結びつけられ、さらに編まれた部分の下を潜り、その先が見えなくなっていたのだ。
「……嘘だろ」
「うわぁ……」
「これは丁寧な仕事ですね」
「凝り性か?」
「カッちゃん、なんで高難易度で〜なんて要望出したん?」
「言うな、俺が一番それを後悔してる」
とはいえ糸の端は出ているのだから、後はひたすら根気との勝負である。
ログアウト時間になり解散したアリストフェアリープレイヤー達からのエールを背に、カステラソムリエは再び孤独な戦いへと戻ったのであった。
……なお、数日後にようやく解けた封印は、難易度が高かっただけあって取得経験値はそこそこ多かったものの、一発でスキルレベル20に到達出来る程ではなく。カステラソムリエは妹によく似た奇声を上げて、虫のダンジョンを焼き討ちに行ったのであった。




