ユ:ログインしてクエスト
ログインしました。
……あれ? いない?
……キーナは別の場所に連れていかれたかー……
パニック起こしてないといいけどな……起こしてるんだろうなぁ。
俺がいるのはそれなりに広めの石壁の部屋。中を鉄格子で区切って、牢屋が6つ並んでいる。
その中のひとつに、手足を拘束されて入れられていた。
ひとつだけある小さな窓にも鉄格子がはまっていて、その先には青空。高い所なのかもしれない。
とりあえず体を起こすか……よいしょ。足首が縛られてる上に後ろ手で手首も縛られてると座りにくいな。
さて、牢屋はほとんどの場合、魔法が使えないって話だが……【感知】は魔法じゃないからか、こっちに誰か近付いてくるのが感じ取れた。
部屋の入り口のドアが開かれる。
入ってきたのは、ドワーフの女性。
くたびれたカーキ色のワンピースに、エプロンと三角巾を着けている。
女性は、檻の前までやってくると……しばらく無言で俺をジッと観察した。
「……ミセモノジャネーヨ」
色々と困って口から出た裏声をどう解釈したのか、女性はひとつ頷いた。
「……貴方なら、出来るかもしれない」
「……?」
「もうしばらくしたら、貴方は儀式の贄とされて命を落とすでしょう。この部屋は、魔法と声を遠くに届ける術が阻害されます。……それを踏まえて、檻から自力で出てみて下さい」
女性は小声でそう言うと、ドアの近くに置かれた椅子に腰掛けて編み物を始めた。……俺が自力で出るのを待ってるって事か。
こんなNPCの登場は調べた例の中には無かったな……
敵対NPCではなさそうだけど、その擬態で罠にかかって捕まったばかりなんだよなぁ……とはいえ、この状況で罠って事も無いか。
阻害されているのは、魔法と声を遠くに届ける方法。
つまり、魔法と魔道具、チャットやテレパスイヤーカフスが使用不可って事でいいんだろう。インベントリはオッケーらしい、珍しいな。
さて……俺が元々考えていた方法はいけるか?
「……ネビュラ」
囁くように呼ぶと、檻の外にスルリとネビュラが現れた。
「ふむ……帰りが遅いと思っていたが、こういう事か」
「鍵、壊せるか?」
「……これか」
鉄格子の扉の鍵は小さな南京錠だった。なるほど、これならインベントリが使えれば自力脱出の難易度は低い。
ネビュラはアッサリと鍵を破壊して、開けた扉から檻に入り、俺の手足を縛っている縄を切ってくれた。
……よし、まずは急いで声変わりシロップを飲む。
「……ありがとう」
「構わぬ。……だが主よ、そこの者は放置していてよかったのか?」
そこの者……椅子で待っていたドワーフの女性だ。
俺が頷いて檻の外へ出ると、女性はヒョイと椅子から降りて俺の前に立った。
「お見事です。貴方の実力を見込んでお願いがあります。どうか、ここに囚われているあるヒトを助け出して、一緒に逃げてくれませんか?」
「……詳しく説明してください」
女性の話によると、ここはヴァンパイアを信奉する組織のアジトであり、1番最初に実験でヴァンパイアにされた被害者が囚われている場所らしい。
「……そのヴァンパイア化させられた被害者を救出してほしい、と」
「はい、受けていただけるなら、私がこっそり作り溜めた合鍵の束をお渡しします。全ての扉を開けられるわけではありませんが……少なくとも檻の鍵を開けて外へ出るには困らないはずです」
なるほど、合鍵ありきで探索が出来るようにもなるのか。
「……そちらは一緒に脱出しなくていいんですか?」
「私はまだここに残って出来る事があると思いますので、貴方が出発したらここで失神させられたフリをして寝る事にします」
肝が座ってるな……俺はそっとインベントリから失神効果のある粉末を少量出して渡した。
「助かります。では、お受けしていただけるということで?」
「……その前に、どうして俺にこの話を持ちかけたのか教えてほしいですけど」
ヴァンパイア組織からすれば、明らかな裏切り行為だ。
このドワーフ女性がどういう立ち位置のどういう意図でこんな話を持ちかけているのかは気になる。
すると女性は、穏やかに微笑んで言った。
「そうですね……貴方がそれなりに腕の立ちそうな方だと思ったのと……もうひとつ、ヤーンボールシープを飼っていらっしゃる方だからです」
「なんて??」
ヤーンボールシープ?
直に毛糸が取れるファンタジー羊がなんで出てきた?
俺の困惑を察したのか、ドワーフ女性はニッコリと微笑んで、懐からヤーンボールシープの絵が彫り込まれたメダルのような物を取り出してみせた。
「ヤーンボールシープ愛好会会員『鋏鍛冶のハンナ』と申します」
なんで二つ名があるんだよ、なんなんだヤーンボールシープ愛好会って。
「本国のヤーンボールシープ愛好会は……ヴァンパイアカルトの手によって滅びました……」
滅びてるー!?
マジかよ、あの本が図書館裏で焚書されかけてたのって伏線だったのか!? わかんねーよ! いやでも……ちょっと本の時に笑い話にして悪いことした……か?
「私は愛好会の仇を討つため、カルトに潜入して機をうかがっておりました。私の見立てでは、あの実験体にされた方を保護出来れば、カルト壊滅への大きな一歩になるかと思います。貴方はヤーンボールシープを飼っている……ヤーンボールシープを愛でる方に、悪い人などいません」
「……なんでうちにヤーンボールシープがいるってわかった?」
「見ればわかります」
どうやってだよ! それが本当ならスキルとして伝授してくれ! 犬飼ってるNPCを見分けるから!
「……うちのヤーンボールシープは、もう進化してヤーンボールシープじゃなくなったけど?」
「なんと! 既に進化までお済みとは! やはり私の目に狂いはなかった……どうか、よろしくお願いいたします」
目に狂いが無くても、羊への愛がちょっと狂愛かもしれない。
口には出さずにそう思っていると、目の前に開くシステムウィンドウ。
──クエスト『被験者救出作戦〜羊飼いの復讐〜』を受諾しますか?
クエストにサブタイトルをつけるな。
……まぁいいや、受諾。
俺がクエストを受諾しながら頷くと、ハンナは恭しく礼をして、鍵束とアジトの簡単な見取り図を差し出した。
「解錠可能箇所は鍵に刻んであります。御武運を」
「……どーも」
見取り図をじっくり確認するのは後だ。
まずはこの部屋を離れる。
【感知】で部屋の外に誰もいない事を確認。
光学迷彩マフラーをオンにして、不可視化したネビュラと一緒に部屋を出た。
……直後に、出てきた部屋から『ドサッ』とヒトが倒れる音。
思い切りがいいな……




