キ:忠犬とご主人
僕が美人な狐さんから商品を受け取って買い物を終えると、相棒がソワソワしながら僕の手を引いた。
(犬がいる)
(犬)
相棒の犬好きの魂が反応している。
相棒曰く、なんか『誰かー誰かー』って人を呼んでる感じらしい。
それは確かに、飼い主さんが倒れてるとかだったら心配だし、行かないとだね。
注意して聞いてみれば、確かに僕にも犬がクンクン鳴いてる声が聞こえる。
出張露店広場を横切って、広場の出入口あたりに行くと……隅っこに首輪を着けた凛々しい犬が一匹。ちょこんと座っていた。
「ワンワン」
「かーわいいー」
プレイヤーっぽい人がワシワシと犬を撫でている。
そしてしばし撫でてから「バイバーイ」と手を降ってその場を離れると、犬はまたクンクン鳴き出した。
(……あの犬。人が来ると『買いませんか?』って言ってるが?)
(えっ)
『買いませんか?』
えっ、これ犬が露店やってるの?
よく見たら、犬の前になんかよくわからないガラクタみたいな物がいくつか転がっている。
……あれって犬の玩具じゃなくて商品ってこと?
僕と相棒は、犬の前にしゃがみ込んだ。
「ワンワン!」
「……なんで店やってるんだ?」
相棒が小声で訊くと、犬は少し驚いた顔をしてから、色んな動きをしつつワンワン言い始めた。
(なんて?)
(……飼い主が体調崩したんだって)
相棒が聞いた所によると。
このわんちゃんは、港の建築現場に来ているNPCの飼い犬らしい。
そのNPCが体調不良で休んでおり、割り当てられた寝床の中で『久しぶりにアレが食べたいなぁ』と呟いたので、ならば自分が手に入れようとやってきたのだとか。
(人が欲しいモノを手に入れる時は、こうやって店で売ったり買ったりする事は知ってるから、自分のとっておきを売ってご主人の欲しい物を買おうとしたんだって)
(すごい賢くて健気!)
なんという忠犬。
……でもわんちゃん、くたびれたハンカチとか噛み跡のついた木の枝とかは中々売り物には見えないかもしれないよ。
(で、その飼い主さんが食べたい物はなんなの?)
(……ガイモカマイムッシュだって)
(……なんて?)
(ガイモカマイムッシュ)
(……なにそれ?)
(わからん)
名前を聞いても何もわからん。
(犬は見たことあるから、見ればわかるらしい)
(……つまりわんちゃんが見ないとわからない?)
(そうだね)
難易度の高い初めてのおつかいだなぁ。
(……で、どうするの?)
(……初めてのおつかいを成功させてやりたい、けど)
(けど?)
(たぶん飼い主は心配してると思うんだよなぁ……)
(そだね)
僕らが勝手に連れ歩くのもねぇ。かえって行方不明状態になっちゃいそうで。
相棒はしばらく困った後で、わんちゃんの首輪を確認した。
(……『ベルン』)
(わんちゃんの名前?)
(そう。で、飼い主が『ペトガロア』さん)
僕らはとりあえず、ベルン君と一緒に飼い主さんの確認をすることにした。
うっかりNPCが重病で薬を御用意しないといけないクエストとかだったら怖いから。
相棒は小声でご主人の様子を見に行こうとベルン君を説得した。
ベルン君はとても器用に自分の荷物をまとめてくわえると、たったか先頭にたって歩き出す。賢い子だなぁ。
僕らはてくてくと、その後について行った。
* * *
建設現場で働くNPCは、テントで寝起きしているみたい。
プレイヤーが利用する場所から離れた、建設現場からは近い場所に、いくつも同じ形の大きなテントが立ち並ぶ場所。
その内のひとつに、ベルン君は僕らを案内した。
飼い主さん、大丈夫かな?
「こんにちはー……ベルン君の飼い主さんのペトガロアさんはこちらですかー?」
「……んあ? あっしがそーですけど……どちらさんで?」
テントの中からは、若干弱々しい感じの男性の声。
名乗って、入室の許可を貰えたので、中に入る。
テントはそこそこ大きくて、寝台の他に大きな机と椅子まで置かれていた。
寝台に横になっているのは、顔が豚そのものな丸々としている獣人さん。
「ベルン! 姿が見えねぇと思ったら……ああ、ベルンを連れてきてくれたんですかい。わざわざすいませ……ウェッホッエッホッ」
「大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫大丈夫。ちょいと事故で海に落ちて風邪引いちまっただけだから……」
「事故です?」
どんな事故かな? と思っていると、よほど寝ているのが暇だったのか、ペトガロアさんはペラペラと身振り手振りを加えながら話してくれた。
「そ……ゲッホエッホ。……昨日はね、本当についてなくってさぁ。現場の打ち合わせしてたらよ、ギャーッて聞こえて振り向いたら、こっちめがけて坂をでっけぇ丸太がころがって来ててさ。とっさに跳んだところで、豚の跳躍なんざたかが知れてっから上に乗っちまって。乗ったらもう転がる丸太に合わせて走らねぇとパイ生地みてぇに伸ばされちまうから、必死こいて走るだろ? それで仲間数人跳ね飛ばすだろぉ? で、このままじゃ海に落ちちまうと思ってなぁ、決死の覚悟で跳び下りたら、ちょうどそのタイミングでドゥルンドゥルンに滑る溶剤をコケてぶちまけた馬鹿野郎がいてよぉ。そこにいた奴らと一緒にズシャーッと滑って、段差を落っこちたら、今度はあっしだけ荷車に乗っちまって。固定してた縄があっしの体重に負けてちぎれ飛びやがって。ガラガラガラーッとまた仲間数人跳ね飛ばして。結局海にドボンよ!」
「大事故じゃんすか」
思わず言うと、ペトガロアさんはケラケラと笑った。
「まぁ現場の野郎共はその程度日常茶飯事だからなんともねぇよ。デスクワークが仕事の貧弱なあっしだけが、こうやって布団の海に沈められただけだぁ」
跳ね飛ばされるのが日常茶飯事の現場ってどうなん?
と思ったけど、現に現場は何事もなく作業が続いているらしい。
ペトガロアさんは設計がお仕事で、確認のために現場にいるだけだから、休養していてもなんとかなるそうな。
「ただまぁ、ベルンは散歩行けてなかったもんなぁ……どうですかね。お礼はしますんで、ちっとこの辺でベルンと遊んでやってくれませんかい?」
すると、ベルン君はワンワンと何か言って……
──クエスト『ペットの暇つぶし』を受託しますか?
──注意:こちらを受けると、もう片方は破棄されます。
──クエスト『ご主人の好物を求めて』を受託しますか?
──注意:こちらを受けると、もう片方は破棄されます。
クエストが二種類出てきた。
(……どっちにする?)
(『ご主人の好物』の方)
(知ってた)
迷いのない相棒の宣言に、僕は苦笑いしながら『ご主人の好物を求めて』クエストの受託ボタンを押した。




